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何者?《二》

 霊斬は血糊を落とし、改めて刀身に視線を走らせる。

 切れ味が落ちているだけで、修理自体は簡単に済みそうだ。

 焦っていたのだろうと思うものの、その理由が分からなかった。

 血のつき方からして、斬ったようには思えない。

 霊斬は持ち主について考えながらも、修理を始めた。



 その日の夕方、霊斬は情報屋として名高い〝烏揚羽からすあげは〟を探しに町へ。

 噂話でもなんでもいいから、手がかりがほしかった。しばらく町を歩き回って得られた情報は、霊斬がいきつけの店の千砂が、二つの顔を持っているとかいないとか。確証もないし、情報としてはあやふやだが、それに賭けてみるしかなかった。


 意を決して、霊斬は千砂が働いているそば屋へ顔を出す。

「ちょっといいか?」

「なんだい?」

 霊斬は小声で、二人で話したい、と告げる。

 千砂はまずきょとんとした顔をする。

「二人で話せないか?」

 きょとんとした顔が可愛いと思いつつ、霊斬はもう一度繰り返す。

「ちょっと待っててください! 話せるかもしれないので!」

 千砂はその声で我に返り、店に引っ込んだ。


 しばらく待っていると、前掛けを外した千砂が戻ってきた。

「店の様子が分かった方がいいから、裏でもいい?」

「ああ、悪いな。突然」

 霊斬はそば屋の裏までいき、申しわけなさそうに言う。

「いいよ。それで話ってなに? あ、ちなみにここでなら誰にも話を聞かれないから、安心して?」

 千砂はにこりと笑う。

「ならば、遠慮なく。凄腕の情報屋を探していてな。俺も一度しか見ていないのだが、以前富川家の依頼の際に、姿を見せた忍びがいる。烏揚羽かどうかも聞き忘れてな」

 低い声で霊斬は一気に言った。

「ふうん? 烏揚羽について、他に知ってることは?」

 千砂が首をかしげる。

「お前が二つの顔を持っているかもしれない、という噂しか集められなかった」

 霊斬は困った顔をして言う。

「それで、聞きにきたわけね? まあ、伝手つてがないわけじゃあないけれど。烏揚羽に話を聞いてみることはできるよ?」

 千砂は考え込む。

「なにっ !? ならば、この家紋がどこの家のものなのかも分かると助かる」

 霊斬は目を剥きつつ、懐から取り出した家紋の書かれた和紙を見せた。

「嘘を吐いたっていいことないよ? じゃあ、預からせてもらうから。本人から答えを聞けるかもしれないけれど。じゃあ、またね」

 千砂はそこまで言うと、和紙を仕舞って、立ち去った。



 二日後の夜、酒を呑んでいた霊斬は、戸を叩く音を聞き、表に向かう。

 引き戸を開けても人がいないことが分かり、周囲を見回した霊斬だったが、分からぬまま店に戻る。


「〝因縁引受人〟の幻鷲霊斬さん?」

 それからしばらくして、どこからともなく声が聞こえてきたので、刀を手に警戒する。

「そうだが?」

 霊斬は警戒心を剥き出しにして答える。

「探しても無駄だよ。この術は解かない限り、姿は見えない。それと、千砂から聞いたよ。あの家紋は光里みつり家のもの。いずれ、姿を見せて話すつもりだから、お預けってことで」

声が少し残念そうに言う。

「これだけ教えてくれ。〝烏揚羽〟なのか?」

 霊斬は慌てて声をかける。

「そうだよ。また会う日まで、死なないでね。今宵はここまで。じゃあね」



 静かになった部屋で霊斬はふうっと息を吐く。

「あの声が〝烏揚羽〟……か。光里家ならば、旗本で将軍のお気に入りとされているはずだったが」

 ――そんな奴らに、なんの恨みがある?

 霊斬の疑念は深まる一方だった。



 翌日の昼間、霊斬はそば屋を訪れる。

「いらっしゃい! 奥へどうぞ」

 元気な声の千砂に会釈をし、霊斬は奥の方へ足を進め、腰を下ろした。

「そばをひとつ!」

「かしこまりました」

「なに頼んでるんですかい?」

 と酔っぱらった客に絡まれる。

 霊斬は聞かぬふりをした。

 しばらくするとその客は、霊斬から離れていった。

「幻鷲さん、話さなくて正解ですよ」

 話しかけてくるのは、この店の常連客。

「どうかしたのか?」

「ただのやけ酒ですって。女に振られたとかで」

 周囲に笑いが起こるが、霊斬は表情ひとつ変えない。

「そんなことで呑んでいたら、身体がもたないな」

「さすが、幻鷲さん! いいこと言うじゃねぇか!」

「そうか?」

「はいはい。お客さんをからかうのは、そこまでにしてください」

 男達のくだらない会話に、終止符を打ったのは千砂だ。

「そうだな」

 霊斬は手を合わせ、そばを啜る。周りがさらに騒がしくなる。

「千砂ちゃんのいけず~!」

「どうしてこう、うちの客って、失礼なことばかり言う男しかいないのかしら」

 千砂が溜息を吐く。

「いい男ならここにいるぞ!」

 先ほどの酔っぱらいが声を上げた。

「そんな男、こっちから願い下げだよなぁ。千砂ちゃん?」

「そんなことより、そばを食べてください!」

「は~い」

 千砂の喝を受けた男達は先ほどのまでの勢いを失くし、それぞれにそばを啜り始めた。

 そばを啜りながら、霊斬は面白そうに眺めた。



 それから二日後の夕方。

 いわくつきの、刀の修理を終えた。

 休憩している霊斬の許に、一人の武士が顔を出す。

 その男の羽織を見て、光里家の者だと分かった。

「いらっしゃいませ。刀の修理でしたら、つい先ほど終わったところでございます。お持ちいたしましょうか?」

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