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違和感《五》

 前後から同時に繰り出された、二本の刀を避ける。お互いの肩を刺してしまい悶絶する。

 その隙を狙って、脚をそれぞれに斬りつける。

 なんともたちの悪い戦い方だ。しかしそれが一番効率的であることを、霊斬が証明していた。

 人数では不利であるのにもかかわらず、それを感じさせない気迫と動き。

 その場にいた人は誰も口を挟むことができず、見ていることしかできなかった。



「なにをしているの! さっさと奴を押さえなさい!」

 いつの間にか姿をあらわした女が、金切り声を上げた。

 反対の廊下に現当主が姿を見せる。

「おぬしが黒幕か?」

「なぜ……あなた様がここに?」

「自分の子を次期当主にと考えていたのではあるまいな!」

「だとしたら、なんだというのです! わたくしの子が当主になるのは当然のこと!」

「黙らんか! そのようなこと、このわしが認めんぞ!」

 二人の喧嘩は収まらなかったが、そのことは誰も気にとめていなかった。


 その間霊斬は、刺客の中でも、耐久力の高い男を相手取っていた。

 急所以外はすべて斬りつけたが、倒れる様子がない。

 これ以上長引けば、不利になるのは確か。相手を斬るわけにもいかない。

 みねうちでもと思ったが、相手にこれ以上舐められるのはしゃくさわる。

 そんなことを考えていると、男が攻撃を繰り出してくる。

 慌てて躱し、首に手刀を喰らわせた。

 男は悔しそうな顔をして、気を失った。

 それを見た霊斬は声を張った。


「富川義徳!」

「大声で呼ばないでください。いったい、なんですか。急に入ってきて」

 静まった中庭で、その男は困った顔をした。静かに霊斬の前へと歩みを進める。

「先の小料理屋の一件、貴様の仕業だな?」

「はて? なんのことやら」

 霊斬は溜息を吐く。

「貴様の父親が起こした不祥事を収めるため、武士を辞めさせられた。あの日憂さ晴らしに、呑んでいたんだろう?」

 尋ねる霊斬の声は、冷ややかなものだった。

「その日は呑んでいましたね」

 義徳はうなずく。

「町ではここの暗い噂が広まっているようだぞ? お前のしたことは町人らが見ている」

 義徳は怒りのあまり震えながら、懐から取り出した短刀の柄に手をかけていた。

「だったら、全員に死をくれてやる!」

「なにをしたって、彼らの目からは逃れられない。まあ、この家の地位がどこまで堕ちようが、俺にはどうでもいいんだが」

「黙れ! お前さえいなければ、白紙に戻せる!」

 義徳は短刀を抜きながら、斬りつけてきた。

 黒刀の柄に、手を伸ばそうともしなかった。その攻撃を躱し、足を払った。

 体勢を崩し、仰向けに地面に転がった義徳の胸を、草履で踏みつける。

 念のため目の前に転がっていた抜き身の短刀を遠くへほうる。

 暴れる義徳を再度踏みつけると、大人しくなった。


 駄目もとで霊斬は大声を出す。

「誰か、自身番、呼んでくれないか?」

「それならもう手配済み。あと少ししたらくるよ」

 誰かの声が響いた。

 霊斬は振り返って目を見開く。そこにいたのは、かなりの腕を持つ忍び。


「あんた、面白そうなことしているねぇ。情報が欲しけりゃ、いつでもきな」

「どうして、ここにいる?」

 霊斬が問うと、鼻で嗤うのが分かった。

「それは後で。さっさといかないと、面倒なことになるよ」

 しばらく黙っていた男女を一瞥する。

 自身番の連中の声が聞こえてくる。

 霊斬と忍びは屋敷を出た。

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