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四柳《三》

「これは、三井様。お待ちしておりましたぞ」

 芳之助が深々と頭を下げた。

「よい。それより、例のものは?」

 それを制した三井は、急かした。

「こちらに」

 吉之助が進み出て、なにかを差し出した。

 三井は中身――小判五十両を見て、満足げな笑みを浮かべる。

「では、これにて」

「待て」

 霊斬はそれを止めると、天井から座敷に降り立つ。

「誰だ!」

 大声を出すと他の武士達が五人、座敷へどたどたとやってきた。

「霊斬と言えば、分かるか?」

 霊斬は恐れを隠しきれない三井を、昏倒させる。

 畳に小判が散らばる。

「いったい誰が貴様に頼んだ!」

「答える必要はない」

 慌てて小判を拾っている吉之助の顔を蹴り上げ、霊斬は芳之助と対峙。

「邪魔しおって!」

 芳之助は抜刀し、すぐさま霊斬に斬りかかってくる。

 それを斜め前に半歩出て躱すと、左肩を斬りつけた。

 傷の悪化を恐れ、芳之助は刀を畳に捨てた。

「隙あり!」

 いつの間にか復活していた吉之助が、抜刀して霊斬に斬りかかる。

 霊斬は振り返ることしかできない。

 次の瞬間――。

 ――がきんっ!

「ちょっと、参戦するよ」

 苦無を構えた千砂がその刀を受け止めていた。

 彼女の姿を見た吉之助の顔が歪む。

「好きにしろ」

 千砂は振り下ろされる刀の力を利用して、受け流すと右肩を斬りつけた。

「ぎゃっ!」

 吉之助が怯んだ隙に、苦無を逆手に持った。

 その間に体勢を立て直した吉之助は、突きを繰り出す。

 躱しきれず左肩を掠ってしまったが、怯まず苦無を頭に振り下ろした。

 吉之助が動かなくなったのを見て、千砂は霊斬に向き直った。


 霊斬は芳之助に、黒刀を突きつける。

「人払いを」

「……者ども、下がれ」

 五人の武士が渋々、去った。

「物分かりがいい」

 霊斬は柄で殴ろうとする。

 しかしそれを隙とみた芳之助は、小太刀を抜き放ちながら、突進してきた。

 腹を斬られ、鮮血が飛び散る。

 襖にぶつかり、痛みに顔をしかめた霊斬は、身体を起こすと、首に手刀を喰らわせる。

 大人しくさせると、静かに立ち上がった。

「近いな」

 笛の音を聞いて、霊斬が呟いた。

 腹から血が流れているのにもかかわらず、その声はあまりにも静かだ。

「そうだねぇ……」

 答える千砂の声に元気がない。

 霊斬は黒刀を仕舞い、千砂に駆け寄る。

 左肩からの血は、止まる様子がない。

「傷は?」

「……浅いはずだよ」

 千砂を座らせるとそれだけ尋ねる。

 吉之助の刀を鞘ごと抜いて、刀身を見る。

 光の反射が鈍いことから、刀身には僅かになんらかの液体が塗られているのが分かった。

 霊斬は懐から手拭いを取り出すと、液体を拭き取って仕舞う。

「走れないか?」

「そうだねぇ……。ちょっと、きつい」

「悪いな。それと、喋るなよ」

 霊斬は一言断る。

 左肩に触らないように、横向きにして抱き上げる。

 傷口を布で塞いでやりたいところだが、下手に処置をしない方がいいと霊斬は思った。それで悪化させてしまっては、余計に困る。

 毒の回りが早いのか、千砂は虚ろな目で霊斬を見上げた。

 静かに素早く、佐田家を後にした。



 霊斬は診療所に直行する。

 口を覆っていた布を乱暴に下ろして、大声を出す。

「四柳!」

「なんだよ!」

 戸を開け言い返した四柳は、霊斬に抱かれた千砂を見て目を丸くする。

「急いでくれ」

「分かった。そのまま、奥へ」

 四柳に続いて、奥の部屋へいくと、千砂を静かに横たえる。

「なにがあった?」

「なんらかの液体が塗られた刀傷だ。傷は浅いが血が止まらん」

 霊斬は先ほど、採取した液を見せた。

「この匂い、それとこの色……」

「なんとかなるか」

「すぐ解毒薬を作って飲ませる。向こうで待ってろ」

「……分かった。着替えてくる」

 苦しそうに息をしている千砂をちらりと見た後、霊斬はいったん店に戻った。


 少しした後、褐色の着物を着た霊斬が、診療所に顔を出す。

 早くよくなればいいと焦る自分に驚きながらも、しばらく待つ。


 四柳が奥の部屋から出てくる。

「どうだ?」

 胡座をかいて座ったまま、霊斬が尋ねた。

「解毒薬を飲ませて、今はぐっすり眠ってる。じきに毒も抜けるだろう。傷の方は大したことなかったぞ。一応縫ってはおいたが」

「そうか」

 ――よかった。

 霊斬は内心で安堵した。同時に、身体のどこかに激痛が走る。

 霊斬は顔をしかめるだけで、やりすごした。

「会ったときも思ったが。お前、怪我してるな」

「お見通しか」

 霊斬は上着を脱いで、半裸になる。腹部に横一線の刀傷と、右肩に打ち身があった。

「ここで手当てをする」

 四柳は治療箱を持ってくると、刀傷から手当てを始めた。

 念のため傷を縫う。薬草を塗った布を当て、晒し木綿で巻いていく。

 霊斬は顔こそしかめるものの、大人しくしていた。

「右肩には、これを当てとけ」

 四柳は水を入れた革袋を霊斬に渡した。

「ああ」

 霊斬はそれを受け取り、右肩に当てると、上着を肩にかけた。

 その場に座っているのが疲れたのだろう。

 霊斬は柱の近くに移動し、寄りかかる形で片膝を立てて座った。

 格子窓から空を見上げると、明け方が近いのか白んでいた。

「四柳、夜までいていいか?」

「いいぞ。嬢ちゃんも夜にならないと目覚めないだろう」

「そうか」

 霊斬は深く息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。

「おいおい! まだ動いちゃいけねぇぞ!」

 四柳は霊斬に肩を貸す。

「千砂と同じ場所にいた方が、楽だろ」

「それはそうだがな……」

 ――素直じゃねぇな。嬢ちゃんの様子が見たいって、言えばいいのに。

 四柳は内心で苦笑し、霊斬を支えながら奥の部屋へ向かった。

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