いつまでも気絶しているふりをしている訳にもいかないので、私は彼らがこちらに移動してくる物音で目が覚めたようにして起き上がった。命の恩人ではあるけれど、お金にならないと思われたら私は売られ、ジークは殺される。敵だ。
「……ここは?」
怯えた表情を作って私は彼らを見上げる。彼らは
「お嬢ちゃん、あんたは河で溺れて流されて来たのさ。助ける事が出来て良かったぜ」
人のよさそうな声色だけど、もろに悪人顔です。
「あなたがわたくしを助けて下さったの? わたくしには連れがいたのですが、彼は? 無事ですか?」
「ん? 流れて来たのはお嬢ちゃんだけだよ。……そうか、お連れさんがなあ、気の毒に。まあ、運が良ければどっかに流れ着いてるかも知れない。夜が明けたら周りを探してみるとしよう」
「そんな……離れ離れに? ああ、ジーク……きっと無事でいるわよね……」
私はなるべく貴族のお嬢様に見えるように喋り、涙を流して見せた。別にゼクスに教わった作法を思い出す必要もない。お上品でそれっぽければ彼らは騙されてくれる。
暫く俯いて啜り泣く真似をしてから、顔を上げ、
「そう言えば、助けて頂いたお礼を申し上げていませんでしたわ。ありがとうございます……あの、あなた方はどちら様ですの?」
「俺たちは木こりさ。俺が頭のジュードだ。汚ぇ場所で、貴族のお姫さんには居づらいかも知れねぇが、家まで送り届けてやるから、それまで我慢してくれよ」
「家……」
私は表情を曇らせて見せた。
「家には帰りたくありません。それに、ジークが見つかるまで、どうかここに居させて下さいと、わたくしからお願いしなければなりません……。あの、何のお役にも立てないと思いますが、何かお手伝い出来る事があれば、教えて頂いたら、頑張りますわ」
「なんで家に帰りたくないんだい?」
「わたくしはジークと将来を誓ったのです。なのに、両親は、私が侯爵家の御子息に見初められたので、そちらに嫁がせようとしているのです。ジークだって、資産のある伯爵家の跡取りで、同じ伯爵家の者同士、わたくしたちは、幼い頃からお互いに運命を感じていましたのに!」
駆け落ちカップルの話に乗り、さりげなく自分とジークの価値をアピール。これで時間は稼げると思う。
狙い通り、彼らは素早く目を見合わせてにやりとした。
「でもよ、お嬢さん、そういう事なら、親御さん、心配してるんじゃないのかい?」
「わたくしの心配? あの両親の事ですから、私を取り戻して嫁がせようと、懸賞金でもかけているかも知れません。でも、それはわたくしの幸せの為ではありません。『侯爵家の子息に見初められた娘』の心配をしているだけなんですわ!」
懸賞金、という言葉に、彼らはますます頬を緩める。けれど表面は如何にも私の気持ちを案じて理解しているという口調で、
「しかしなあ、お嬢ちゃん。そうは言ってもやっぱり取りあえず、無事でいるっていう事くらいは知らせておいた方がいいんじゃねえかい? 無理に帰れとは言わねえ。好きなだけここにいたって構わねえさ。けど、手紙の一通くらいはさ……一応、おまえさんを育ててくれた親なんだろ? ここから家は遠いのかい? なんだったら、俺が手紙を届けてやってもいいぜ?」
でも私は首を横に振る。
「ジークの無事が分からない限りはそんな気にはなれません。だって、ジークがもしも……もしもこのまま見つからなかったら、わたくし、生きていても仕方がないもの。折角助けて頂いたけれど、数日経っても彼が見つからなければ……わたくし、河に入って彼の後を追うつもりです。だから、手紙なんて無駄なんですわ」
うん、我ながらなかなか良い演技をしていると思う。これできっと、明日見つけたようにして、ジークに会わせてくれるだろう。
ジークの怪我が心配だけれど、金蔓と思った今は、ちゃんと手当てに力を入れてくれる筈。ジークが元気になるまで、身元の事はのらりくらりと躱しておいて、動けるようになったらさっさと逃げてしまおう。
―――
思惑通り、翌朝、
「お嬢さん、良かったぞ! 少し先の川岸に、お嬢さんの彼らしい人が打ち上げられてた。怪我で意識がないんだが、生きてはいる」
「ああ、ジーク! 神よ、感謝致します! よかった……ありがとうございます!」
「なあ、彼は資産家の跡取りなんだろ? 家に連絡すりゃ、すぐに医者や薬を寄越してくれるだろう。家は……」
「ああ、早くジークに会わせて! お願い!」
天然お嬢様の迫力で、先まで言わせず、私はジークが寝かされている部屋に連れて行って貰った。
「ああ、ジーク! 無事で……」
と、ここまでは考えてた台詞通りだったけれど……。
銀の髪にぐるぐると包帯を巻かれて、私が近づいても目を開けない。包帯には血が滲んでる。顔色はとても悪くて……台詞の先を言う前に、私は涙が出て来た。お芝居ではない、本当の涙。
ジークが生きていると、彼らの会話を盗み聞いて知っていたので、怪我が心配、とは思ったけれど、あの強いジークなんだから、生きているんなら大丈夫に決まってる、と心の底で私は思っていた。でも、ジークだってやっぱり人間なんだ。敵が相手ならどんなに強くでも、あの急流で後ろから流れて来た巨木には無力だ。……いや、でも本当ならジークは気づいて避ける事だって出来た筈だ。だけど、ジークが避けてたらあの木は私を直撃したかも知れない。私のドジのせいなのに、私を助ける事しか考えていなかったから、ジークは……。
恐る恐る近づいて、彼の手に触れてみると、確かに脈はあるけれど、体温は低い。いつも、温かくて頼もしい腕だったのに……。
「ジーク。やだ……目を開けてよ」
でも、細い息が漏れるだけで、その目は閉じられたまま。今まで、私の言う事は何でも聞いてくれたのに。
暫く手を握って泣いていたけれど、私は不意に立ち上がる。
「この部屋、寒いよ! もっと、もっと暖炉に火をくべて! お湯、湧かして!」
「お、お嬢さん??」
「早くってば! ああもういい、私がやる!」
猫かぶりは、すっかり頭から飛んでしまっていた。