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違和感《四》

「自身番の男がさ、見なかったことにって言うんだよ。おかしいだろ? 骸がひとつ出てきているっていうのに、忘れろとはな。調べる気がねぇのか、圧力でもかけられたか?」

 霊斬はそこで首をひねる。

「さすがになんもお調べなし、ってわけにはいかんだろうよ」

「それが確かなら、圧力の線が濃厚なんかねぇ?」

「さあな。面白い話が聞けた。じゃあな」

 霊斬は軽く手を上げると、その場から立ち去った。



 翌日の昼間、霊斬はいつものそば屋に顔を出す。

「ごめんよ」

「旦那じゃないですか! どうぞおかけになって!」

 千砂が声を張りながら、厨へと引っ込んでいく。

「そばをひとつ!」

 愛想笑いを浮かべた霊斬は、注文をすませ、店の一番奥の椅子に座る。

 店の中ではある旅人が、見聞きしてきた話で盛り上がっていた。

 賑やかな声を聞いていると、千砂が盆を手にやってくる。

「ご注文の品です! あら、ずいぶん楽しそうなお話だこと。旦那は参加しないので?」

「俺は遠慮しておく。お前と話せれば十分だしな」

 霊斬はそこまで言って箸を持つと、いただきますと呟く。

「嬉しいことを言ってくれるじゃありませんか」

 千砂はにっこりと笑う。ただそばを食べているだけなのに、どうしてこんなにも見惚れてしまうのだろうと思うものの、答えは出せないままだった。

 そんな千砂を横目で見た霊斬は、相変わらず綺麗な女だな、と思いながら箸を進める。

 食べ終わると、千砂に視線を投げる。

「はいはい! 美味しかったようでなによりです!」

 千砂は満面の笑みを浮かべている。

「失礼だったら謝るが、歳は?」

 霊斬がお茶を飲みながら、眉を上げる。

「失礼だなんて怒りませんよ。二十五です。旦那は?」

 千砂はにこりと笑いながら教えてくれた。

「俺は二十八だ。二十歳はたちそこそこに見えるぞ?」

 霊斬はふっと笑いながら、千砂を見つめる。

「若く見えるのは旦那だって同じですよ!」

 千砂は慌てて言う。

「そうか。さてと、またくる。次も楽しみにしている」

 霊斬は言いつつ、席を立った。

「ありがとうございます! またのお越しをお待ちしております!」

 霊斬はその声を聞き、左手を軽く上げて、店を出ていった。



「失礼いたす!」

「はい! ご用はなんでございますか?」

 霊斬は奥の部屋から出て、訪れた武士に丁寧に対応した。

「この店で一番よい出来の刀を二本、買いたい」

「この店の刀のみならず、装飾品すべて一番の出来にございます」

「ならば、手近なものを一本見せてくれ」

「かしこまりました」

 霊斬は指定された刀を、武士に差し出す。

 武士は慣れた手つきで刀を抜き、刀身に視線を走らせる。

「うむ。……よいな。これと隣のを一本、もらおう」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 霊斬は二本の刀を手に、反対側にある階段箪笥だんすへ向かう。

 小さい抽斗ひきだしから、刀袋を二枚取り出す。素早く二本の刀を袋に入れる。

「お待たせいたしました。お品物でございます」

 霊斬は刀を自分の前に置き、武士に向かって頭を下げる。

「では、これを。失礼いたす」

 武士は金を払い、刀を持って店を出ていった。



 決行当日。霊斬は黒の長着と同色の馬乗り袴を身に纏う。黒の足袋を履き、黒の羽織を着る。

 同色の布で鼻と口を隠す。階段箪笥の隠し棚から黒一色の刀を取り出す。

 鞘を抜く。光をまったく跳ね返さない、真っ黒い刀身を見てから腰に帯びる。この得物えものを霊斬は、黒刀こくとうと呼んでいる。

 草履を履いて、富川家へ向かった。



 霊斬は屋根を歩いていた。

 屋敷が見えてきたころ、片膝をついてそうっと顔を覗かせる。

 入口に見張りの侍が二人立っている。

 通りがかりの侍が二人を斬りつけ、堂々と屋敷に入っていく。男達を容赦なく斬り、むくろを増やしながら進んでいく。

 追いながら、霊斬は思った。

 ――悪事を暴く予定だったのに。邪魔な奴が増えた。

 次期当主の部屋を天井の板をずらして眺めていると、叫び声が聞こえてくる。

 みれば次期当主の部屋に刺客が迫っていた。

 次期当主は叫びながらも、少人数の家臣を引き寄せ、守らせる。

 しかし、それもむなしく斬り伏せられてしまう。残るは園田と次期当主。


 刺客が刀を振り上げた瞬間、霊斬が割って入った。

 刀同士がぶつかり合う音が響く。

「誰だ?」

「名乗るほどの者ではない」

 霊斬は刺客の刀を押し返し、左肩を斬り裂く。

 刺客は怯んだ様子もなく、刀を振りかざして襲いかかってくる。

 次々に繰り出される斬撃を、紙一重の距離でかわす。

 しかし、頬に刃が触れ、紅い筋が滲む。

 僅かに目を細めると、刺客の首筋に黒刀を突きつける。

「貴様、ひとりか? それとも……」

 刺客は無言のまま、指を鳴らした。どたどたと複数の足音が聞こえてくる。

 右腕を斬り裂くと、刺客を蹴り飛ばす。

 刺客は庭に転がり落ち、痛む腕を引きっていずこかへと消えた。

 追わせまいとするかのように、複数の刺客が霊斬を取り囲む。

 ――増えても同じだというのに。

 内心で呆れながらも、その中に突っ込む。霊斬は相手の腕や脚を狙って斬りつけていく。

 自棄やけになって突っ込んできたところを、躱して一撃。再起不能に。

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