「そう見えるか?」
霊斬はそれに負けないよう、声を張り上げる。
「おうよ! 真面目じゃなきゃ、鍛冶なんてできねぇだろ!」
「まあ、人によるかもしれないが」
「嫁になりたいって女は多いだろ? なんで一人も迎えないんだ?」
お茶を飲みながら、上機嫌な客が尋ねてくる。
「家に誰かがずっといるのは勘弁してほしいんだよ」
――何より、俺は誰かを守ったり、誰かを
内心とは裏腹に、霊斬は苦笑した。
「ふうん。偏屈じゃなくても、変わり者なのは間違いねぇな」
「よ、変わり者の旦那!」
「そんなんで、盛り上がるんじゃねぇよ」
席を立って叫んだ男の前までいき、頭を軽く叩いた。
それでも、お互いに笑っていた。
そばを流し込み、霊斬は店を出た。
店に戻り、少し眠った。
預かった刀を直しながら、違和感を覚えた。
――どうしてあの武士は、名乗りもせずに修理を依頼した?
刀の状態もそこまで悪くない。霊斬が七日と猶予を持たせたのは、その武士が怪しかったせい。
それに修理だけで、あれほどの金を出したことも気になる。
武士の放った一言からも、霊斬の別の顔を知っているような気がした。
――疑問はいくつもあるが、そればかりを考えるわけにもいくまい。
霊斬は刀を直す手を早めた。
刀を直し終えて、伸びをすると霊斬は夜が明けていることに気づく。差し込んでくる日の光を浴びて、僅かに目を細めた。
よくあることなので気にならない。少ししか寝ていないので、さすがに疲れが溜まる。眠気覚ましに顔を洗って、仕事を再開した。
平穏な世だからこそ、嫉妬、憎悪といった闇が表面化してきているのだろう。
下手人を憎むだけならいい。手を下せば、必ず後悔する。罪の重さに耐えきれず、自死を選ぶしかなくなる。いいことなどひとつもない。自分のことが可愛い人が大半だから、心が保てなくなってしまう。
かなり前だが、そういう状態になって自死した男を、見たことがある。復讐のために準備をし、それを達成してもなにも報われず、泣き
その死を受けて霊斬は、哀しい負の連鎖に取り込まれ、狂ってしまったのだと思った。
人を憎むだけなら誰でもできる。人を殺めるともなれば、誰もができることではない。ただ一人を殺めるためだけに、自らの人生を捧げる。
そんなことをしても、誰一人喜ばないのにもかかわらず。やられずにはいられなくなる。
実行する前に、その想いを吐き出す場所。そして、自らの手を穢す前に、頼れるところがひとつでもあれば。自分の心に、折り合いをつける機会を与えれば、止められるのではないか。
方法はこの世のありとあらゆる闇を、人を殺めないことを条件に肩代わりする。普通の人では耐えきれない、苦痛と罪の重さを代わりに引き受ける。哀しい連鎖に取り込まれる人を一人でも減らすために。
依頼人が金を持っているのであれば、報酬として受け取る。なければ無償で行う。
ただし依頼人に二度と後悔しない、と堅く約束させる。それと、刀の修理を
その日の夜、霊斬は黒の長着と、同色の馬乗り袴を身に纏う。黒の足袋を履き、同色の羽織を着る。懐に短刀を仕舞う。黒の布で鼻と口を隠すと、武家屋敷に足を向けた。
手がかりを得ようと屋根裏に潜り込む。
一番賑やかな部屋の襖を僅かに開け、様子を
酒を呑み、ある男の愚痴で持ちきりだ。そこには刀の修理を頼んでいった男の姿もあった。商売柄か、人の顔は憶えてしまう。
その男は太刀を持っていたため、修理した刀の持ち主は別にいる。
霊斬はその場から離れた。
屋敷の屋根に腰かけ、考え込む。調べにきたものの、謎が深まるばかり。
――どうしたらいいもんかな……。
霊斬は曇天の空を眺めながら、店に戻った。
翌日の夕方、曇天の空を睨みつけた霊斬。
そんな彼が出かけようとしたときに、文を見つけた。
手に取って見ると、可愛らしい字が目を惹いた。
『依頼をしてきた男は
「いったい誰が……?」
霊斬は首をかしげることしかできなかった。
霊斬は謎の文について考えるのをやめ、修理を始めた。刀部屋にこもる日々が始まる。
入ってすぐに目につくのは、箱鞴と
それらを避けるように空いた、真ん中の空間に腰を下ろす。
袖をたすきで縛ると、慣れた手つきで刀を手に取って作業を始めた。
箱鞴を押し、刀を押し込む。
真っ赤になるまで熱を加えると、すぐに引っ張り出して水桶に浸す。
ジュッ、という音とともに水蒸気が上がる。
それを引き上げると、まだ赤い刀身を金槌で何度も叩く。カン、カン、カン、という音が小気味よい。
水に浸しては金槌で叩き、形を整えていく。理想の形に満足しつつ、水に浸す。
丁寧に研いで仕上げると、鞘に仕舞って自分の後ろに置く。
たすきを解くと、辺りが薄暗いことに気づいた。
――朝から飲まず食わずで、作業していたのか……。
霊斬は顔を洗ってから、腹を満たすためにそば屋へ足を向けた。