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第7話・逃亡

 翌朝会うと、ジークは私と似たような町民の恰好をして、最初に会った時と同じように金髪の鬘を被っていた。


「アークリエラさまは捜索されています。人目につくのは極力避けねばなりません。既に街頭には、アークリエラさまの顔絵が貼りだされています。早々にこの国を出なければなりません」


 ええ、そんなに?! まあ17年も目を付けてたんだから、王さまだって意地でも私を捕まえたい筈だよね……。

 母さん……心配してるだろうな……。


「今の所はここは見つかっておりません。アークリエラさまもこの鬘をお付けになって、ご出立を」

「あの……母さんに一目会って……なんて、無理かな……」

「申し訳ありません。王城の警護は昨夜より非常に厳しくなりまして、私を手引きしてくれた者と連絡を取る事も難しい状況です。いつか、必ずわたくしが育ての母君をレイアークにお連れしましょう。それまでは、どうかお忍び下さい」

「ええ……無理を言ってごめんなさい」

「幸い、昨夜は特に怪しい気配はありませんでした」

「え、もしかして一晩中起きていた?」


 私なんて、騒動で疲れ果てて、あの後お姫さまの衣装も脱がずに寝台に倒れて眠ってしまったのに。


「無論。この安宿の壁づたいならば、隣室にいても何かあればすぐに察知出来ます。安全な場所にお連れするまでは、眠るなど出来ません」


 朝陽の下で改めて顔を見ると、ジークは若く精悍で知的な顔立ちをしてた。最初の印象が余りに悪すぎたので、間抜けな騎士だとばかり思っていたけれど、ちょっと不器用ではあっても立派な騎士のようだ。……そう言えば、レイアークの騎士団長、って言ってたっけ! 昨日は疲れすぎてそんな事まで頭が回らなかったけれど、私の迎えに騎士団長自ら来るなんて。そして、私は二度も助けて貰ったのに、ろくにお礼も言ってなかった事も思い出した。


「あの……ありがとう、ジーク……私の為に、色々大変な目に遭って、でも、助けてくれて」

「これくらい、何の大変な事でもありません。しかし、アークリエラさまは、いったいどうした訳でエルーゼクス王子殿下と親しくなられたのですか?」


 当然の疑問に、私は幼い頃の出会いを説明する。もう私たちは宿の支払いを済ませ、裏通りを歩いていた。国境近くの宿に馬を預けてあるとの事。勿論、国境まで歩いていく訳にはいかない。乗合馬車で国境まで無事に着けば何とか逃れられる筈、と。


「そんな事が。エルーゼクス殿下は、父君に似ず、立派なお心映えのご様子でした。それにしても、昨晩は何故あのような事になっていたのです? わたくしは、成人の儀が済んでも、いっこうにアークリエラさまがお戻りでないので、随分心配致しました」


 宿舎の傍に隠れて私の帰りを待っていたらしい。

 それで私は、屑な王さまが明かした過去を全て話した。

 とにかく、少なくともほとぼりが冷めるまで、この国にはいられないのだ。嫌でもレイアークに頼るしかない。兄の身代わりになる件は断固お断りするつもりではあるけど、だからと言って、こんな事実があるのだから、放り出されはしないだろう。

 胸が熱くなる……ずっとずっと、実の両親は勝手な都合で私を捨てたのだと思っていたのに、私はちゃんと愛情を受けていた、という事実。

 ジークは、私の話に驚愕を隠せない。屑王と私の父王は、今も親交が続いているというのだ!

 『勝手に信頼する方が悪い』と言い切り、大切にして欲しいと預かった娘を妾にしようとしておきながら、外面良く振る舞っていて、今でも両親は屑王さまに感謝し、何かにつけ贈り物を欠かさないらしい。


「あんな奴に騙されるなんて……父上様もあまりにお人が良い……」


 父上様だなんてむず痒い感じだけど、他に言いようがない。


「そうなのです。アーレン陛下は清廉潔癖なお人柄ですので、他者を信用し過ぎておられるのです。それ故に何度も窮地に陥り……」


 ジークは暗い顔になる。

 私は話題を変えようと、


「そ、そう言えば、ジークも銀髪なのね? ゼクスが言うには、銀髪はレイアークでも珍しいんですって?」

「あ、はい。わたくしは、アークリエラさまの従兄にあたります」

「えっ……えええ?!」


 年上の親戚?!


「じゃ、じゃあ、ジークも王族なの? 何歳?」

「わたくしは二十歳になります。しかし……わたくしは王族の地位は捨て、一人の騎士としてアーレン陛下やアークリオン王太子殿下をお守りすると決めたのです。父の罪を償う為に」


 ああ……やっぱり何だか重い事情があるみたい。

 レイアークの情勢はきな臭い、とゼクスも言っていたし、何より王太子であるお兄さんは暗殺されたんだものね……。


「全ては18年前……アーレン陛下が第二王子ながら、その才覚を亡き先王陛下に見込まれ、王位を託された事に端を発しています。我が父、第一王子であったケルベルンはそれに納得せず、一時は己の勝手で王を名乗り、そのせいで王国は分裂の危機に陥ったそうです。結局は、国王陛下に跪く必要のない枢機卿の地位を賜って表面上は何とか収まったのですが、その後も王位を諦めず、水面下で非道な真似を……」

「ジークは……お父さんではなく、国王陛下に仕えているということ?」

「はい。私は15の歳に父と袂を分かち、アーレン陛下とアークリオン殿下の、剣と盾となりました」


 重い……。

 私がゼクスから色々な知識を学んでいなかったら、とてもついていけない話だっただろう。でも、そうした国の内紛の歴史の本も割と読み漁ったし、私にはジークの気持ちが解るような気がした。正義と肉親への情との板挟み……。


「ごめんなさい……私、色々酷い事を言って……」


 でも、私の謝罪に、ジークはきょとんとした顔で、


「何を謝られますか? アークリエラさまは何一つご存知なく、レリウス王の悪しき企みで大変なお育ちをなされたのに」


 と答える。

 ゼクスがいてくれたから大変ではなかった……そう言おうとした時、声が上がった。


「おい! あの娘! 手配書の娘じゃないか?!」

「おお、捕まえれば褒美が!!」


 やばい、見つかってしまった……。


「アークリエラさま、失礼致します」



 そう言うとジークは私を抱え上げた。お姫さま抱っこだ。でも、私はお姫さまだから問題ないのか……なんて考えてる場合でもない。

 人ひとりを抱えているとは思えない速さでジークは曲がりくねった小路を走り抜ける。まるで迷路みたいな裏町の道を、右へ左へと、よく知っている住人ででもあるかのように駆け抜けて、追手の男たちの声は遠くなり……やがて聞こえなくなった。


「もう大丈夫のようですね……でも、こんな様子では、とても乗合馬車になど乗れそうもない……」


 ひとけのない小道で私を下ろしてジークは呟いた。流石に息を切らせているけど、別段疲れ果てた風でもない。昨夜は徹夜したと言っていたのに、すごい体力!


「ありがとう! もう駄目かと思った……。ね、ねえ、何故こんなに他国の、こんな裏通りに詳しいの?」

「え? それは、お迎えにあがるにあたって、様々な事を考え、万一の為に、城下町の地図を子細に記憶していただけです。様々、と申しても、さすがにレリウス王の裏切りは想定外でしたが」

「そう言えば、裏切りが想定外ならば、表から堂々と、私を返して欲しい、と申し入れれば良かったのでは?」


 勿論、あの王が素直にうんと言うとは思えないけど、両親の方では友誼があると思っているなら、普通、そうしないかな?


「いえ……そんな事をしては、アークリエラさまの存在が明るみに出てしまいます。レリウス王が秘密裡に計らって下さったとしても、一度アークリエラさまの生存が確認されてしまえば、秘密はどこから洩れるか判りませんから」

「ああ、そっか……」


 そうだ、レイアークから必要とされているのはアークリエラでなくアークリオン……私は、身代わりだったんだっけ。

 両親に捨てられた訳ではないと分かってから、明るくなっていた私の気持ちは落ち込む。

 でも、私の表情が翳るのを見て、ジークは、


「申し訳ありません。本当は、国の状態が正常であれば、今仰った形が一番望ましかったのですが」

「状態って、そんなに悪いの? 王太子が暗殺なんて……両親は大丈夫なのかしら」

「お守りする為にも、一刻も早く帰国せねばならないのです。アークリエラさまのお顔をご覧になれば、どんなに喜ばれることか」


 でも、そう言われても、気分は複雑だった。きっと両親は私を愛してくれるだろう。でも、それはアークリエラとしてじゃなく、アークリオンとして……。

 ジークは、私の思いを察したようだった。


「アークリエラさま。お会いになればきっと、ご両親のお気持ちはお解りになると思います。わたくしは、気が利かない上に気が急いて、色々と御不快なお思いをさせてしまったかも知れません。アークリエラさまにはリエラとしての暮らしがあったのに、わたくしはただただ、不自由な環境から一刻も早くお助けしたいと思ってしまい……どうかお許しを」


 恋愛には疎いと言ってばかなことしてたけど、人の気持ちそのものに疎い訳ではないみたい。第一印象は最悪だったけど、それは随分変わった。


「ううん……だって無理に連れて行かれる訳じゃないし、私は自分を守る為にジークに頼っているだけだもの」


 そう……とにかく、今は逃げなければならない。

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