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第6話・廻り始めた運命

「父の寝所に押し入るとは何という狼藉か、エルーゼクス!」

「その娘は嫌がっているではありませんか! 今日成人になったばかりの……息子と同じ歳の娘を無理やり騙し討ちのように愛妾に、などと、お恥ずかしくはないのですか」


 ゼクスは怒りを露わにしてはいるけれど、冷静な口調で父を諫めようとしている。


「ゼクス、どうしてここがわかったの?!」

「父上が、銀の髪の小間使いを愛妾にしようとなさってる、って母上に愚痴られたんだよ。そんなの、おまえしかいないだろ。だから聞いて回って」

「ええい、おまえたちは何故そのように気安く話しているのだ? エルーゼクス、そなたもこの娘に目をつけていたのか!」

「目をつけて……などではなく、私はリエラと幼い頃からの友人なのです」

「王子と小間使いが友人だと? 馬鹿馬鹿しい」

「幼い頃は、身分など関係なく友人だと思っていました。しかし、今はその銀の髪から、彼女がレイアークの身分ある出自と判ります。何も問題はありません」

「だからなんだと言うのだ。とにかく、おまえなどにはやらん。これは余の愛妾になるのだ」

「嫌よ!!」

「余に逆らうか!」


 王さまは私の腕を掴んだまま、私を平手打ちした。痛い……やはり短気というのは本当のようだ。どこまでも屑です。


「父上! か弱い娘に手を上げるなど、それが騎士の……王のなさる事ですか!」


 ゼクスは激昂して父親に詰め寄る。

 部屋の入り口には、大勢の人が詰めかけて、息を呑んで成り行きを見守っている。

 一人の女を取り合う醜い父と息子……人々にはそんな風に見えているに違いない。ゼクスはただ私を守ってくれたいだけなのに!

 しかしそれはともかく、こうも戸口に人が押し寄せていると、とても逃げ場などありそうにない。いくら王子でも、国王に敵う筈がない。このまま逆らっていたら、ゼクスは勘当されてしまうのでは、と私は心配になった。

 でも、ゼクスは怒り心頭の父親に臆する事もなく、王さまが掴んでいるのと逆の私の腕を掴む。


「父上……女に暴力を振るい、嫌がるものを無理やり妾にしようなどと……私は心底父上に失望致しました」

「生意気な口を! まだ成人にもなっていないおまえには解らんだけだ。真実がどうあれ、余は国王でこの娘は端女、寝所でどう扱おうが余の自由なのだ。そなたにもいずれ解る」

「解りたくもない! 汚らわしい! さあ行こう、リエラ!」


 手を引っ張られるけれど、もう片方の手はがっちりと王さまが掴まえている。


「き、気持ちはすごく嬉しいけど、無理だよ、ゼクス……。もう、いいよ……来てくれただけで、うれ、しい……」


 そうは言ったものの、やっぱり、「もういいよ」と諦めの言葉を口にすると、涙が零れてしまう。


「リエラ! いいのかよ?!」

「だって……」

「騎士ども! さっさとエルーゼクスを捕まえて城へ連れ帰れ! 部屋に閉じ込めて出すんじゃない! 罰は後から考える!」

「陛下、ゼクスを罰さないで下さい! 私……お仕えしますから……」


 騎士たちがゼクスに向かってくるのを見て、私は泣きながら王さまに訴えた。でも王さまは、


「仕えるのは当たり前だ。その為に17年も我が国で養ってやったのだからな。その待ちに待った日に水を差しおって。元々こやつは反抗ばかり。生意気な口などもうきけぬような罰を与えてやる!」


 と言い放つ。

 だけど。

 ゼクスはまだ諦めていなかった。


「あんたなんかにリエラを渡すもんかぁっ!!」


 と叫ぶと、なんと腰の剣を抜いたのだ!

 流石の王さまも驚き、


「父親に剣を向ける気か! 反逆罪と見做すぞ!!」


 と喚く。するとゼクスは笑って、


「流石に命の親に向ける剣は持ちません」


 と答えて剣を投げ捨て……隙の出来た王さまを、思いっきりぶん殴ったのだ!!

 意識を失って寝台に倒れ込む王さま。人々は騒然となり、


「エルーゼクスさま! 何という事を!!」

「陛下! 早く陛下をお助けしろ!」


 と大変な騒ぎになる。ゼクスは剣を拾い直して私の腕を掴んだまま騎士たちを散らそうとするけれど、多勢に無勢……背後から回り込まれ、抑えつけられて剣を取り上げられてしまう……。


「ゼクス……!!」

「リエラ!」


 悲劇の恋人同士さながらに、私たちは引き離されてしまう。ああ、これじゃ、ゼクスが頑張ってくれた事はなんにもならなくなってしまう……。


 けれどこの時。


「リエラさまーーーっ!! どちらに?!」


 叫びながら別の男が階段を駆け上がって来た!

 身元がばれない為、怪しげな覆面をつけているけど、あの声は昨日の騎士!!


「また乱入者が!!」

「一体なんなんだ!!」


 ざわざわ。そりゃそうだ……一介の小間使いが愛妾になる、というだけだった筈の晩に、一介の小間使いを争って次々と騒ぎが。


「おいリエラ、誰だあれは」

「ゼクスが言ってた、例の騎士」

「じゃ、一応おまえの味方なんだな!」

「そ、そうだね、助けに来たんだと思う」

「なら、一旦そいつに預ける。でも、絶対帰って来いよ!」


 騎士が廊下を走って来る。つ、強い……。一応剣を持ってはいるけど、なるべくおおごとにしたくないようで、殆どの騎士を、剣を振るう暇も与えずに当身で倒してしまってる。


「ひ……ひい!!」


 殆どの騎士が倒され、残った侍女や小間使いは逃げ惑う。でも女性たちには目もくれずに騎士は私の方へやって来た。


「リエラさま! ご無事ですか?!」

「ええ……あ、ありがとうございます……ジークなんとかさま」

「……ジークリートでございます。ジークとお呼び捨て下さって結構です。当たり前ですが、敬語も無用です」


 そう言いながらも、ゼクスを抑えていた騎士もあっという間になぎ倒す。これで、王さまの配下の騎士は全員のびてしまった。


 立ち上がったゼクスに対してジークは跪く。


「トゥルース第三王子エルーゼクスさま。我らが姫君をお助けいただき、誠にありがとうございます。わたくしはレイアークの……」

「いい、言うな。俺は何も聞いてない。聞いてないものは、後でいくら尋問されたって答えようがないからな。小間使いが謎の男に連れ去られた。それだけだ」

「……有り難きご配慮……」

「ゼクス、大丈夫なの、こんな事して……」

「は、投獄とか表立った処分はないだろ。愛妾を巡って息子と争って、のされちまったなんて、親父だって表沙汰にしたくないだろうからな」


 そう言うと、ゼクスは私の手を握って、


「俺はおまえを絶対見つからない場所に匿うだけの力はない。だから今は……こいつに委ねる事にする。でも……絶対また会えるよな?」

「勿論……本当にありがとう、ゼクス……」


 私はまた泣いてしまったけれど、ジークに、急がないと新手が来るかも知れない、と促され、ゼクスと別れた。


―――


 ジークについて通りに出る。急ぎ足で込み入った小路を、館から離れる方に進んでいく彼に私は付いて行くしかない。素性もどんな人間なのかもまるで判らない人に、自分の運命を預けるのは酷く不安だったけれど、あそこに残っていては、結局屑な王さまの愛妾になる運命から逃れる事は出来ない。

 ジークは、小路の先の怪しげな宿に入った。


「お戻りですか、旦那。おや? どこぞの令嬢をお連れで……?」


 宿の主人は、私を見て目を剥いた。そう言えば私は、お姫さまのような恰好をしているんだった。大丈夫だろうか?


「主の命でとある令嬢の駆け落ちの手助けをしているのだ。明朝には発つが、他言無用に願いたい」


 そう言ってジークは大きな手で金貨を鷲掴みにして主人の前に置く。


「おまえが誠実であれば、またここを使わせてもらう事もあるだろう」

「こ、こんな大金……。勿論です、旦那! あたしゃ誠実ではちったあ名の知れた……」

「ふん、どうだか。さあ、部屋をもう一つ用意してくれ。隣の部屋だ」

「丁度空いておりますからすぐに!」


 ……馬鹿で不器用という印象しかなかったジークが、何だか急に頼もしく見えて来る。

 整えられた部屋に入った私に、ジークは目立たない町民の衣服の入った袋を差し出し、朝はこれに着替えて欲しいと言う。

 そして改めて私に跪き、剣の柄を私に向けて差し出した。


「アークリエラさま。わたくし、レイアーク騎士団長、ジークリート・ヘルメスは、あなたさまに忠誠を誓います」


 覆面を外し、窓から差し込む月光が、銀の髪を照らし出す。騎士団長? ジークも王族か偉い貴族なの?

 私は、戸惑いながらも、書物で学んだ作法通りに、忠誠を受けた。今は、頼る者は彼しかいない。男装王子になるのは願い下げだけど、二度も危地を救って貰った恩人である事実は曲げられない。

 剣の柄に口づけして、彼に返す。

 こうして、成人の日に、私の運命は大きく回り始めた。

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