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鍛冶屋の異変《二》

 その日の夜になると、霊斬は黒装束を身に纏う。同色の布で鼻と口を隠す。短刀を懐に仕舞うと、袋小路へ向かった。


 屋根から袋小路を見下ろすと、提灯を持った喜助がそわそわしていた。

「お前が喜助か?」

 屋根から飛び降り、近づきながら尋ねる。

「へ、へい!」

「依頼の前に、ひとつ確かめさせてくれ。人を殺めぬこの俺に頼んで、二度と後悔しないか?」

「後悔なんか、しねぇ!」

 ――いい度胸だな。

 霊斬は感心しながら、話を続ける。

「お前の店のものをすべて買い取った、という武士の名は?」

「な、なんでそれを……?」

「幻鷲から聞いた」

名取なとり

「それで、俺にどうしろと?」

「俺以外のところでも、同じことが起きてるみたいだし。もうやめさせてほしい」

「分かった。刀を寄越せ」

 喜助は闇に向かって、刀を差し出す。

 少しぞんざいに受け取った霊斬は、喜助に言う。

「七日後の同じ時刻、またこい」

「へい!」

 霊斬は返事を聞いて、姿をくらませた。



 霊斬は店に戻って着替えを済ませると、喜助から預かった刀に目を通す。

 鞘を抜くと、刀身に視線を走らせる。

 僅かながら刀身の反射が違うことに、気づいて目を凝らす。なにかの液体が、塗られているようだった。

 霊斬はその液体を拭き取り、懐に仕舞う。刀を鞘に戻すと、店を出た。



 霊斬が向かったのは、四柳の診療所。

「なんだ!」

「そう怒るな。お前に聞きたいことがある」

「霊斬か。分かった、さっさと上がれ」

 ころっと態度を変えた四柳に、霊斬は苦笑する。


 奥の部屋にいくや、霊斬が本題を切り出した。

「これ、なんだと思う?」

 霊斬は懐から紙を出し、折り畳んだそれを広げてみせる。

「こりゃあ……毒だな」

「確かなのか?」

「ああ、直接触れるとまずい。意識が飛んじまう。拭き取って水で流せば、大丈夫だ」

 四柳の言ったことに、霊斬は目をく。

 ――本当かよ。

 霊斬は驚きながらも、平然を装う。

「そうか、気をつける。ついでに診てくれ」

 霊斬は上着を脱いだ。

「普通は、逆だろう」

 四柳は溜息を吐く。

「はは」

 そんな四柳に、霊斬は苦笑するしかない。

「だいぶいいな」

 傷の状態を見た四柳が言う。

「それはよかった」

 霊斬は安堵する。

「でも、あんまり無茶するなよ」

「分かった」

 霊斬はうなずくと、診療所を後にした。



 霊斬は店に戻る。

 刀を一度手拭いで拭きそれを燃やしながら、刀身を水に浸す。

 刀身に触れても大丈夫なことから、改めて刀身に視線を向ける。

 少々切れ味が落ちている程度だった。粗目の細かい砥石を引っ張り出し、丁寧に研ぎ始める。

 それから霊斬は、考え込む。

 ――どうして、毒塗りの刀が修理依頼として出されてきたのか? なにも知らない喜助を亡き者にするためか? それとも他に目的がある? そう言えば刀の持ち主を、聞いていなかったな。

 また会ったときに聞くことに決め、霊斬は思案した。


 しばらくして、霊斬は千砂の隠れ家を訪れる。

「今回はどんな依頼だい?」

 霊斬が顔を見せるなり、尋ねてくる。

「名取家の武士が、近くの鍛冶屋の商品をすべて買い込んでいるらしい。それを止めてくれとのことだ」

「そうかい。二日で調べておくよ」

「分かった」

 霊斬はそれだけ聞くと、隠れ家を後にした。



 千砂はその日の夜、名取家に忍び込む。

「首尾はどうだ?」

 その声を聞いた千砂は動きを止め、天井の板を少しずらして様子を探る。


「二軒の鍛冶屋の商品をすべて、買い込みました。三件目は幻鷲にしようか、と思っております」

「駄目だ。あそこはどれも値が張る」

 脇息に寄りかかっている男が言う。

「かしこまりました」

 若い武士が頭を下げる。

 ――なんてこったい。

 もしかして、江戸全部の鍛冶屋から、商品を買い上げる予定だった? あり得ない。と言いたいが、二軒も成功させているため、否定もできない。

 ――早く霊斬に知らせないと。

 千砂は屋敷を後にした。



 千砂はその足で霊斬の店に向かう。

「幻鷲、起きてるかい?」

 戸を叩きながら、千砂が声をかける。

「開いているぞ」

 少し眠そうな声が聞こえる。

「遅くに悪いね」

「構わない。どうした?」

 霊斬は盃を片手に酒を呑んでいた。

 ――いち早く知らせなきゃ、いけないってのに。どうして酒がこんなに似合うんだい。

 千砂は内心で突っ込みを入れながらも、本題を切り出す。

「名取家の連中、もう二軒の鍛冶屋の商品を買い上げてた。あんたの店も標的に入ってたよ」

「そうか」

「分かっていたのかい?」

「勘だがな」

 千砂は思わず苦笑した。

「呑んでるところ、邪魔したね」

「気にするな」

 千砂は店を後にした。



 翌日の同じ時刻、千砂は名取家に忍び込む。

 昨日と同じ部屋から声がする。

こん様」

「なんじゃ?」

「二軒目の状態を報告をと思い、参上いたしました」

「どうだ、状態は?」

「これまでと同じく、雑刀ばかりでございます。上様に献上するような品は……」

 ありませんとは言えなかったらしく、若い武士は口をつぐむ。

「見つかるまで探すのだ」

「は!」

「して、刀の修理は?」

「七日かかるとのこと」

「七日も経っておれば、動けぬであろう。様子は見にいったか?」

「はい。それが……頼んだ鍛冶屋はまだ生きているようでして……」

「どういうことじゃ! わけを聞き出してこい!」

 右今は憤慨する。

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