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第4話・こんな筈じゃなかったのに

「え……亡くなった?」


 ゼクスの意外な言葉に私は混乱する。ゼクスは私をリエラではなくリエラに似た人だと思っている。絶対気付くだろうと思ったのにあくまで私はアークリオン王太子だと思っている。その理由は……リエラが死んだと思っているから?


「すみません! 初対面の場でいきなり死者に似ているなど自分は何と不吉な言葉を! 本当に他意はないのです。どうかお許し下さい」

「い、いえ、私は気分を害したりはしていません。謝罪など無用です。あの、それより、何か事情が……?」


 私が問いかけると、ゼクスは憂いを含んだ目で私を見返してくる。何だか、以前のゼクスとは少し違うみたい。大人びたというか……見た事のない表情を浮かべてる。


「アークリオン王子……貴方は優しい方のようだ。非礼な私をあっさり許して下さり、気遣って下さるとは、感謝いたします。しかし、アークリオン殿の方にも何かご事情がおありなのでは? 正式な対面の前に非公式に会いたい、とは……?」


 う、うーん。想像とかなり違う展開になってしまった。予定では、ゼクスはリエラとの再会を喜んでくれるだろうから、秘密の仲間になって欲しいとお願いする筈だったのに。

 でも、焦っている私の代わりに、ジークが冷静に対応した。


「エルーゼクス王子殿下。お初にお目にかかります。わたくしはレイアーク王国騎士団の長ジークリート・ヘルメスと申します。我が主アークリオン王子は、エルーゼクス殿下のご到着を非常に楽しみにしておられました。同年齢の隣国の王子殿下……聞けば、我が国王アーレン陛下と、殿下の父君レリウス陛下も、若き日々に親しくお付き合いなさった盟友であられるとか。故に、アークリオン殿下は、堅苦しい正式の場で会う前に、エルーゼクス殿下とお話ししたいと強くお望みだったのです。特別な事情はございません」


 なんのおかしな事もないきちんとした返事だけれど、これで、私がリエラだと打ち明ける事は難しくなった。でも元々、ジークは、私がかつての友人に会うのは良いとしても、他国の王子に秘密を知られるのは好ましくない、と主張していたんだった。ばれた時は仕方がないけれど、そうならなかった場合は、アークリオンとして交流するべきだ、と……。私は、ゼクスが私の事を判らない訳がないと思って聞き流していたけれど、結局ジークの言っていた形になるようだ。

 でも、いったいどうして、ゼクスはリエラが死んだと思っているのだろう?


 ゼクスは、私の背後のジークを、やや警戒の色を瞳に浮かべて暫く見つめていた。どうしたんだろう……こんな顔つきのゼクスも初めてだ。思えば、ゼクスは私の前では素を見せてくれていたけれど、宮廷にあって、あんな風で居られた訳がない。私に見せていた男の子の顔とは別に、はみ出し者とは言ってもちゃんと王子の顔を持っていたんだ。元々王さまとの親子関係は良くなかったと聞いていたし、彼なりの処世術は当然身に付けている筈。ただのリエラだった時には、そんな事考えもしなかったけれど、今ならば解る。


「貴公がジークリート殿か。お噂は聞いています」


 王族籍を捨て実父との縁を切った騎士団長。関係諸国の間では当然知られているだろう。勿論王家と枢機卿の間の諍いも……そして諸国は、レイアークがどうなってゆくのか、興味深く見守っている事だろう。


「どこかでお会いした事があるような気がするのだが」

「……いえ、わたくしは残念ながらトゥルース王国には使者として伺った事はございません」


 ――ええっ?! もしかしてゼクスは、私の事は判らないのに、あの時顔を隠してすれ違うように出会ったジークの事は見抜いて……る?


「……そう仰るならば私の勘違いなのでしょう。重ねて失礼した」

「とんでもございません」

「ところで、私はアークリオン王子と話をしていた筈なのだが、何故臣下である貴公が許可もなく返事をなさったのかな? ああ、それがレイアークの流儀だというのならば、また失礼な事を申しているのかも知れないが」

「……。いえ。仰せの通りでございます。差し出た真似を致しました。アークリオン殿下に重用して頂いている事でつい、思い上がりをしていたようでございます。お許し下さい」

「いや、別に怒っている訳じゃない。ただ、不思議に思っただけです。私には、そんな風に気を利かせる側近に恵まれていないもので」


 ……なんで。なんでゼクスとジークが雰囲気悪くなってるの? こんな、こんな筈じゃなかったのに!

 ゼクスは再び私に視線を戻して、


「私と親しくしたいと思って頂けるお気持ちに感謝致します。私の方こそ、是非ともよろしくお願いしたい。何しろ、いつ帰れるのかという見通しも全く立っていない身ですので。厄介になります」

「い、いえ、ジークの言う通りなのです。私はエルーゼクス殿の到着を心待ちにしていたので、つい、お疲れであろうという事も忘れて、先に会いたいなどと我儘を申してしまったのです」

「ありがとうございます。では、友好の証に、私の事は私的な場ではゼクスとお呼び捨て頂きたい」


 ゼクスはようやく笑みを見せて言った。私はほっとして、


「ありがとう、ゼクス。私の事も、是非リオンと呼んで欲しい」


 と答えた。


「では、リオン。これからは友人ですね。私には今まで、真の友人と呼べる存在はひとりしかいなかった。そしてそのひとりだけが、私をゼクスと呼んでくれていたのです」

「……もしかして、そのご友人とは」


 ゼクスは、含みのある視線を私に投げて、


「先程、リオンと見間違えた者。いまはもういない、銀の髪の少女です」

「ゼクス……!」

「この話はまたゆっくりした時にでも。今は時間がない。国王陛下にご挨拶をする支度をしなければならないので……失礼します」


 ゼクスは深く頭を下げると、侍従に導かれて自分の場所へ行ってしまった。


「ジーク……どうして。何故、ゼクスはリエラは死んだと思ってるの? それに、ゼクスはジークのこと……」


 私は予想外の会見の顛末に酷く動揺して、ゼクスが遠ざかったのを確認するとすぐにジークに縋りつくようにして尋ねた。涙を零さないように努力しないといけなかった。

 ジークは混乱している私の様子に、痛ましそうな表情を見せた後、優しく微笑んでくれた。


「これでいいのです。リエラさまは今はいないのですから、いつかお戻りになる日が来るまでは、リオンさまはリオンさまとしてお付き合いなさるのが最善です。エルーゼクス殿下が、本当に、この宮廷にあってもリエラさまの親友のゼクスだと確信出来た時は、リオンさまのご判断に従って我々も行動致します」

「……どういうこと? ゼクスはゼクスでしょう?」

「いいえ、エルーゼクス王子です。リエラさまが親しまれていたゼクスさまとは違ったでしょう?」


 ……そう、確かに違った。ただの男の子ではなく、父親に反抗的な我儘王子でもなく、他国へ単身で乗り込んで様々な事を見極めようとしている、理知的な王子だった。でも、やっぱり、ゼクスはゼクスだと思う。だって、リエラの事を、たった一人の友人と言ってくれたもの……。


「ジーク。ゼクスのこと、信用してないんだね」

「エルーゼクス殿下もわたしを信用なさっていません。けれど当然です。初対面なのですから。今が始まりなのですよ、リオンさま。今から新たな親交を深めてゆけば良いのです。……わたしは、何よりもリオンさまの御身が大切なのです」

「でも、ゼクスは父親に逆らってまでリエラを助けてくれたんだよ?!」

「有り難い事だったと恩を感じています」


 ……悪く思ってはいない。でも、信用はまだ出来ない。そういうこと。


「ジークの馬鹿。私の言う事、信用してない」

「エルーゼクス殿下の事に関しては、私情が入り過ぎていると見受けられますので。申し訳ありません。リオンさまの仰る通りだろうとは思っていますが、疑うのがわたしの役目ですので」

「もういいよ! エリス! エリス! 私も準備するから手伝って! ジークはどっか行ってよっ!」


 八つ当たり気味に叫ぶと、ジークは無表情で礼をして出て行ってしまった。

 本当は、理性では、ジークの用心は当然だと判っているのに、私は久しぶりに王子ではなく一人の女の子に戻ってしまっているような気もした。

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