『わしはおぬしの願いを聞き届けたのじゃ、その祖母の形見たる蒼き衣に見合う程の良き思い出を作るために、おぬしを、この地に召喚した』
へ?どゆこと??
『おぬしはこの見知らぬ土地で、自らの力で生き、そして、良き思い出を重ねよ。重ねればその蒼き宝玉は紅に染まり、すべてが紅に染まればお前は元の世界へ戻ることとなるのじゃ』
「え?それって」
神様の言葉に私はもう一度ブレスレットを見る。確かに青い球が……これが赤に代わると……。
「神様、という事はこれが……」
『励め、さらばじゃ』
私がさらに何かを問いかけようとした瞬間、あまりにあっさりした締めの言葉を残して、神様は消えた。いや、最初からいなかったのだけど、気配が消えた。
「ちょちょちょちょ……ちょっと!!ちょとお、神様、待って、説明不足!!」
叫んでも、もう声はしない。
「ふざけんなぁ、お金とスマホ返せええ」
返事はない。
でも、目も覚めない。
試しに頬をつねってみたら……痛い。
「ほんとにほんとの現実なんだ……これ……」
へたり込んだままそうつぶやくと、私はその不思議なブレスレットを見つめた。
その時だ。
「オリュスト。リンゲン、ハーデ、ミッテル、コロンネ」
背後から男の声がした。大人の、男の声だ。
とっさに振り向きながら後ずさる。
美少女はいい、むしろ大歓迎。でも、こんな訳の分からないところで見知らぬ大人の男はやっぱりこわ……。
「うっわーいけめん」
そこに立っていたのは、あこがれの褐色ブロンド。すらっと伸びた脚、広い肩幅。鍛え抜かれて引き締まった肉体がその洋服の上からもはっきりわか……って、それ、執事服!
紅髪美少女メイドに褐色ブロンドのイケメン執事!!
何この世界、よくわかんないけど、悪くない! むしろいい! 大好物! 神様ありが……いやいや、取り乱すな私、そんな場合じゃないし、あのボケ神様に感謝なんかとんでもない。てか、顔の良し悪しは人間性の良し悪しとは関係ない。
褐色ブロンドのイケメン執事にもきっと悪い人はいるんだ。たぶん、うん、きっと。
「タウリスター、メルヒュ、ライデル、ウント」
と、妄想の世界と現実のはざまでもがきながら、いろいろと百面相をしている私を困った表情で見つめていた褐色ブロンド執事が、何か語りかけてきた……けどわかるわけがない。
ちょっとした響きはドイツ語っぽい。でもな、ドイツ語分かんないもんなぁ。
しゃーない。
「あ、あの……マイネームイズ。シロノハナバタケ」
世界言語、英語様だ。通じるだろ!
「アウヒュ、ミテユエレント、メチデヲルインク、ワッセ」
通じてねぇ、世界言語よえぇ。
私が、あっさりと敗北した世界言語、とはいえ片言なんだけど、のふがいなさに嘆いていると、ふいに褐色ブロンド執事が私の目の前に跪いた。
目の前にイケメンの顔。褐色の肌に、ブルーの瞳。吸い込まれそうな、青。
「ひえっ」
小さく悲鳴を上げて後ずさる。
いくらイケメンでもこの距離は怖い。いや、イケメンだからこそ怖い。ていうか、イケメンだろうが何だろうが、実生活でここまで男の人の顔が近づくのは小学校以来だもん。逃げるよそりゃ。
そんな私の態度にイケメンは寂しそうだ、こちらにズイッと近づく。あわせて怯えた私がちょっとズリッと後ずさる。
イケメンが寂しそうにズイッ。私がおびえてズリッ。
イケメンがズイッ、私がズリッ。ズイッ、ズリッ、ズイッ、ズリッ……。
ふと、こんな石の床で後ずさってばかりのお尻が気になった。
おばあちゃの浴衣破れちゃう!!
慌てて立ち上がると、何を勘違いしたの褐色ブロンド執事が嬉しそうに立ち上がり私の腕をつかんだ。
「ひやぁぁぁぁ!!」
そりゃ叫ぶよ、だっていきなり腕をつかまれ……て……。指輪をはめられて……。
指輪?なにこれ?褐色ブロンド執事にいきなり、指輪はめられてる私、なにこれ?
モテ期なの?
モテ期到来しちゃってるの?
て、そんな場合か。
「わかりますか、聖女様」
突然のラブロマンス臭にまったく不慣れな私があたふたしていると、褐色ブロンド執事がそう語りかけてきた。
「聖女……さま?」
私がそう返すと、褐色ブロンド執事はうれしそうに答えた。
「はい、聖女様、ようこそおこしくださいました!」
へ、私歓迎されてる?
「てか、言葉通じてるの?」
いまかよ!と、自分でも突っ込みたくなる間の抜けた私の言葉に、今度は紅髪メイドが少しこわばった表情で答えた。
「は、はい、それはアーデリトリングと申しまして、お言葉を通訳する魔道具でございます」
魔道具!!何、魔法的な何かなの??本格的にファンタジーなの???
いやまぁ、神様出てきてこんなところにワープしてる時点でもうファンタジーなんですけどね。
「私……いったい……」
あまりにいろんなことが起こり過ぎて、私は褐色ブロンドを見つめた。心の中で華麗かつ迅速に一人ボケ一人ツッコミを繰り返していても、不安は不安なのだ。
「混乱されているのは理解します。しかし、私にとってこんなにうれしいことはないのです、まさか生ある内に聖女様をお迎え出来るとは!!」
そう言うと褐色ブロンド執事は胸のあたりからクエスチョンマークのペンダントを引き出し、握りしめて何やら祈っている。
「聖女って……私が?」
何やらわからずにうろたえている私を尻目に、褐色ブロンド執事は「ああ神よ、私は……聖女が……」と、ひとしきり独り言をつぶやくと、突如ハッとして紅髪メイドに目配せをするとその場に跪いた。
そしてそのまま大声で叫ぶ。
「よこうそ、エンダルファンルイーイ皇国ブレンダールエ領へ」
きっと国名的な何かだろう、そう叫んだ褐色ブロンド執事は、今度は私を見上げて続けた。
「聖女メッチャパンチラ様!」
め、めっちゃぱんちらぁ???
「聖女メッチャパンチラ様に、心よりの祈りを捧げます!!」
ああ、えっと、その、なんとなくわかっちゃったんだけど、まさか。
メッチャパンチラって……。
わたしじゃ、ないよね。