「リオン、そろそろ休憩にしないか」
汗を拭いながらゼクスが言った。陽を見るとだいぶ高くなって来ている。午前中はたまたま空いていたので、早朝の剣の稽古が終わってジークが立ち去った後も、私とゼクスは手合わせを続けていた。
ゼクスが我が国レイアークの客となってから二月が過ぎた。最初の日に約束した通り、私とゼクスは、リオン、ゼクスと呼び合って、すぐに親しくなった――私と、というか、ゼクスの方ではあくまでリエラではなくアークリオン王子と、と思い続けている訳だけれど。
あの日の夜に庭園でゼクスに申し出たそのままに、ジークは朝稽古にゼクスを加えて私と一緒に鍛えてくれている。私とゼクスは兄弟弟子という事だ。私もゼクスに会うまでの間に基礎は身に付けていたし、力では男の子のゼクスに敵いはしないけれど、俊敏さではひけを取らない。今の所対戦成績はほぼ互角で、ゼクスに認められる度、私はリオンの名前を穢さずに済んだと思えて嬉しかった。
私もゼクスも、師匠であるジークにはまだ全く届かない。本当に、あの一見細身に見える身体のどこにこんな技を隠し持っているんだろう、と思ってしまうくらいに、ジークの動きは正確で速い。
ジークもゼクスも、あの時の庭園の会話を私が盗み聞きしていたとは知らないし、二人は表面上ごく普通に、騎士団長と隣国の王子、という関係を貫いている。笑顔はないけれど、険悪な雰囲気もない。たぶん、『何も知らないリオン』に気を遣ってくれてもいるのだろう。
私はなんとか二人に仲良くして欲しいと思っている。だって、どちらも私にとって大事な人だから。けれども、二人を仲良くさせる為には、ゼクスの『ジークがリエラを殺した』という誤解を解かなければならない。でも、この誤解はジークが敢えてそう思われるよう仕向けたから生まれたもので、口を突っ込まないで欲しいとエリスに懇願されてしまっている。
という訳で、もどかしく思いながらも取りあえず私は何も知らない風を装って見ているしかない。もちろん、本当にゼクスがジークを殺そうと……なんて事になったら、どんな訳があったって、ゼクスに、自分はリエラでジークは私を助けてくれたのだ、と明かすつもりだけれど。
ゼクスは表面上は明るく振る舞って、私に対してもなんの屈託も感じさせない。たぶん、あの会話を盗み聞きしていなかったら、私はゼクスとジークの間にあんな事が隠されているなんて夢にも思わなかっただろう。リエラの死についてゼクスは、リオンも両親も何も知らない、というジークの言葉を信じる事にしているんだろう――と思いたい――、勿論、幼馴染に対する態度ではないけれど、同じ歳の王族の友人として親しくなろうと思ってくれているのを感じることが多い。
「そうだねゼクス。軽食をとろうか」
「ああ、腹がぺこぺこだよ」
答えてゼクスはにっと笑う。笑顔は私の、リエラの昔から知っている幼馴染のままだ。私たちは雑談しながら後片付けをしてリオンのダイニングに向かう。私たちの気配を察知して、気の利く侍女長が温かい軽食を二人分用意してくれたところだった。
私たちが食卓に着いた時、エリスがやって来た。
「リオンさま、ゼクスさま。お食事中に失礼致します」
「エリス、こんな時間に珍しいね」
「リオンさま……大変申し訳ありませんが、至急陛下の執務室にお越し頂きたいのです」
「なにかあったの?」
エリスがこんな事を言って来るのは初めてなので、私は緊張する。エリスは、けれど私を安心させてくれるいつもの笑みは見せてくれず、強張った表情のまま、
「陛下にお尋ねになってください」
と言うだけだ。
「誰かの身になにか?」
私はすぐに、暗殺を心配してしまう。私がリオンになった原因なのだから、いつも心のどこかにそれは暗い予感めいたものとしてくすぶっているのだ。
けれどこれにはエリスは首を横に振って、
「いいえ、ご家族は皆さま大丈夫です」
と言ってくれた。
「リオン、早く行った方がいい」
「済まない、ゼクス。きみはゆっくりしていてくれ」
「ああ、ゆっくりしてるし、誰かが来ても何も言いやしないから、済まながる必要はないさ」
「ご配慮ありがとうございます、ゼクスさま」
とエリスが頭を下げる。私の腹心と言えるエリスとゼクスの間には、信頼関係のようなものが出来てきていると感じる。ゼクスは頷いて、なんでもなさそうに、パンに手を伸ばす。空腹どころじゃなくなって、私は急いでエリスの後について父王の執務室に向かった。
―――
執務室は人払いがされていて、父とジーク、信頼できる宰相のコルノー公だけがいた。みんな深刻な表情で、低い声でなにごとか話し合っている。
「何が起こったのです?」
「ああ、リオン」
父はいつもの優しい目ではなく、疲れ切った様子で目の下にはくまが見える。
「わたくしは失礼いたします」
「いい、エリス、きみも聞いてくれ。妃には後でわたしから話すが、今はこの五人の内に留めて置こうと思う。いいだろう、ジーク?」
「むろん、陛下のご判断のままに」
父の言葉に、エリスは緊張した様子で私の背後に立った。
父は溜息をついて、私とエリスに向かって言った。
「今朝がた分かった事なのだが……宝剣デュカリバーが盗まれた。王の証として唯一無二の宝……絶対に、我が手元から離れてはならないものだ」
「え……」
「宝物庫に厳重に保管され、式典の時のみ佩刀するものだが、宝物庫の番人は昨夜殺害されていた」
「そんな!」
この宮中で、また暗殺……私は目の前が真っ暗になりそうだった。しかも、話はそれだけでは終わらないのだ。
「来月のわたしの誕生日には、わたしはあれを佩いて皆の前に立たねばならない。もしも王の腰にデュカリバーがなければ、枢機卿は必ずその事を糾弾し、ないと知れれば王家の責任を、王の資格を問うだろう。そしてわたしは反論できない。建国王から代々伝わる秘宝なのだからな」
「枢機卿の陰謀に決まってる!」
「だとしても、それを証明する手立てはない」
「……」
何と言っていいのかわからない。
でも、その時ジークが言った。
「陛下。わたしの命に代えてもわたしがデュカリバーを取り戻します」