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第13話

 ローブ姿の人々はサイたちの目の前で足を止める。彼らはじろじろと2人を観察しているようだった。まるで、2人がここにいることを知っていて、侵入者の顔を見ようと集まってきたような迅速さに、サイは内心疑問を抱いていた。

(なんだ? こんなに早く気付くなんて……仕掛けでもあるのか)

 彼の頭に浮かぶのはリヤの屋敷のこと。見えにくい場所に張った糸に少しでも引っかった侵入者の存在を知らせる、盗人への対策。この街全体にその糸が張り巡らされていて、外部からの侵入をすぐに察知しているような奇妙な感覚がサイの中に渦巻いていた。

「こんにちは。ここがソーサラー・ガーデン……素敵な場所だわ」

 考え込むサイと、こちらを見つめたまま口を開かないローブ姿の人物たち。その沈黙を破ったのは、リヤの声だった。彼女はできるだけ親しみを込めて話しかけたようだったが、彼らの反応はあまりいいものとは言えなかった。

「……この街に旅人とは珍しい。よほど強い意思をお持ちのようだが、何用かな」

 先頭に立っていた男が話しかけてくる。ローブの下から見える衣服の柄から察するに、彼がこの団体のリーダーのようだった。僅かな警戒心の宿る声音に自分の推理が間違っていないことを確信しながら、サイは臆することなく答える。

「まあ少し……観光だな。見たいものがあったんだ」

「ほう。しかし、ここには宿こそあるが、旅人が楽しめるものはあまりないと思うがね」

「そうか? 浮遊する塔だなんて興味深いったらないね。特にあの、高い塔は荘厳だな」

 サイの目線が街の中心へと注がれると、途端にリーダーらしい男は眉を顰め不快感をあらわにした。それまではうわべだけでもよそ者を歓迎しているようだったが、彼らの目的を知ってしまった以上はそうもいかないようだった。

「あの塔は我らの信仰する神、オーディン様の塔だ。そもそも浮かぶ塔へ入ることが許されるのは魔術に長けた者のみ。旅人が入る場所ではない」

「へえ。随分と神聖な場所なんだな?」

「そうだ。我らの祖先が遙か昔から守り続けてきた塔だ。故によそ者の立ち入りは認められない」

 塔に対する畏怖や信仰を感じさせる言葉にサイは口を閉ざす。ここで黙って帰るわけにはいかないが、彼らは自分たちを歓迎してはいない。

(ここはひとつ、正直に聞いてみるか。遠回りな言葉じゃ聞く耳を持たないだろうな、こいつら)

 す、と息を吸い込み、サイは静かに告げる。今は言い争っている場合ではないのだ。

「……俺たちはこの街の呪いについて知るために来たんだ。あんたら、呪われてるんだろ?」

「なっ……! 何故それを!」

 ざわざわと魔術師たちがざわつき始める。よそ者が街の呪いについて知っていることへの戸惑いにひそひそと声が飛び交う。

「静かに! ……なるほど、目的は理解した」

 それを鎮めるようにリーダーの魔術師が手を掲げると、すぐに彼らは大人しくなった。しかし、彼らの浮かべている表情はどれも浮かないもので、サイたちを客人としてもてなそうとする意図は微塵も感じられなかった。

「やはりオーディン様の塔に忍び込むつもりだな」

「そうと決まったわけじゃないわ。ただ私たちは、話を聞きたくて……」

「宿屋まで案内する。明日にはここを出ていってもらおう」

「ちょっ、ちょっと……!」

 魔術師たちに囲まれ、仕方なく2人は宿屋へと向かう。何故魔術師たちは塔へ入ろうとするだけでこんなにも豹変するのかと疑問を抱きながら歩く彼らを、街の中心に浮かぶ塔のてっぺんから2羽のカラスが眺めている。

「ねえ、ねえ。あの2人、もしかして――」

「ええ。彼らなら……あの指輪を持つ人間なら――」

 囁くような声は、遙か上空を吹き荒れる風に掻き消されて地上へは届かなかった。


「もう! どうして単刀直入に聞いちゃうのよ」

「そうでもしないとあいつら、適当にはぐらかしそうだったからな」

 半ば押し込まれるようにして部屋に通されたリヤが、不満そうにサイを睨んでいる。あの態度では、魔術師たちはきっと塔に入ることを認めてはくれないだろう。彼女はこれからどうするべきか悩んでいるようで、それはサイも同じことだった。

(さすがにあの高い塔に登るのは骨が折れるな……指輪の力でどうにかなるか?)

「いけません! 彼らが言っていたでしょう。オーディンの塔は神聖な場所なのですよ。侵入など無礼極まりない行いです」

(じゃあどうするんだよ。あんたはいい考えでもあるのか?)

 ラクシュミーと会話をしつつ、なんとか塔へ入れはしないかと考えを巡らせていたサイは、ふと宿屋の入り口の方向から声が聞こえてくると顔を上げた。

「盗み聞きでもしてみるか」

 扉を少しだけ開き、サイは頭だけを廊下へと出した。耳を澄ませると、宿屋の主人が驚く声が聞こえてくる。

「そ、そんな。わざわざいらっしゃったのですか!? ええ、はい。確かに今、部屋におりますが……」

「なんだ? 俺たちに用でもあるのか」

「何かしら。やっぱり今すぐ出ていけ、とか……? それは少し困るわね。直接聞きに行きましょう」

「あ、おいっ」

 言い終わると同時にリヤが扉を勢いよく開き、入り口へと向かっていく。サイが慌てて追いかけると、主人は驚いた顔で2人を見た。どうやら盗み聞きをされているとは思っていなかったようだ。

「あなたがたが、例の旅人じゃな」

 主人と会話していたのはローブを目深に被った人物であり、2人の存在に気付くと顔を隠していたフードを外した。真っ白な髭を胸元まで伸ばした、皺の刻まれた老人だった。

「ほっほっほ、街に客など何年ぶりかのう」

 老人は穏やかな声で笑う。その様子からして自分たちを追い出しに来たのではないと、2人は内心ほっと胸を撫で下ろした。

(服の質がさっきの奴らと違う。お偉いさんか?)

 ローブの下に着ている衣服は黒く厚手の生地に見える。先ほどサイたちを強引に宿屋へ案内した魔術師たちの誰とも違う色であり、ボタンや刺繍は金色だった。見るからに位が高いと分かる姿を前に思わず口を閉ざしていた2人に気付いた老人は、にっこりと笑みを浮かべた。

「わしはこの街の魔術師の長をやらせてもらっておる。客人がいると聞いて、挨拶せねばと思っての」

「で、俺たちに直接会いに来たってわけか」

「ほっほっほ。何やらこの街について知りたがっておるそうじゃからのう」

 親しみやすい穏やかな老人のように見えるが、瞳の奥には理智がある。全てに気を配り、じっくりと観察することを習慣としている、言うなれば教師やそれ以上の知識を持った人物のようだった。

「えっと……その、私たちにどういった用なのかしら」

「……うむ」

 灰色の瞳を細め、長は髭を二度、三度撫で、それから宿屋の主人へ目配せした。

 そそくさと主人が部屋の奥へ引っ込んでいく。それを見送ってから、長は近くの椅子に腰掛け、サイとリヤにも座るように促した。

 長はゆったりとした仕草で髭を撫でながら2人を交互に見つめている。彼は考えごとをするとき、決まって髭を撫でるようだった。やがて彼の目線はサイの右手へと注がれる。手袋に隠れて見えないはずの指輪を観察されているような心地は、先日ルイーナに見つめられたときと同じ不思議な感覚で、サイの指先は緊張で強ばっていた。

「そう緊張せんでおくれ。わしは何も、その指輪を奪おうなどと思っておらんよ。神の力が宿る指輪など、わしのような老体にはとても扱えん」

「えっ!?」

 リヤが息を飲み込む音がする。ルイーナよりもずっと的確に指輪のことを見抜いた老人に彼女はある種の畏怖を抱いたようだった。椅子の背に自身の背中を預け、長はリヤの顔を見て悪戯っぽく笑う。思っているよりも友好的なのかもしれないと思わせるような、優しい瞳が彼女を映していた。

「これでもそれなりに知識を蓄えておるんじゃよ。オーディン様のようにはいかぬが、な」

「なら話は早い。じいさん、俺たちの目的はもう分かってるんだろ?」

「そう急くな、若者よ。何事もじっくりと考えて行動することが大事じゃ」

 そう言って長は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。リヤの両親よりも遙かに長く生きている彼の思考回路は、ゆっくりとではあるが確実に状況を整理し、培った知恵をもとに次の言葉を紡いでいく。皺の刻まれた口元がゆるりと動いて、低くも穏やかな声が部屋に響いた。

「おぬしら、街の呪いを解こうとしておるな」

「ああ、そうだ」

「どこでこの街を知ったか、教えてくれんかの」

「ルイーナという女性に教えてもらったんです。それで――」

 彼の問いに、サイとリヤはルイーナと出会ったことについて語り始めた。彼女に指輪の存在を見抜かれたこと、恋人が呪いで石になり砕けてしまったこと、その破片を今でも大切にしていること。語られる内容を長は時折髭を撫でながら黙って聞いていたが、やがて話が終わると過去を懐かしむように目を細めた。

「そうか、ルイーナは元気にしておるのか」

「知り合いか?」

「ほっほっ。この街の住民の顔は、全て覚えておる。彼女とその恋人は、優秀な占い師でのう」

 長の声に悲しみが混じる。ルイーナに何があったのか、彼は知っているようだった。

「あの事件は……街の魔術師に、大きな衝撃を与えたのじゃ。恐怖と、困惑と……それから、憧憬を」

「情景? 石になることになんの憧れがあるんだ?」

 サイが尋ねると、長はぼんやりと天井を見上げた。服に隠れて見えなかったが、彼の首筋は僅かに灰色がかっていた。

 ぐっ、と長が身を起こす。澄み渡る水面のように透き通った瞳で若者を見つめる彼の顔は、威厳ある魔術師のそれだった。

「……この街にかけられた呪いは、わしらにはあまりにも恐ろしいものじゃった。それを今から教えよう。呪いを解こうとするなら、知っておくがよい」

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