「さぁではこちらへ」
とんでもない名前を付けられて茫然自失な私を、褐色ブロンド執事が恭しく扉の方へ促す。
その所作は、左手で帯の辺りを優しく押さえ、右手で進行方向を指示するザ・エスコートな感じ。なんだかとっても、お嬢様な扱いにちょっとだけうっとりする。
「どうぞ、メッチャパンチラ様」
その呼ばれ方に、とんでもなくがっかりする。
さすがに察しの悪い私でも、どうしてこうなったのかはわかる。
きっと、紅髪メイドちゃんとのやり取りの中で名前を聞かれていたのだ。ところが言葉が通じないうえに、紅髪メイドの大胆不敵なラッキースケベに興奮した私が「メッチャパンチラ」を連呼してしまい……。
その結果あの紅髪のメイドちゃんはわたしの名前を「メッチャパンチラ」だと思い込み、そしてそれが褐色メイドに伝わって。
「どういたしましたか?メッチャパンチラ様」
こういう残念なことになっているというわけだろう。
「あの、すいません」
促されるまま扉付近まで来た私は、褐色ブロンド執事に恐る恐る話しかける。こう言う異文化間の勘違いは早いうちの訂正が必要だよね。
というかこのまま「メッチャパンチラ」なんて名前で呼ばれ続けたんじゃ、いい思い出を作るどころか、羞恥プレイに目覚めた残念な女になってしまいかねない。しかも彼氏もできたことないのに、これじゃただのド変態じゃん。
「ちょっと……いいですか?」
と、即座に二人は立ち止まり、私に向かて姿勢を正した。
「はっ。何でございましょう」
そのきびきびとした動作の恭しさは、高級レストランのウエイターのそれだ。
いったことないけど。
もしくは高級ホテルの……。
いったことないけど。ま、いいや。
「私の名前は、白乃って言って、その、メッチャパンチラっていうのは……。」
なるべく相手を傷つけないように、ニヤケ気味の何とも微妙に気持ちの悪い表情で私がそう言うと、その言葉に、二人は目をむいて驚愕し、高い所から飛び降りた忍者のようにその場に
「え、ちょ、ちょっと?」
驚愕する私に褐色ブロンド執事は緊張感のこもった低くよく通る声で答える。
その声は心なしか……震えてる?
「も、申し訳ございませんでした。聖なる御名を違えてお呼びするなど言語道断、このデレクビールンとしたことが何とお詫び申し上げてよいか、今すぐ両名とも相応の罰を……」
そういうとデレクビールンと名乗った褐色ブロンド執事は蒼白な面持ちで顔を上げ、紅髪メイドちゃんに厳しく目配せをすると懐から飾り気のない筒を取り出した。
それを見て、ハッとした紅髪メイドちゃんも震える面持ちで同じような筒を取り出す。
どうやらこの世界では、人に詫びを入れるときは土下座して筒を出すようだけど、さすがに土下座されるほどの事でもない。というか、美少女とイケメンの二人が並んで土下座している様子は、申し訳なさ100%濃縮還元だ。
すくなくとも、私には、耐えられない。
「いや、もうほんとそこまでの事じゃ……」
大げさな二人の態度に、私が微笑みながらとりなそうとしたその時。二人は神妙な面持ちのまま筒に力を込めた。
デレクビールンは震えながら、そして、よく見ると紅髪のメイドちゃんは目の端に涙をためているように見える……って、いったい何しようとしてるの?この人たち。
「ケリフ」
わたしがいぶかしげに見ていると、二人はそう声を合わせて叫んだ。
と、飾り気のないその筒は薄く青い光を帯びた短刀へと姿を変える。そのまさに魔法世界のファンタジーな光景と青白く光る短刀にわたしは目を奪われたのだけど……短刀??
「贖罪の神刀よ!」
デレクビールンと紅髪のメイドちゃんが、悲痛な声で叫ぶ。
「神名を汚す悪しき愚者に、相応の罰を!」
二人はそう宣言すると、呆然と見守る私の前で、なんと、その短刀を自分の首筋にあてがった。どう考えてもそれを力いっぱい首筋に押し当てて引き切ってしまうぞ、という決意をみなぎらせて。
と、いうこと、は……。
……ちょ、まずい!これ絶対まずいよね!!
「まっ、まって!まってってば!」
二人の手に力がこもり、紅髪メイドは涙をとめどなくこぼしながら大きな瞳をきつく閉じた。
って、まてって言ってるじゃない!
「やめなさい!!やめないとひどいよ!!」
私は必死に叫ぶ。
冗談じゃない!いきなりこんな貴重なイケメンとかわいこちゃんの血の海だなんて見たくないわよ。
そんなの、ただの。
罰ゲームじゃない。
「わかった!?」
「……はっ」
私の剣幕に、二人は手を止め、再び床に手をつき頭を垂れた。そして「お怖れながら」と小さくつぶやいて、デレクビールンがこちらを向き口を開いた。
「聖女たる貴方様の意に添わぬ行動をした以上、私どもには、貴方様への忠誠と敬意を示すために、相応の罰を受ける義務がございます」
悲壮なる決意をにじませる真剣な眼差し。ああ、もう、こんなシチュエーションじゃなければイチコロだわ、ほんと、めっちゃイケメンだわやっぱり。
て、そんな場合じゃない。下手すると血の海だ。回避せねば。
「私がダメだと言っても、ダメなの?」
「はっ自らを罰することが出来て初めて聖職につけるのです」
「そう……」
困った。このままだと、異世界に来て初めての思い出が、とんでもなく夢見の悪いものになる。いくら思い出探しでも、それは嫌。
形見の浴衣に刻まれた思い出が、最初に失恋で次が殺戮だなんて、あの世のおばあちゃんに顔向けできない。
困惑する私の表情に見かねたのか、デレクビールンは表情を変えないままに助言する。
「では、聖女様の方から私どもに相応の罰をご提示いただければ、それがどのように汚辱にまみれるものであったとしても、我々両名は歓びとともに従います」
言い回しは長いが、つまり私が決めていいってことね。
よし、それじゃ……って、私いままで誰かに罰を与えたことなんかない。
うーん、私を育ててくれたおばあちゃんなら、ごはん抜きとかおやつ抜きとか、押し入れに閉じ込めるとか廊下で正座とか……。命の代わりには軽いなぁ。
あとはお使いに行けとか、掃除しろとか、お手伝いしなさい……ってこれじゃただのお手伝いさんじゃ、あ、そうだ。
便利に使っちゃえばいいんだ。
「じゃ、じゃぁ、えっと」
デレクビールンの真剣なまなざしにこたえようとしたその時、目の前にかしづくイケメンと美少女の姿を見て、なんだかちょっと調子に乗りたくなってきた。
私、聖女様なのよね。よし。
決意を胸に、私は右手を胸の高さに掲げる。
そのしぐさに、二人は目を見張りさらに深く平伏した。
「両名、デレクビールン、そして……」
あ、紅髪メイドちゃんの名前知らない。
戸惑う私の雰囲気を察したのか、デレクビールンが紅髪メイドに視線で促す。と、紅髪メイドが伏せたまま口を開く。
「私の名は、クレイアス=クリラッサ=クリック=クリュケイア=クリステル=クリアリアです」
……ながっ!わかんない、それ覚えらんない。覚えられても言えそうにない。
「クリアリアとお呼びください」
先に言って。
安堵とともに一度「ゴホン」咳ばらいをすると私は威厳的なものを漂わせる雰囲気を醸しながら静かに言い放った。
「両名、デレクビールン並びにクリアリア。神名を汚すそなたらの罪は軽からず、その一身と命をもっての償いを命ずる」
命をもって。その言葉に、デレクビールンは動じないがクリアリアはビクリと体を震わせる。
ごめんね、怖いよね。ちょっとまってね。
悪いようにはしないから。
「しかしながら、この私は眼前を血に染めることを好まない。よって両名は、我が元に仕え、我が命に従い、一身一命を賭して私を守り支える忠実なる下僕となることを命ずる」
私の言葉に、二人は驚愕の表情で私を見上げた。クリアリアは少し涙ぐんでいるように見える。
「己が欲と意思を超え、この世の理を超え、私のみがそなた等の主であり絶対唯一の支配者であると知れ!」
うまい!完璧!!
夜寝る前にこんな感じの妄想をたくさんしておいてよかった!相手が子供の頃に買ってもらった某黄色い電気ネズミと某夢の国のネズミじゃなくてもうまくいった。
しかも、この不安な世界で、ガイド役ゲットだぜ。アハッ。
「よろしいですね?」
高貴な雰囲気を漂わせ、私はそう締めくくると、満足げにクリアリアとデレクビールンの表情を見る。
と、そのイケメン顔をくしゃくしゃにゆがめ、デレクビールンが号泣していた。
クリアリアは放心状態で一心不乱に祈っている。
うん、まぁ、結果オーライよね。