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降臨①

「ぬぅはぁぁぁ!ぬぶふぉぁ!!」


 体を包んでいた光の奔流から逃れて、呼吸とともに目を開け……る前に、ちょっと年ごろの女の子としてはまずい声が出た。


 だって、ねぇ。


 いきなりあんなことされたら誰でもそうな……って、ここどこ!


 私は、いまだ焦点のあわないぼんやりとした視界でなんとか目を凝らす。


 ……多分、石造りのホール。


 なんていうんだっけお墓に使う、御影石? あれのごつごつした感じの石造りの部屋。天井がとても高くて……祭壇があって……教会?? 礼拝堂?? それにしちゃちっさい……てか暗い。てか目のぼんやりが治んない。


 いや、それよりも!神様!!ここどこ?!貴方もどこ?!


「ひっ……」


 心の中で神様に呼びかけたその時、足元から声がした。


「だれかいる……えええっ!?」


 見ればそこには、メイド服を着た少女が石の床に転がるようにしりもちをついたまま、恐怖に凍り付いたような表情でこちらを見つめていた。


 初めて見る深紅のビー玉のような瞳。その美しくも丸っこいそれが転がり落ちそうな勢いで見開かれ、陶器のような白い肌 (まぁ便器のようだっと思ったことは内緒で)は青ざめ、瞳と同じ深紅の長い髪の先までが細かに震えている。


 それよりも、なによりも。


 こけた時にはだけたのか、太ももまでめくれ上がったスカートの間から清楚な白いパンツがもうそれは見事なまでに丸見えで。


「ちょ、ちょっと!めっちゃパンチラ!!!」


 ……てかもろ。


 ぱんもろ。


 年頃の男の子ならそれはそれは大歓喜なんだろうけど、女の私にはノーサンキュー。残念ながらそっち方面の属性は持ってないしね。


「ねぇ、ほら、パンチラだってば」


 ところが、親切な私の忠告に、その赤い目の美少女はさらなる恐怖の表情でずりずりと後ずさった。


 床に尻もちをついたまま。


 と、神のいたずらか、はたまた悪魔の好奇心か。美少女が後ずさるごとにスカートはさらにぐいぐいとめくれ上がる。


 それはもう、露出狂の如く。


「ちょ、だから、だから、めっちゃパンチラ!!」


 そんなあられもない美少女の姿に取り乱した私の、身振りも交えた必死の忠告に、気おされたようにやっと少女が答える。


「エ、エデルヒット、パ、パルテ、ピエンテ、デスル」


 ふむふむなるほ……って。いや、何語? もしかして私の言ってること通じてない??


「エデル、エデルア」


 何か必死で訴えてるけど、わかんないって。


 てか、早くパンツをしまえ!


「ぱんちら!めっちゃぱんちら!!わかる??メッチャーパンチーラ」


 なんだそれ。言った後に自分で自分の馬鹿さ加減にため息をつく。そんなインチキ外国人みたいに言ったところで、日本語じゃないか。


 通じるわけがない。


「メッチャ……パンチーラ」


 ……って、通じた?うそ、マジ、奇跡!!


「そそ、イエスイエス、パンチラ!!ベリベリ、メッチャパンチーラ!」


 私の言葉に、少女は恐る恐るうなずくと小さく「メッチャ……パンチラ……」と繰り返す、そして突然、何かに気付いたのかスカートを直し私を見つめた。


 よっしゃ通じた! ビバ、異文化交流!


 喜びとともに、私は少女を見つめる。


 そして、あらためてその美しさに見とれた。


 引き込まれそうなくらいおっきくて丸い深紅の瞳。一瞬疑ったけど、ガン見してもどうやらカラコンではなさそうで、それでもナチュラルな色とはとても思えない、本当にルビーのように紅い瞳。


 瞳の中で、何かが燃えているような。


 何人なにじんだったらこんな目の色の人がいるんだろ?


 考えたけど出てこない。 


 瞳と同じ紅い髪。そして白い肌。


 ちょっとしたそばかすがほんとにかわいい。しかも三つ編み。胸がボンッで、お尻はちょっと小ぶりだけどきゅっと盛り上がってて、何と言ってもメイド服がよく似合う。


 超かわいい。超美少女。


 そうなれば、かわいい女の子が大好きな私の頬は、自然とほころぶ。


 と、そんな私の笑顔を見たとたん、少女は何かに身体を突かれるようににはっと身震いしたかと思うと、突然「アングレアアアアアン」と、意味不明な大声をあげて出て行った。


 はっきりと恐怖の表情を残して。


 ……な、なによ。


 私の笑顔そんなの怖い??


 そ、そりゃそんなにモテモテ女子ではなかったけど、クラスのヒエラルキーはぐいっと最底辺だったけど、化粧が嫌いなだけでそんなに不細工じゃないんだからね!


 きっと。


 ほんと、失礼しちゃ……ってか、ここ何処?


 あまりにかわいい美少女の登場に取り乱していたけど、はっきり言って、今はちょっとそんなことどうでもいい。


 ねぇ、私、どうなってんの、今?


「うう、さむっ」


 恐怖と不安からあたりを見回していると、少し寒気を感じて身体を抱きしめ、もう一度ゆっくりと周りを見渡す。


 相変わらず暗いけど、今度は視界もある程度はっきりしている。そして、そのはっきりした視界が、よりはっきりとした情報と疑問を連れてきた。


 石造りの小さな狭いホール。


 ちょうど、そう、商店街の八百屋さんくらいの広さ。


 とはいえ、狭さに比べ、少女が出ていった扉は重厚な木製の両開きの扉でしかも取っ手に見たこともない獣の金ぴかの装飾もついている、少なくともこの建物が粗末な施設でない事はうかがえた。


 振り向くと祭壇。


 教会でよく見るようなタイプのものなんだけど、お花や絵や写真は何一つ飾ってない。それどころか十字架もない。かわりに、巨大なクエスチョンマークをかたどった木製のモニュメントがいかにも大事そうに飾ってある。


 たく、クエスチョンはこっちだよ。


 小さくつぶやいてもう一度見渡す。けど、それ以外何もない、と思う。


「暗いなぁ」


 見渡してもどこにも電気らしいものはなくて、ただ祭壇に小さな炎が二つ、小皿から伸びた灯心の上で燃えている。いくら狭いからと言っても、あんな小さな明かりじゃ暗くて仕方ない。窓もないし、てか、あの灯りの煙なんか臭い。


 臭いんだけど、ちょっとおなかのすく……、そう、焼き魚の匂い。


 ぐう……。


 突然おなかが鳴る。とっさにおなかを抑えてバツの悪そうな顔をうかべたけど、よく考えたら誰もいないんだよね。てかおなかすいたなぁ。きっとみんなでわいわい言いながらいろいろ買い食いしちゃうんだろうって思って何も食べずに来たんだよねぇ、お金だけは持って。……ん?


「て、お金!!」


 大事な、本当に大事なことに気付いて私は青ざめる。


「まずい、まずいって」


 そう言いながら私は床に這いつくばり、財布と携帯を入れていた巾着を探す。一緒に飛ばされてきたならどこかに落ちているはずだ……。て、携帯!!!


「どうしよう……」


 さすがに心が折れる音が聞こえた気がした。どこだかわかんないところにいる上に、お金も携帯もない。これほど怖い事があるだろうか。


 その場にへたり込んだまま私は祭壇を見つめた。


 となると、もう、神頼みしか、ない。


「神様ぁ……」

『なんじゃぁ』

「ぬぅわぁ!」


 その時、祭壇から声が聞こえた。姿は見えない、でも、ちゃんと聞こえた。


 いや、ちゃんとそこにいる気配もある。見えないけど、いる。


「か、かみさま??」

『だからなんじゃぁ』


 その全く威厳のない声に心底ほっとする。と、同時に、いろいろな質問がこみ上げてきた、怒りとともに。


「ちょっと神様、これいったい何なんですか、どこなんですか、私のお金と携帯は??」


 お金と携帯。あたりの語気が強くなってしまった自分の現金さ加減にちょっとあきれながら、私は精一杯唇をとがらせて続ける。


「いったい私が神様に何をしてった言うんですか、てか、もしかしてあなた悪魔?悪魔的な、そのなんか妖怪的なそんなの??」


 私の矢継ぎ早の質問に、神様はうんざりしたような声で答える。


『騒がしい娘じゃあのぉ、人に聞いてばかりではなく、自分で考えんかぁ』


 のんびりしすぎだよ、神様。


「無理ですよ!言葉わかんないし、電気ないし、てかお財布と携帯!!」


 またそれ?って、自分でも思うけどさ、いや、それ大事。お財布と携帯、超大事。


『知らんよ。とりあえず、言うべきことだけ言っておくのじゃ。聞いておくのじゃよ』


 神様があっさりそう言うと、突然何かが頭上から落ちてきて『がごっ』という音とともに私の頭に当たった。


「いった!」


 頭をさすりながら拾い上げると、それは小さな青い球のはまったブレスレットのようだ。しかもかなりごっつい金属製の……てかこんなの頭に落としたら下手したら死んじゃう。


 てか、死なないけど痛い!


「あぶないですよ!」

『つけるのじゃ』

「は?」

『は?じゃないわ、右手につけるのじゃ』


 ったく、なによ、いきなり命令口調でさ……。こんなぶかぶかなブレスレット私のこの白くてか細い手に……はまった。


 精緻な模様の施されたその鈍く輝くブレスレットは、私の腕に合わせてしゅるしゅると縮んだのだ。


 すご。これ、サイズ自動調節なのね。


 「つけましたよ、でいったいこれはなんなんですか?」


 しかし、神様は今度はもう答えることもなく、私を無視して話を続けた。

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