命に代えても……ジークのその言葉には本物の決意が込められているのを私は感じた。
涙が出そうで、思わず素のまま取り縋る。
「だって……だって何するの、どうするの? 相手はジークのこと敵だと思っているんでしょ?」
「枢機卿の懐に入るには、相手を油断させなければならないでしょう。だから……わたしは枢機卿を謀ります。秘密裡に和解をしたいと、王家の機密を持って寝返りたいと」
「ジーク! 駄目だ。きみの勇敢さには誰も及ばないが、きみは腹芸が苦手だろう! 直ぐに見抜かれてしまうに決まっている!」
珍しく父が大きな声を上げてジークの言を遮った。
「しかし、他の手はわたしには思い浮かびません。もしも見抜かれ、わたしが殺されてしまったならば、それを……子殺しを枢機卿の罪として、速攻で全ての持ち兵を出して枢機卿の館を囲んでしまうのです。そうすれば、デュカリバーはきっと見つかる筈。もしも見つからねば、枢機卿を捕えて拷問すればいい」
「ばかな! そんな事が出来るものか」
「わたしが枢機卿の元へ赴いた結果死んだとなれば、長年の因縁がある事ゆえ、病死だとか事故死だとか言いたてても、誰もが枢機卿の策謀を疑います。枢機卿を王家の名において捕縛しても、正義はこちらにありと理解を得られる筈。身柄を確保さえすれば、秘密裡に拷問したって……」
「やめて、ジーク! 自分のことと、実のお父さんのことでしょう! なんでそんな風に言うの! 枢機卿は憎たらしいけど、子殺しをさせるとか、ご、拷問するとか! それに、ジークが殺されるなんてとんでもないよ!」
私はジークの胸板を叩いて泣いてた。でも、ジークは動じない。
「わたしはもうずっと、この手段を考えてきました。なにも犠牲にせずに国を建て直すなど不可能なこと。わたしは……如何に陛下の王家に正義を見出そうとも、あの男の息子であるという事実を変える事は出来ません。わたしが殺されることであの男を罪に問えるならばわたしにも生を受けた意味があったと思える」
なんて怖いことを、蒼ざめてはいるけれど冷静な口調で言う。
ジーク……ずっと、お父さんの罪の為に犠牲になろうなんて考えていたの……?
私は言葉を探した。かんたんに思いついた言葉を投げたって、ジークの決意を翻せそうにない。どう言えば……。
けれど私が言葉を思いつくより先に父王が言った。
「やめてくれ、ジーク! そんな事はわたしが許さない。わたしに……息子を二人も失わせるつもりなのか?!」
普段の穏やかな様子はどこにもなく、父はむしろ睨むようにジークを見ている。二人とは勿論、リオンとジーク。5年前に実の父枢機卿を見限り、王族の地位を捨てて自分に仕える甥のジークを、父が本当の息子のように思っているのはこの王宮の者なら誰でも知ってる。
ジークは愛情に満ちた父のこの言葉に一瞬息を詰まらせたようではあったけれど……でも、表情は変えなかった。そして、言った。
「陛下、陛下のご子息はここにおられるリオンさまお一人です。わたしはあの男の息子です」
「ジーク、わたしはそう思っていないと言っているんだ」
「陛下のお気持ちは有り難く存じますが、事実は変えられません。どうかわたしに、今度こそリオンさまを護らせてください。陛下、デュカリバーを取り戻さなければ、ここにいる者全員の命が危うくなるかも知れません。ですから」
「きみはあの事に責任を感じてそう言っているのか。あれはきみのせいではない」
「わたしの父親のせいです。そしてあの男にはそれを償う気もない。だから、わたしが償わなければならない」
あの事、とはもちろんリオンの暗殺の事。
「ジーク。リオンはジークが悪いなんて思ってないよ! それは私が一番わかってる!」
リオンの魂は私の中にある。リオンはジークが悪いなんて全く思ってないし、犠牲になるなんて望むわけない!
私の言葉に、ジークはようやく私を見た。
「優しいリオンがわたしを許してくれているのは解っています。しかしわたしがわたしを許せないのです。既にわたしはリエラを殺した……この上リオンを二度も死なせるような事だけは出来ない」
「なに言ってるの! あなたはリエラを助けたでしょ!」
「わたしが助けたのはあなた、アークリオン。小間使いのリエラはわたしが葬った」
なんでジークがゼクスにあんな嘘をついているのか、やっとその一部を悟って私は茫然となった。ジークは私の今の境遇に責任を感じている。小間使いのリエラは確かにいなくなったし、アークリオン王子の未来は危ういものとはいえ、私は全て納得ずくでここにいるというのに。
「リエラの心は死んでない。そしてあなたに感謝している。わからないの、ジーク」
「どちらでも……」
ふと、いつも何にも動じないその銀の瞳に大きな揺らぎが見えた気がした。けど、すぐにそれは消え、ジークはまた冷静な表情になる。
「どちらでも、あなたを死なせたくないのです」
「死ぬなんて決まってない。もっと方法を探そう?」
「わたしにはこれしかない。もしも失敗したら、あとを頼みます。ご両親を」
そう言ってジークは強張った顔の父に向かい、
「陛下の温かいお言葉に幾度救われたか知れません。わたしの忠誠は永遠に陛下と妃殿下のもの。そして……」
「行くな、ジーク」
「陛下の、本当の息子であったら、どんなに良かっただろうかと思います。では失礼致します」
それだけを言って。ジークは深く頭を下げ、踵を返そうとする。
「おまえを犠牲にしてまで護りたい玉座ではない……」
責任感の強い父の言葉とは思えなかった。再会してからずっと、力強く頼もしい存在だった父が、急に十も二十も歳をとったようにさえ見えた。
「……迷われないで下さい。陛下は国の為に玉座を護るおかた」
「……」
父は大きく息を吐いて、よろめくように椅子に座った。本当は、父だって解ってる。でも、父の優しさが、弱さが、今のことばを言わせてしまった。
この時、ずっと発言を控えていたエリスが一歩進み出た。
「閣下……どうあっても行くと仰せなら、わたくしにお伴をさせて下さい」
「駄目だ、エリス。きみの考えなど解っている。わたしの身代わりになろうという気だろう。だがこれはわたしの役目。きみはわたしに代わってご夫妻とリオンさまをお守りしてくれ」
確かに、枢機卿を子殺しの罪で捕えるには、この役目はジークにしか出来ない。でもエリスは引かなかった。
「閣下の本当の目的ならば、わたくしにだって!」
「本当の目的?」
私も父も宰相も驚いた顔になったけれど、ジークは険しい目でエリスを見て、
「余計な事は言わなくていい。とにかくきみは残れ。今までの働きには感謝している」
とだけ言い捨てて出て行ってしまった。
追いたかったけれど、今は追っても無駄だということも解っていて、私はただ涙を流していただけだった。