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第15話・王宮へ

 その後の事は、バタバタし過ぎていていたからか、細かい事はよく覚えていない。


 こんな馬車しかなくて済まない、とジュードに謝られてしまったけれど、馬車がなければ移動する事も出来ずにジークが弱っていくのを見ている事しか出来なかったかも知れないのだから、どんな馬車だって構わない。ちゃんとした手当てを受けられる所に連れて行って貰えるのならば。

 荷馬車の荷台に横たわったジークと傍で看病する私を乗せて、馬車は山を越えた。商隊が通れるような大きな山道は整えられていないものの、普段彼らのような木こりや個人的な行商人が行き来出来る通り道は、国による整備ではなく彼らたちの自治によって、可能な限り安全に通行できるよう手入れされていたので、聞いて覚悟していた程熾烈な旅ではなかった。旅の間にジュードから聞いた話では、王家側はこの隣国との通行がもっと発展するように整備したいという意志は示しているものの、内紛のせいで手が回らず、枢機卿側に至っては、なんと『勝手に王国の国土を私物化している』といちゃもんを付けて、時折、彼らのように自分たちで細々やっている山の住民や正規の通行手形を持たない行商人をしょっぴいているそうだ! 彼らは、多額の罰金を徴収され解放される。

 本当に、枢機卿という奴は腐っている。ジークのお父さんなのに……ジークはお母さんに似たのかな。お母さんの話は何も聞いてないなあ。旅の間、ジークは殆ど目を覚まさなかったけれど、心配したほど危険な状態に陥る事もなかった。きっと回復するよね。私の両親だって、敵の枢機卿の息子とはいえ、実の甥で父親と絶縁して王家へ忠誠を誓ったジークを我が子のように扱っていたらしくて、神もまさか、兄に続いてジークまで両親から取り上げたりはなさらない、と思いたい。


 山越えの後は、驚くほど何のハプニングも起こらずに三日くらいで王都へ着いた。誰かに付けられてはいないかとか、テトが密告して枢機卿の兵に捕まらないかとか、色々恐れていた事は杞憂に終わった。

 王都に入った頃、ジークは目を開けた。


「リエラさま」


 今度は間違えずに私の名を呼んでくれた。


「王都に着いたのよ。もう大丈夫よ」


 色々な喜びがこみ上げる。


「……すみません。わたしがお連れしなければならなかったのに、逆に連れて来て頂く羽目になってしまうとは……」

「なんで謝る必要があるの。ジークがいなければ、今の私は無事でいられなかったわ。何度も助けて貰って。ねえ、今からどうすればいいの? 何でもするから言って? 髪は切った方がいい?」


 王宮に行くには、私は兄のふりをしなければならないだろう。その後の事は後で考えるとして、今は早く王宮に入り、ジークにきちんとした手当てを受けて貰わなければならない。私の頭はその事でいっぱいだった。

 でも。私の顔をじっと見ていたジークは、溜息をついて、


「リエラさま……無理はなさらないで下さい」

「えっ、どういう意味?」


 本気で意味がわからない。私は何も無理をしようとしているつもりはない。


「切りたくないでしょう? その美しい御髪を……。リオンさまになりたくない、自分でいたい、それがリエラさまの望み。わたしは朦朧としながらも色々と考えを巡らせました。わたしは本当に正しき事をしているのだろうか……国の為に、リエラさまの、ひとりの乙女の人生を狂わせるなんて、罪ではないのだろうか、と……」


 ジークは真っ直ぐに私を見ている。思いもしない言葉だった。私が旅を通して色々と考えに変化が出て来たのと同じように、ジークもまた、気持ちの変化があったのだろうか?


「わ、わからない……先の事はまだ決めてない。でも今はとにかく、王宮に入らなきゃ、でしょ?」

「でしたら、まだ髪は切らなくて構いません。ただ、この布の下に隠れていて下さい。誰にも見られないように。裏手の通用口でわたしが顔を見せればそれで通れますから」


 これらの会話は、御者台のジュードに多分全て聞こえていたと思う。ジークは彼を信用して話をしているのだ。そして御者台からは何の反応もない。ジュードも、この重要な機密を……枢機卿側に売れば凄い大金が得られるかも知れないものを、自分ひとりの胸に秘めておくつもりなんだと、私も信用できる。


「私……わからない。私が頑張れば……ジュードみたいに村を失う人をなくすことが出来るのなら……」

「ゆっくり考えて下さい。わたしも……恐らくご両親も、強制なさるおつもりはないと思います」


 そしてその後は、ジークの指示通りに馬車を回して、あっさりと王宮内に入る事が出来た。

 私はじっと隠れていたけれど、詰所からたくさんの騎士や兵士たちが駆け寄って来るのが判る。


「団長閣下! 無事にお戻りで良かった……予定が遅れたので随分心配致しました。しかし負傷を?!」


 これは女性の声だけど、口調から、ジークが信頼している人、きっと事情を知っていそうな人だと何となくわかる。


「心配をかけて済まなかった、エリス。わたしは大丈夫だ。きみのマントを貸してくれないか。こちらのこの方に……。皆、道を開けてくれ。事情がある」


 ジークがそう言うとすぐに、女騎士の綺麗なマントが渡されたようで、私はそれを頭から被せられる。


「彼女はわたしの副官で事情も知っています。わたしと同様に信用して頂ければ」


 そう言ってから、ジークはふとそこで言葉を途切らせた。生真面目なジークの考えがわかるような気がした。自分は本当に私から信用されているのだろうか? と思ったに違いない。

 なんて馬鹿で不器用なんだろう。ジークこそ私を信用していないじゃない……私が何度も助けて貰って、ずっと看病して来たというのに、解らないのかな……。

 私はマントの下でジークの手をぎゅっと握り、小声で、


「わかった。ちゃんと治療して早く元気になって」


 と伝える。ジークは少し驚いたようだった。


 エリスと呼ばれた女性に導かれるままに私はその場を離れた。

 担架を、と言う声、アークリオン殿下はご一緒ではないのですか、という声……背後のざわめきの中で、ジークがジュードの事を、助けてくれた者だから丁重にするように、と指示してるのが聞こえた。でもそれきりで。


「閣下!!」


 どよめき。さっきまで気を失っていたというのに、とにかく大事な事を伝えなければと無理をして、また倒れてしまったに違いないと思うと心配でたまらない。ここには立派なお医者さまがいるのだから、きっと大丈夫だとは思うけど……。


「アークリエラさま。閣下はどうなさったのですか?」


 私の手を引くエリスの声も不安げだった。


「わたしを庇って……頭に流木が。その後も無茶して……私のせいで……傷が開いて……」


 涙声になる。エリスは私の気持ちを察してくれたみたいで、


「アークリエラさまのせいではありませんわ。閣下は任務に忠実な御方ですから。それにあれくらいの怪我は今までにも何度も」


 任務……。その言葉に、何故かまた胸がぎゅっとなる。そうだよね……任務だから助けてくれた。任務だから……。


「アークリエラさま?!」


 私は、無事に味方の所へ行き着けたという事と、それ以外の色んな気持ちがないまぜになって、緊張の糸が切れた。焦ったエリスの声が遠くなる。私は気を失った。

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