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第14話・人徳に救われる

 眠っているジークの枕元でうたた寝していた真夜中、扉がこつんと叩かれた。色んな事を悩んでようやく眠りに就いた矢先だったし、私は寝ぼけた頭のまま、ジュードが何か情報でも持って来てくれたのかななんて思って、何の警戒もせずに扉を開けた。


「むぐっ……」


 いきなり、真っ暗な廊下から手が伸びて、白い布が私の顔に押し当てられる。眠気を誘う薬剤が染み込んでいると判る。元々寝ていたし……私の意識は急速に眠りに落ちていくけど、相手が、私だけでも売り飛ばそう、と主張していた男だとは見て取れた。


「ジュードはぬるすぎる。男が騎士団長なら、そりゃ下手に手にかけたら死罪だし、それより恩を売って褒美を貰う方がいいとは納得できらあ。けど、女の方は、助けたけどまた河に落ちて流されちまった、でも何でもいいじゃないか。もう俺はここを抜ける。この女を売ったら、当分遊んでられる金になるぜ」


 とかぶつくさ言っている!

 最初の夜、私が意識を失っている時に悪い会話を散々してたのに、ジュードが予想外に良い人だったので、私は何となくみんながそうだと、気を緩めていた。この男は、面と向かってジュードに反対してたというのに!


『ジーク! ジュード! 助けてっ!!』


 口を塞がれ、意識が遠くなる中で、私は必死に助けを求めた。ここで攫われてしまっては、もう二度と大事な誰にも会えなくなってしまうかも知れない! そう思うと恐ろしくて涙が出る。


(リエラとかリオンとかに拘ってたのが馬鹿みたい。私は私、それでいいから、なんだっていいから、私を大事に思ってくれる人たちから離れたくない……)


 意識を手放しそうになったその時。私は頭に痛みを感じて、朦朧としながらも目を覚ます。男が私を離し、私は床に激突したのだ。


「リ……リエラさまっ!」


 殆ど物音らしい物音は立っていなかったのに、眠っていたジークの研ぎ澄まされた騎士の感覚は鈍っていなかった。布団を撥ね飛ばして起き上がり、同時に傍に立てかけてあった剣をとって、あの弱った身体で、と思ってしまう素早さで男に突きつけた。


「その方は、貴様ごときが安易に触れていい方ではない。今すぐ立ち去れば、我々も助けてもらったのだから命までは取らぬが、抗うなら……」

「その方、だと?! こんな手荒れした女を、騎士団長がそんな風に呼ぶのか。こいつは一体……」

「訳あって護衛している貴族令嬢だ。それ以上貴様が知る必要はない」


 この時、物音と声を聞きつけて、ジュード達も起きて来た。


「テト! てめえは何を!」

「うるせえ! 折角のお宝をただ手放そうなんて考えじゃ、この国でこの先、生きていけねえ。もうあんたにゃ付いていけねぇよ!」


 そう言って、テトと呼ばれた男はぎろりと今までの仲間を睨み回した。

 私は、朦朧としたまま、ジークに抱き起されて、壁に寄りかかった。仲間たちは何も言わない。


「俺と一緒に抜ける奴はいねぇのか?!」

「でもよぅ、頭には世話になったし……無理に売り飛ばさなくても、身分ある奴らなんだから、助けてやって褒美を貰う方がよくないか? てめえが考え直すなら……」


 一人がおずおずと言いかけたけれど、テトは、


「俺は王族なんかと関わりたくないって言ってるだろ! 本当に褒美が貰えるかだって分かんねえだろ。もしかしたら秘密を護る為に俺たち消されるかも知れねえぜ!」


 と頑なだ。


「そんな事は絶対させない。わたしの名誉にかけて誓う。きみたちには感謝している。出来る限りの恩賞を与えると……」


 ジークが息をつきながら言ったけれど、


「てめえの名誉なんか知った事か! 王族の言葉なんかひとつも信用出来ねえ! とにかく俺は出ていく!」


 って息巻いて本当にそのまま出て行ってしまった。それと同時に、ジークは剣を杖にするようにしゃがみ込む。ジュードは慌てて、


「すみません、俺が手下をしっかり見てなかったから……えーと、王子……じゃなくて騎士団長……閣下? あんた様はまだ起き上がれる身体じゃないのに!」

「いや……本当に、リエラ様を助けて頂いて感謝している。きみは……たしか……見覚えが……そうだ、ラダト村の……」


 そこまで言って、ジークは気を失ってしまった。動いた為に傷口が開いてしまったらしく、頭の包帯に血が滲んでる。


「ジーク! しっかりして!」


 薬を吸い込んだのは微量で済んだので、段々私の意識はジークと逆にはっきりしてきた。

 ジュードはジークを抱え上げて寝台に戻した。他の仲間は戸口の所で黙ってその様子を見ている。


「ジュード、大丈夫かな、ジークは」


 大丈夫だ、って言葉を期待してたのに、ジュードは難しい顔で、


「これ以上出血が止まらないとまずいかも知れない。ここでただ薬草で治療するより、ちゃんとした医師に手当てして貰うべきだろうが……馬車での山越えに耐えられるだろうか? それに、あんたらはトゥルースに行くところだったんだろう? 任務を果たせずに後戻りすることになるが……」

「違うの、私たち、トゥルースからレイアークの王都に戻るところだったの! だからそれはいいのよ。本当に、絶対にあなたたちには感謝の対価を与えられると思うから、私たちを王都へ連れて行って!」

「そうだったのか。なら……いちかばちか、山越えの支度を今からしよう」


 そう言うと、ジュードは残った手下を見回して、


「テトと同じ疑念を持つ奴は手助けしなくて構わねえ。だが、邪魔立てする奴は俺が許さんからな!」


 と言い放つ。

 そしたら、一人が、


「いや……俺は頭の言う事、判断を信じます。そいつ……お偉いさんなのに、頭のことを覚えてた。王族の中にそういう人間がいるんだって知って、俺は……もう少しでテトに手を貸すところだったけど、その人は国を立て直す為に必要な人だって分かったよ。俺は裏切らないよ」


 って言ってくれて、他の男たちも力強く頷いた。


「なっ、俺の言った通りだろ、お嬢さん? この人は俺を覚えてた。こんな、虫けらみたいな俺たちに礼を言ってくれた。だから、俺たちはあんたとこの人を出来る限りのことをして助けるからな」

「……ありがとう」


 私は泣きそうだった。私には何にも出来なかったけど、ジークの過去の行いが、きっと私たちを、ジークを、助けてくれる。

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