私の勢いに乗せられて、男たちは私の指図に従っていそいそと看病に必要なものを持って来てくれる。暖炉に火が足され、傷口に新しい薬草を貼って包帯を取り換えていると、ジークの顔色は少し良くなってきたように思えた。
一方、弱々しい令嬢を演じていた私の豹変ぶりに、男たちは陰でひそひそ囁き合っている。
「おい、なんか変じゃないか?」
「うぅむ。変わった育てられ方をしたのだろうか?」
「男の姿見て、おかしくなったのかね」
「いや……実はさっき気づいたんだがよ、あの娘の手、荒れてるぜ。貴族のお嬢様の手じゃないぞ」
うっ……まずい。
態度や言葉遣いは誤魔化せても、長年の厨房働きで荒れた手は、そうそうすぐに綺麗になるものじゃない。
「じゃあ、身の上話は嘘っぱちかよ」
「しかし銀の髪なんだから貴族には違いないだろう」
「勘当されて彷徨ってたのかも知れないぜ」
うう……どうしよう。荒れた手の言い訳が見つからない。
だけどこの時、一人の男が、
「あのよぅ、俺、ちょっと気になってたんだけどよ、あの娘が顔をきれいに拭いてやったんで、ますます気になってる事があるんだけどよ……」
「なんだよ、もったいぶってねえでさっさと言えよ」
「あの男って、騎士団長のジークリート・ヘルメスじゃね……? 俺は前に、祭典の時に街頭の騎士団行列を割と近くで見た事あってさ」
「なんだと! 騎士団長っていやぁ、元々王族だって話じゃねえか! なんでこんな所にいるんだよ?!」
「俺が知るかよ!」
ああ……またまた話がややこしくなってきたよ。そういや、王国の騎士を束ねる騎士団長だものね、国中に顔を知られてたっておかしくないよね……。
騎士団とごろつき。相性は最悪ではないだろうか。意識がないうちに殺してしまえ、ってなったらどうしよう……。
頭のジュードと名乗った男が近づいて来る。私は無意識にジークを庇うように立つ。
「そう怯える事はないよ、お嬢ちゃん。なあ、正直に言って欲しいんだが、お嬢ちゃんの彼は、騎士団長?」
「違います」
「正直に言って欲しいんだが」
「違います」
正直に言える訳ないでしょう。でもジュードはただ苦笑いして、
「まあ……こんななりの俺たちじゃ信用出来ないか」
と呟き、そっと私を押しのけ、寝台に近づく。ジークに手を出したら、ただじゃおかない……勝てるわけはないけど、思いっきり噛みついて暴れよう。
けれど、事態は意外な方向へ向かった。
「ああ、やっぱりあの人だ。なんで今まで気づかなかったんだろう。俺が腐った人間になっちまったからかな」
「えっ」
ジュードは敵意のない顔で、ジークをじっと見ている。
「お嬢ちゃん、俺はこの人にでかい借りがあるんだ。あの頃はまだ騎士団長じゃなくて、ジークリート王子と名乗ってなさったっけ」
「どういうこと……?」
「五年前かな。俺は今はこんなでも、あの時までは、ただの村人だった。俺がガキだった頃には、村は平和で食うに困る事もなかった。けど、段々何かがおかしくなって……忘れもしねえ秋のある日、枢機卿の兵が、いきなり税を取り立てに来た。ちゃんと国には納めてるって言ったら、『これからは宗教税を徴収する。納めない者は神の加護を失い、この国で生きていく事は許されなくなる』だと。収穫期に二度も税を取られちゃ、俺たちは冬が越せなくなる。聞けば、枢機卿の決めた事で、王さまは反対してるというし、俺たちは逆らい……そして村長は……俺の親父は殺された」
「……」
「その時だ、この人が来てくれて……俺より若い、まだ少年だったのに、立派な振る舞いで、兵士たちを追い返してくれなさった。この人が来てくれてなかったら、どれだけ死人が出てたかわかりゃしねえ。そして、王族なのに、馬から降りて、自分が来るのが遅かったばかりに、と俺の父親の為に詫びてくれなさった……」
ああ、何だかとてもジークらしい。それにしても、本当に枢機卿って腐ってるんだなあ。ジークのお父さんなのに……。
「結局は、いつまた奴らが来るかわかんねぇって言う奴らがどんどん村を出て行って……村は住めなくなっちまい、俺はこいつらと出会って、木こりをしながら、たまに迷い込んだ金持ちから身代金を頂くような悪党になっちまったけどよ、受けた恩は返す主義なんだ。まあ、王族に借りを返すなんて無理な話だと思っちゃいたが……まさかこんな形でまた会えるなんてなあ」
「えっ、じゃ、じゃあ助けてくれるの?」
「勿論だ」
「お頭……」
男のひとりが不服そうな声を上げた。
「俺は、王族なんか大嫌いだ。奴らの身勝手な権力争いでこの国はおかしくなっちまった。まあお頭の恩人ってんなら仕方ねえけど、娘の方はもう売り飛ばしちまってよくないですかい? とにかく身の上話は出まかせみたいだしよ」
「阿呆、この人が大事に護ってたお嬢さんじゃねえか、そんな訳にいくか! なあお嬢さん、駆け落ちなんかじゃなく、なんか大事な任務なんだろ? 怪我が治ったら、行きたい所へ送ってやるよ」
なんと、お頭は意外と義理堅く、根っからの悪人ではなかったのだった。
でもこれも、ジークの人柄のおかげだよね。
だけど、私を売り飛ばそうと発言した男は、気に入らないらしく、舌打ちして部屋から出て行っちゃった。