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第11話

 腹ごしらえを終えた2人は、街の中をふらふらと歩いていた。時折リヤが気になった店に入ってみたり、サイが手癖でスリをしそうになりラクシュミーに叱られたりすることはあったが、平和な時間を過ごしていた。しかし、それは突如終わりを迎える。彼らの姿をじっと目で追いかける、1人の女がいた。


「あなたたち、この街の人じゃないわね。それに不思議な気配がする」

 突然背後から聞こえてきた女の声に、サイは体を緊張させた。ただ興味本位で話しかけてきたのなら変人で済むのだが、女は少し引っかかる物言いをした。ちらりとリヤを見ると、彼女も警戒しているのか顔を強ばらせている。懐に隠してあるナイフへ手を這わせ、いつでも相手の首を狙えるように意識を集中させながら、サイはゆっくりと声の主を見た。

 ごくありふれたワンピースに、薄手のショールを肩からかけている女が立っている。女は2人の警戒心を知ってか知らずか何かを考え込むように腕を組んでいたが、やがてうんうんと頷く。そしてにこりと笑みを浮かべると、納得したようにぽん、と右の手のひらを左手で軽く叩いた。

「これは……指輪かしら。きっと普通の指輪じゃないのね。神秘的な感じがするわ!」

「なんの用だ。悪いがこの指輪は非売品だぜ」

「あら、ごめんなさいね。別に売ってほしいわけじゃないのよ。ただ気になって」

 女はサイの言葉に両手を振りながら恥ずかしそうに目を細める。一見すると街の住民なのだが、不可解な点がひとつだけあった。そしてその疑問は、サイだけではなくリヤも抱いているものであり、彼女はほんの一瞬考え込むと、女に尋ねた。

「……ねえ、どうして彼が指輪をしているって分かったの?」

「ああ。俺も気になるな」

 サイは手袋を身に着けている。つまり、指輪をしているかどうかは手袋を外してみない限り分からないはずだ。だが女は確かに指輪と口にした。まさか秘宝を狙う魔物の類いなのだろうかと嫌な予感がよぎったサイは、面倒事を回避すべくラクシュミーに呼びかけるように意識を集中させる。しかし、返ってきたのは予想外の答えだった。

「彼女は魔物ではありません。しかし……違う気配を感じます。これは……」

 考え込むラクシュミーの言葉に重なるように、女の声がサイの耳に入り込む。

「私はルイーナ。指輪をしてるって分かったのは、仕事をしてた頃のクセね。故郷が魔法の盛んな場所だったのよまあ、逃げてきたんだけど」

「逃げてきた? 仕事が嫌になったのか」

「うーん……まあ、そんな感じ」

 ルイーナはどこか遠くを見つめるように目線を逸らすと、胸元のペンダントへと手を伸ばす。革製の紐を巻き付けた灰色の石はごつごつとしており、ろくに磨かれていないのか鈍い光沢を放っている。地面を見下ろせばどこにでも転がっているようなありふれたものなのだが、それを大事そうに撫でる彼女の表情は石を何よりも大切なものとして見ているようだった。大した金にもならなさそうなただの石を何故そこまで大事にしているのか、そう疑問に思うサイの視線に気付き、彼女は少しだけ寂しそうに笑みを浮かべた。

「これ、気になる? 恋人の形見みたいなものよ」

「そんな石がか」

「あはは。まあそう見えるわよね」

「何か特別な石なの?」

 リヤの言葉にルイーナが小さく頷く。彼女は指先で石を撫でながら、ぽつりと呟く。

「これはね、私の恋人なの。石になって砕けてしまった、その破片」

 彼女の口から発せられた言葉は、2人にとってにわかには信じがたいものだった。人が石になり砕けるなど、おとぎ話か誰かの妄想だとしか考えられないのだ。しかし、ルイーナの表情がひどく悲しそうであり、石を慈しむ手にも演技をしている様子は窺えない。それが嘘ではないのだと、サイは直感で理解した。

「――そうです。この気配は……サイ、彼女に尋ねてください。出身地はどこかと」

 サイの頭の中で、ラクシュミーが語りかけてくる。彼女の目的は分からなかったが、その声は何かに気付いているようで、サイは言われたとおり故郷について聞き出すことにした。 彼自身人間が石になるという不可思議な現象に興味を抱いたのだ。

「あんたのその故郷ってのは、どこなんだ?」

「天空に塔が浮かぶ、魔術師の街……ソーサラー・ガーデン。ああ、久しぶりにあの街の名を呼んだわ」

「……やはりそうでしたか」

(話が全然分からない。一体どういうことなんだ)

 ひとり納得するラクシュミーにサイは状況を説明するように求めた。リヤはもちろん、ラクシュミーと会話しているサイ自身もルイーナの出身地と石が発する妙な気配から何が導き出せるのか見当がつかないのだ。それを伝えると、ラクシュミーは暫くの間黙っていたが、やがて少しずつ語り始める。

「彼女の故郷にはオーディンという神が住んでいたのです。そして、あの石から感じる禍々しい力は、オーディンが倒したとされる強大な魔族……魔王と呼ばれる存在のもの」

(じゃあその石が魔王ってことか?)

「いいえ……これは、石に呪いがかけられています」

(呪いで石になったのか……? だが魔王はもう死んでるんだろ?)

「はい。神魔大戦のさなか、彼らは相打ちになったと聞いています」

 ラクシュミーと会話を続けるうち、サイは少しずつ状況を理解していく。同時に、ルイーナが何故故郷を逃げ出したのかなんとなくだが気付き始めていた。

「あんたが故郷を出たのは、自分も石になると思ったからか?」

「……ふふっ。あなた、もしかして占い師?」

「いいや。ただの旅人だよ」

 サイの言葉にルイーナは一瞬だけ驚いたように目を見開いて、少しだけ笑みを浮かべた。しかしすぐに空を見上げ、涙を堪えるように深く息を吸い、吐き出す。絞り出された声には自嘲と諦めが混じっていた。

「あなたの言うとおり。あの街にいると、いつか私も石になると思ったの。だから逃げてきた」

「……あんたの故郷は、呪われているのか?」

「の、呪いだなんて……」

 彼の言葉に驚いたリヤの表情は険しい。受け取りようによっては故郷を侮辱されたに等しいだろう発言にサイの代わりに謝ろうとした彼女に向かい、ルイーナは笑顔を見せる。

「ええ。私の故郷は呪われている。あの街に暮らす魔術師はみんないつか石になるの」

「そうか」

 サイは頭を高速で回転させる。ルイーナとラクシュミーの言葉を交互に繰り返し、自身の中で情報を素早くまとめ、推測を重ねていく。やがて導き出された答えを、ラクシュミーだけではなくリヤやルイーナにも聞こえるよう彼は声に出した。

「あんたの故郷に用事がある。どうしても見つけなきゃいけないものがあるんだ」

「そう言うと思ったわ。地図を持ってくるから、待っていて」

ルイーナはサイと彼の右手に目を向けてから、自宅のある方角へと歩いていく。魔術に通じていた彼女は指輪の持つ神聖な力を感じ取り、2人に接触したことで次の目的地への手がかりを指し示した。奇妙な偶然か、それとも決められた運命か。どちらでも構わない、とサイは心の内で呟いた。過程がどうであれ、自分たちの向かう場所は決まったのだから。

「サイ、もしかしてだけど……」

 それまでことの成り行きを見守っていたリヤが口を開く。彼女も彼女なりに考えていたのだろう。はたしてその推理は正しかった。

「ああ。ルイーナの故郷には秘宝か、それに繋がる手がかりがあると思う。だろう? ラクシュミー」

「ええ。恐らくは」

「ロキ、だったか? そいつよりも先に秘宝を手に入れれば、一泡吹かせてやれるんだろ」

「そのとおりです。我々はロキを止めなければなりません」

 神々の秘宝を求めているのはサイたちだけではない。世界が荒れ果てるきっかけを作ったとされる神――ロキもまた、力を必要としているのだ。ロキよりも先に秘宝を手にし、奪われないように守るには手元に保管しておくことが最も安全だろう。そして、宿る力を使えばルイーナのように苦しむ人々を救えるかもしれないのだ。

「決まりだわ。行きましょう、ソーサラー・ガーデンへ!」

 2人はどちらともなく頷き、互いの意思を確認する。魔術師の街にはどのような景色が広がっているのか楽しみな気持ちと、呪いという人知を超えた脅威に対する不安が彼らの胸を渦巻いていた。


 その後、地図と携帯できる食料、旅に必要な道具を持ってきたルイーナに見送られ、サイたちはオアシスの街をあとにした。遠ざかっていく背中を眺めながら、ひとり残された彼女は不安げにペンダントを握りしめるのだった。

「どうか……あの街を救って。神様……」


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