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従者と下僕②

 自決なんてもってのほか。


 そんな、わたしの言葉に、デレクビールンが恐る恐る反論する。


 まーじ、しつこい。


「な、なんともったいなくありがたいお言葉……。しかしながら、聖女様、それでは我々の誉れとなっても、罪とはならない気がいたし……」


 でも、イケメン無罪なんだよなぁ。


 しゃくりあげながらそう問うデレクビールンに、私は腰をかがめその瞳を覗き込むようにすると、今度は最大の優しさと慈愛を表現して答える。


「我が下僕デレクビールンよ、そなた私の命にいきなり背くおつもりですか?」


 そう言ってニコリとほほ笑む。


 もう私、完璧すぎる。まさに聖女。


 その言葉に、デレクビールンは袖で一度ぐいっと涙をぬぐうと泣き出す前のキリッと厳しい表情に戻って宣言した。


「われら両名、寛大にして慈愛あふれる聖女様の下された罰に従い、この卑しくも小さき身命を賭してその貴き命をお守りし、お支え申し上げることをお誓い申し上げます」


 頭を垂れる。クリアリアも同様に。


 いいね、もうちょっと調子に乗っちゃおう。


 そうだな……うん、神様の真似でいこう。なんだっけ、そう「神の息吹を!」だったよね。でもなぁわたし神じゃないしな。そうだな……。


 その時、ふと頭に「祝福」という言葉が浮かんだ。


 聖職者といえば、ってことなんだろうけど、突如浮かんできたその言葉は、なによりこの場にふさわしい気がして私はすっくと立ちあがり姿勢を正す。そして、声高らかに祝福を与えた。


「我が名において、新しき下僕両名に祝福を!」


 と、そのときだ。


 突然、右手にはめてあった例の神様のブレスレットが、ブーッと携帯のバイブのように細かく鳴動をはじめ、さらにきらきらと銀の光を放ち始めた。


「な、え、ちょっと」


 なにこれ、聞いてないよ、着信なの、これ着信してるの??


 私の声に二人は顔を上げる、そしてそのまま、光るブレスレットに目を奪われた。


「アイルタベーレンの光……」


 クリアリアが、うわごとのようにつぶやく。


 デレクビールンは茫然と口を開けて放心状態だ。


 そして、私は戸惑っている。今を盛りと戸惑っている。


 とはいえ、ブレスレットが光って震えたことくらいで現代の女子高生は驚いても戸惑ったりしない。バイブ機能くらい、その辺のおもちゃみたいなゲーム機にだって普通についてる、そうじゃなくて。


 これの終わりどころが分らなくて戸惑っている。だってなんか、爆発しそうじゃない?


 わたしは「ど、どうすればとまるのよ!これ!」と心で叫びながら、とっさに、もう一度叫んだ。


「りょ、両名に祝福を!」


 すると、ブレスレットを覆っていた光が二本の筋に別れ二人の頭上へと飛ぶと、そこで小さな光の球となりそのまま音を立てて弾けた。


――ダンッ!


「わっ」


 今度は三人とも声を上げて驚く。続けて、今度は二人の頭上で弾けた光が、雪のようにその体にゆっくりと降り注いだ。


「わぁ……」


 思わず声が漏れる。


 神秘的で幻想的で、この世の物とは思われない光景。薄暗い石造りの部屋に灯りがともったかのようにその光の雪は静かにゆっくりと揺らめいて落ちる。


 凄い……、まさにファンタジー。


 私は自分が起こしたことにもかかわらず、心の底から他人事な気分でその光景を見つめた。その降り注ぐ光が二人の体を覆い、ゆっくりとその体に浸透していくまで、夢見心地で、ただ、見つめた。


 と、いつしか、ブレスレットの震えが止まっている。何事もなかったように。


「ま……まさか……アイルタベーレンの光まで賜ろうとは……」


 デレクビールンがうわごとのようにつぶやくと、突然何かを思い出したようにはっとして、鋭い声でクリアリアに指示を飛ばす。


「ご領主さ……、いや、バルデ・ブレンダールエに報告を!」


 それを受けて、放心状態で跪いていたクリアリアもはっと我に帰ったようにデレクビールンを見つめ、はじかれたように立ち上がると「聖女様失礼いたします」と一言残して足早に部屋を出て行った。


 その二人のやり取りの必死なこと。


 わ、私、なんかすごいことやっちゃった?


「デ、デレクビールン?」


 私なにかまずいことしたかしら。といった風情を漂わせながら平静を装ってデレクビールンの顔を見つめると、デレクビールンは滅相もないといった表情で首を振る。


「お気になさることではございません、ただの報告でございます」


 先程の必死の様子から、もうすでに平静を取り戻しているデレクビールンは、恭しくそういうと、ゆっくりと立ち上がり深く頭を下げた。


「聖女様には、その深き慈悲によって命を助けて頂いた上、アイルタベーレンの祝福までも賜り、このデレクビールン感謝の言葉もございません。この身朽ち果てるまで、どうぞ御身の思召すままにお使いくださいませ」


 いやん。イケメンを思召すままに使っちゃっていいの。じゃあ跪いて靴をお舐め……。


 て、うん、いまのは無しね。


 さすがに聖女様の妄想にしてはひどすぎる……けど、このレベルのイケメンだもん、ちょっと邪な考えが顔を出しても不思議じゃないよね。


 不思議じゃ……ないよね!


 じゃ、なくて!


 ふと頭に浮かんだよこしまな考えを振りほどき、私は聖女らしさを保ちながら答える。


「はい、よろしくお願いします。それよりデレクビールン。一つお願いしてもいい?」

「なんなりと」

「あなたの名前なんだけど、デレクって縮めて呼んでも失礼だったりしない?」


 正直長いんだよね。呼びにくいと思うの。それに、短くして呼んだ方がなんか親しみやすいし。


 ただ、名前の事でさっきブラッディーカーニバル寸前まで行っちゃたから、この世界で名前って重要だったりするのかな、って思うんだよね。だからここでちゃんと確認しておきたい。あだ名をつける度にジェノサイドはさすがにきついしね。


 と、私の問いに、デレクはかなりズレた答えを返す。


「もったいないお言葉でございます。聖女様の思召す事であれば私にとって失礼なことなど塵一つございません。どうぞ、お好きなようになんなりとお呼びください、ゴミでもクズでも、犬でも豚でも」


 うん、いや、まぁ、そういう事じゃなくて。


 ま、いいか。


「わかりました。じゃぁデレク、どこかに私を案内するんだよね?」


 その辺のことは、これからちょっとずつわかっていけばいい。思い出に宝玉が染まるまでいったいどれくらいかかるかわからないけど、一日二日ってことはないだろうし。


 あんまり早いのも、ちょっともったいない気がするしね。


 と、ブレスレットを確認すると、宝玉の色は全く変わっていなかった。


「うーん、これは先が長そうだ」

「いえ、すぐこの隣にございます領主さ……、いえ、バルデ・ブレンダールエの館にご足労願うだけでございますので」


 あ、うん、そういう事じゃない。


 ま、いいか。


「じゃぁデレク、いこっか」

「はっ」


 私の言葉に、デレクビールン改めデレクは深く頭を下げると、足早に扉に近づき、重厚な音とともに開け放った。


「ではまいりましょう、聖女・メッチャ=シロノ=パンチラ様!」


 はい??


「い、今なんて?」

「え、ええ、ですから、まいりましょう。と」

「そのあと!」

「ああ、私の愚かな間違いを訂正いたしました、聖女・メッチャ=シロノ=パンチラ様と……」


 そうきたかああああ!!なんだそれえええ!!


 めっちゃ白のパンチラって!


 色指定しちゃってるじゃん!描写細かくなっちゃってるじゃん!変態度マシマシじゃん!!


 何その露出狂なのに清純アピールみたいなキャラ!


「シロノと呼んで」

「え、ですが、それはあまりになれなれし……」

「シロノと呼びなさい!」

「はっ!!」


 絶対やだからね、そんな聖女物の薄い本みたいな名前!超却下です!!


「で、では聖女シロノ様、まいりましょう」


 そう言いながら、再び頭を下げたデレクにわからないように、私は小さくため息をついた。


 もう、なんか、台無し。


 こうして、聖女・メッチャ=シロノ=パンチラ伝説は始まったのである。


 て、ほんと、台無し! 

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