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人身売買《二》

 霊斬はお茶を入れると、急須と茶碗をふたつのせた盆を用意した。奥の部屋の床に彼女が座ると、その傍らにお茶を置く。

 ――珍しいこともあるもんだね。

 千砂は内心で思いながらも、本心とは別のことを口にした。

「よかったら、これどうぞ」

 千砂は手に持っていた、小さな包みを開く。

 中には団子が二本、入っていた。

「美味そうだな。いただこう」

 霊斬は座ると、団子を一本手に取る。

「最悪な家だった」

「最悪?」

 団子を食べている霊斬が尋ねた。

「女子どもを集めて、どこかに売っているのは確かだよ。ちょうど、女達が屋敷に連れ込まれるのを見た。その中でもいい女を見つけると、自分のものにしている」

「それで?」

 霊斬は彼女の最悪の意味に気づいて納得し、先を促した。

「敵は式部狂治郎をはじめ、およそ十人。女達の保護は自身番に任せてもいいかい?」

「ああ」

 霊斬は団子をつまむ。

 二人がお茶を飲み終えると、千砂が店を後にした。

 ――今回はなにも聞いてこなかったな。

 そんなことを思いつつ、霊斬は最後の仕上げに取りかかった。



 それから数日後の、決行当日。

 依頼人の武士が店を訪れる。

「して、首尾はどうなっておる?」

「その前に、これを」

 霊斬は直した刀を、差し出す。

 出来栄えを見た武士は、笑みを見せた。

「よい出来じゃ」

「ありがとうございます。依頼の件ですが私の知り合いが夜な夜な、女子どもが屋敷に連れ込まれたのを見たと」

「噂は真実まことであったか……」

「彼女らをどこに売っているのかまでは分かりませんでした。しかし、首謀者を突き止めました」

「誰じゃ!」

 その言葉に食いついてくる。

「式部狂治郎とのことです」

 その様子に内心で驚きながらも、霊斬は落ち着いた声で告げた。

「あやつか!」

 武士はその名を聞くと怒りをあらわにする。

「ご存じなのですか?」

「なにかと後ろ暗いことに、手を出しているという輩よ」

「刀にしばらく、手入れをなさった跡がありません。旅にでも出ていたのですか?」

「そうだ」

「偽りにございますね」

「なぜ分かる!」

「刀の状態を見れば分かります。忍びか刺客か、どちらかに命を狙われているのでは?」

「そうだ。誰の手の者か分からんが、忍びにな。頼むぞ」

 武士は敵わないといった表情をして、うなずく。

「承知いたしました」

 霊斬が頭を下げると、武士が店を出ていった。



 その日の夜、霊斬は黒の長着と同色の馬乗り袴を、身に纏う。黒の足袋を履き、黒の羽織を着る。同色の布で顔の下半分を覆う。黒刀を腰に帯びると、式部家に向かった。



 式部家に辿り着くなり、下仕えを眠らせる。

 庭から屋敷へ入り込む。

「曲者だー!」

 という叫びが終わるのを待ってから、その男を斬りつける。

 痛みに喘ぐ男をそのままにしていると、次々に九人の男達が姿を見せる。それぞれに刀を抜き、やけにぎらついた眼で霊斬を見ている。

 霊斬はそれをものともせず、一人ずつ倒していく。

 ある者は右腕を、ある者は左腕を。身体の一部を血に染めながら、倒れていった。

 しかし最後の一人はよほど、体力に自信があるらしかった。それだけでは、倒れない。

 霊斬は忌々しげに舌打ちをした後、黒刀を振りかざす。

 男の懐に突っ込むが、刀に阻まれる。その刀を強引に押し出すと、それに堪えきれないまま壁へと激突。

 気を失いかけた男であったが、得物を持ち直し斬りつけてくる。

 それを躱し、右肩を斬りつける。鮮血が噴き出す。返り血が目に入るも、霊斬は目を細めるだけでやりすごす。

 左脚に黒刀を突き刺した。痛みに叫んだ男を無視し、一度抜いたそれを再度刺す。

 異様なのは霊斬だけではなく、彼が扱う刀も同様。

 幾度と続く戦いにもかかわらず、刀は劣化することもなければ、刃こぼれも起こさない。念のため、簡単な手入れをしてはいる。しかし、それも必要かどうか、使い手の霊斬ですら分からない。

 鮮血を殺ぎ落とし、真っ黒い刀を一瞥。

 狂治郎がいる部屋へ向かった。



「なにごとだ!」

 霊斬が襖に手をかけようとした瞬間、勝手に開いた。

「お主、誰だ?」

「名乗る必要はない。ごめん!」

 霊斬は返り血のついた、黒刀を振るった。

「危ねぇなぁ!」

 すぐに躱され、右腕に浅い傷を刻んだだけになってしまった。

 奥には妖艶な恰好をした、女達が怯えている。

 それを無視し、霊斬は狂治郎と対峙する。

「お主……わしの家臣全員を、倒したのか?」

「そうだが?」

 霊斬は、なにか悪いことでもしたか? と言わんばかりの、軽い口調で返す。

「おのれー!」

 激昂した狂治郎は、怒りに任せて刀を振るう。的確に霊斬の急所を狙ってくる。

 蝶のように躱し続け、左腕を刺し貫いた。

「ぐお……」

 狂治郎は鼻息を荒くし、憎しみに染まった双眸を向ける。

 対する霊斬は冷ややかな目をしている。

 霊斬は一歩踏み込んで、斬撃を放つ。

 大袈裟な動きで躱されても気にせず、刀を振るう。

 刀同士がぶつかり火花を散らす。

 あえて力を抜いた霊斬は、右腕をざっくりと斬りつけられてしまう。しかし、一切動じなかった。

「お主……何者だ?」

「さあな。知りたいか?」

 霊斬は冷笑れいしょうを浮かべる。

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