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何者?《四》

「まあ、腕がいいって有名な幻鷲の旦那なら、それもそうか」

「呑気なことを。あなたも、旦那くらいに働いたらどうです?」

 千砂の口調からこの常連客は、まともに商売をしていないらしい。

「千砂ちゃんまで、そんなこと言うなよ」

「自覚しているだけましだな」

「どうなんでしょうね」

 霊斬の言葉に、千砂が苦笑した。

「おまちどうさま」

 千砂は言いながら、そばを置く。

 霊斬は礼を言い、そばを啜る。

 その話を聞いていた別の常連客が口を挟む。箸でそばを指さしてみせる。

「羨ましい。俺なんて店二日も閉めちまったら、これにもありつけねぇよ」

「幻鷲さんは真面目に働いているから、それでも平気なんでしょう」

「そういう奴なら、もう一人知っているぞ」

 霊斬は千砂に視線を向けた。

「私……ですか?」

 千砂はきょとんとする。

「千砂ちゃん、その顔、可愛い!」

「もう! 余計なことを言わないでください!」

「悪かった」

 霊斬は言いながら、机に銭を置くと、店を後にした。



 その日の夜。霊斬は黒の長着と同色の馬乗り袴を身に纏い、その上から黒の羽織を着る。短刀を懐に仕舞い、口と鼻を布で隠す。店を出た。


 十兵衛の屋敷に忍び込んだ霊斬は、思わぬ光景を目にする。

 天井の板を僅かにずらして、飛び込んできたのは。

 浴びるように酒を呑み、おいおいと泣く十兵衛の姿。

 十兵衛の声が聞こえてくる。

「金がねぇよ~。つまんねぇよ~」

 十兵衛は言いながら、酒を呑み続ける。

 霊斬は無言で十兵衛の屋敷を後にした。


「頭が痛くなってきたな、ったく」

 ――世の中には、どうしようもないくずがいるのかもしれない。

 霊斬がそう思うほど、十兵衛は酷かった。

 自業自得であるにもかかわらず、賭けや酒に溺れるその姿が。



 翌日、刀の持ち主である光里家の武士が、霊斬の店を訪れる。

「お待ちしておりました」

「前置きはよい」

「では、こちらへ」

 霊斬は武士を奥の部屋へと通した。

「あれからそれなりに経ったが、なにか分かったか?」

「おっしゃるとおり、十兵衛とはろくでもない男であったということ。まだ言い切れませんが。

 なんらかの形で、十兵衛本人が噂を広めたのではないかと。申しわけございません。私が調べるには少々荷が重く、この程度しか分からず……」

「気にするな。こちらでもあれから調べてみたが、あいつは下級武士の三男坊で出来損ない。ろくに働いてもいない。あの男が真面目に働いていたという話は、今まで聞いたことがない」

 さすがは武家といったところか。少々、情報網に違いがあるようだ。

「そうでございましたか」

「成功報酬として、小判十両出す。頼むぞ」

「お任せください」

 霊斬は深々と頭を下げる。



 早めに着替える。黒の長着と同色の馬乗り袴を身に纏う。黒の足袋を履き、黒の羽織を着る。同色の布で鼻と口を隠す。黒刀を帯びた霊斬は、十兵衛の屋敷に向かう。


 十兵衛の屋敷に着く。

 中くらいの屋敷だった。造りも単純なようだった。霊斬は正面の扉を開けさせ、下仕えの者の意識を奪う。

 正面から堂々と乗り込む。

「曲者!」

 数人の男達が姿を見せるが、一歩進むごとに一人ずつ倒していく。

 不機嫌そうに顔を歪めながらも、足を止めない。返り血を浴びるが、奥の座敷を目指して廊下を進んだ。



 屋敷の一番奥の座敷に霊斬が辿り着く。

 刀を持って、がたがたと震えている十兵衛がいた。その姿はあまりにも哀れだ。

「き、斬りに、き、きたのか?」

 十兵衛は怯えている。

「違う」

 霊斬は周囲に視線を走らせた。

「噂をどうやって広めた?」

「こ、答えるわけがないだろう」

「ならば」

 霊斬は言葉を切り、十兵衛との距離を詰める。黒刀を十兵衛の肩に置き、刃を首にぴったりとつける。

「ひいい~!」

 冷たい感触に、十兵衛は情けない声を上げる。

「黙れ。そこから動くな」

 霊斬は命じ、箪笥の中などを捜し始めた。

 十兵衛が座っていた後方、小さな箪笥に手を伸ばそうとした瞬間。

「や、やめろ!」

 十兵衛が斬りかかってきた。

「動くな、と言わなかったか?」

 霊斬は右肩をざっくりと斬られてしまった。

 ぞっとするほど冷ややかな声で吐き捨てる。

 十兵衛の体勢を崩しつつ、右腕を斬り、無防備になった腹を蹴り飛ばす。

 十兵衛の身体はそのまま襖を二枚破り、壁に激突。

 霊斬は十兵衛が気を失っていることを察知。

 先ほど手を伸ばしていた箪笥の中身に目をやる。

 中に入っていたのは、瓦版との約束事と題した封書。

 中身を見ると瓦版に嘘の情報を流したという、事実を隠し続けること。それができている間は、稼ぎの三分の一を支払うという内容だった。

 ――これがあかしか。

 霊斬はそれを懐に仕舞うと、先ほどから出入口を塞いでいる男達を睨みつけた。

「怪我をしたくなければ、そこを退け」

 男達は怯んで、霊斬に道を譲った。

 遠くからピーッと笛の音が聞こえてくる。

 霊斬と千砂はその場を後にした。



 霊斬は十兵衛の屋敷から、自分の店に直行した。

 依頼完遂後に、成功報酬が支払われる手筈てはずになっていたためだ。

 霊斬が慌てて黒刀を鞘ごと抜き、隠し棚に仕舞う。

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