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第47話

それからしばらくして、ネージュの下に書類が届いた。侍女五人分の身元が記載された書類だ。宰相と頭を突き合わせて書類を捲る。


「どの娘たちも、普通の良家なのですが…。特に問題行動もなく…」

「身内に不審な動きをしている者とか居ないですか?それか、金銭問題で揺すられてたりとか、脅されてたりとか…」

「そのような情報もないですね…」

「うーん…おかしいな」

「おかしい、ですか?」


ぽつりと出た言葉に、宰相がまたも復唱する。出てしまった言葉を取り返せることもできないまま、ネージュは苦笑いを浮かべた。


「ひとり、魔力の揺れが激しい方がいらっしゃいますよね」

「え?あぁ、オゾンスの娘ですね」

「ご存じだったのですか?」

「魔術師団長から、彼女は危ないからと進言をいただいたことがありまして。ですが、王妃様がいたく気に入っている侍女なので、様子見をしている最中なんです」

「…それ、入城してからですか?つい最近のことですか?」

「最近ですよ。ねえ、陛下」

「オゾンスの娘か。確かに、あの娘の側は心地いいからとエルネスタが離さなかったな」


こくりと頷いた陛下に、ネージュは目線を下げる。オゾンス。聞いたことないが、王城の侍女として上がれるのだから貴族の中でもそれなりなのだろう。


「その時期っていつ頃でしたか?」

「はて…。いつ頃だったか…。祭りの頃だったと思いますが」

「…む……」

「どうかしたのか?」

「いえ!これも推測なので。うっかり下手なこと言って、そのオゾンス様を処刑にされても困るので」

「処刑?」

「どうしてか、私の魔力と反発するんです。私は治癒魔術師なので、大体の方の魔力と反発することなく馴染むのですが、その方は感情の起伏と同じように反発する」


怪しんでくださいと言っているようなものだが。そう思いながら、ネージュは口を噤んで考える。


「でも、黒魔術を使えるような腕はしてないと思いますから。ほんっとうに、そういう仮定なので、うっかり話聞いたりしないでくださいね?」

「うっかり聞くとどうなる?」

「犯人が逃げるかもしれません。今、自分で言って考えたんですけど。私の魔力は、基本的に誰でも馴染みます。それに反発するのはとても珍しいんです」

「ないわけではないのだろう?」

「ええ。これは、城の治癒魔術師にも助力願おうと思うのですが、そのオゾンス様を治癒魔術師たちに見てもらおうと思います。そこで、全員の魔力と反発すれば、オゾンス様には何かしらの問題がある」


ネージュは、ユーリア・オゾンスと書かれた書類を指先でなぞる。十八歳で登城して、それから五年勤めている。エルネスタ付きの侍女になったのは、昨年の春。


「他に、不思議に思うのはそれだけか?」

「呪物がある可能性もあります」

「…呪物」

「呪うための物です。もちろん、これらはすべて黒魔術によるものだとして仮定したうえで話しているので、ない可能性だってあります」

「……黒魔術には呪物も使うことがあるのか?」

「人によるんです。私がお傍にいさせていただいた方は、そういったものは一切使わなかったのですが、部下の方が用意しているのは見たことがあって。魔力やそう言ったものを補うために使う道具です」


肩を竦めて見せれば、国王と宰相は顔を見合わせた。そして、苦い顔をする。


「トラバルトはそんなことをさせるのか。黒魔術は、人の生命力や魂を糧にすると聞いているが」

「しますよ。それが、さも当然かのように。それで、話を戻しますね。王妃様の持つ物を中心に調べてください。それと、王妃様の部屋を一度移します」

「部屋を移す?」

「部屋そのものを呪物にしている可能性もあるので、本当に何もないまっさらな部屋に移せると良いのですが」

「…新しく作るか?」

「時間ないので、今ある部屋でお願いします」


慌てて釘を刺すネージュ。陛下、釘刺しておかないと今にも新しいお城を立てそうな感じだったわ…。大変。それは時間が足りなさすぎるの。


「少し大がかりになりますが、よろしくお願いいたします」

「呪物と引っ越しは明日だな。今日中に、オゾンスの娘を調べれるか?」

「治癒魔術師たちにはなんて言いましょうか?」

「侍女にも同じ気配がないか確認しろとでも言っとけ」

「分かりました」


宰相が頷いて、本当にそう言うのだろうかとネージュは疑問に思う。だが、そこの言葉選びは彼らに任せるとして。


「では、同じ部屋で調べましょう。私は黒魔術を辿ります」

「支障はないのか?」

「大丈夫ですよ。私が数時間ほど使い物にならない可能性がありますが」

「…どういうことだ?」

「王妃様を中心に、城にも探知魔術を展開するので、一時的に魔力の枯渇状態に陥ります。私、そこまで魔力量が多いわけではないので…」

「それは大丈夫なのか?」

「死にはしませんよ。休憩してれば、大丈夫です」

「いや、そういう問題では…。ジェラールには?」


国王の言葉に、ネージュはきょとんとした。どうして?と小首を傾げれば、国王と宰相は顔を見合わせた。


「本気で言っているのか?」

「え?」

「本気のようですね…。して、夫人。その枯渇状態でどうするつもりでした?」

「その辺に寝かせてくれたら…。雨が降ってるので、せめて屋根がある所だったらどこでもいいです」

「…騎士団長の奥方にそんなことできません。ジェラールも呼んでおきましょう」

「はあ」


別にジェラール様は忙しいだろうし、呼ばなくても良いのだけど…。そう思いながら、ネージュは立ち上がった。時間は有限だし、とりあえず王妃様の所へ戻らないと。


「それじゃあ、王妃様の所に行こうと思うのですが」

「あー…。ジェラールが来るまで待て」

「えぇ…?」

「あまり心配かけるものじゃないぞ、ネージュ」

「…はあ」

「ところで、君は黒魔術にも詳しいと聞いたが…」


詳しい、と口の中で繰り返す。ジェラールが定期的に報告でもしているのだろう。契約婚だし、ネージュが死ぬ時までそれは続きそうだ。


「詳しいというほどではありませんが…。隣人さん、と呼んでいた黒魔術師が居たのです」

「隣人さん?」

「はい、黒魔術師の部隊を率いていた方です。その人は、両親を国に殺されたにも関わらず、国に仕えることを選んだ人なのですが、人柄はとても良かったのです」

「黒魔術師でか」

「もとは普通の魔術師だったそうです。ただ、前任だった黒魔術師に見初められて、黒魔術師になったと言っていました。トラバルトでは、それを黒魔術師になる呪いを掛ける、という表現をしてます」


嫌そうな顔をする国王と宰相に、ネージュは苦笑いを浮かべる。そうだろうな、それが普通の反応だと思う。黒魔術師が魔術師を呪って黒魔術師にする。普通の感性を持つなら、考え難いことだろう。


「だが、呪わなくても黒魔術師にはなれるんだろう?」

「呪うことで、持っている負の感情を増幅させるのです。憎しみや恨み、辛み、それらが重なりあって、普通の魔術師では居られなくなる。復讐に生きさせる、とでも言うのでしょうか…。詳しい原理はそれ以上分かりませんが、隣人さんはそう言っていました」


だからこそ、隣人さんは黒魔術師になった。国を憎み恨み、その感情を動力とした。動力とさせられた、という方が正しい筈だ。


「その隣人さん、とやらは」

「はい?」

「どれほどの力を持っていた?」


ネージュは考える。どれほどの力か。ネージュと知り合った時点で、黒魔術師だった。長い時を生きて来たのだと、笑いながら言っていた。あれは、思う。本当の事だったのではないかと。それを振り返りながら、ネージュは持っていた書類を机に置いた。


「――そうですね、確か国一個落としたと言っていたのを覚えています」

「は?」

「もう随分と昔のことです。トラバルトの領地になっていますが、当時は奇妙な疫病が流行り滅んだ小さな国があったのです。、そこは隣人さんが出入りをしていて、最期は隣人さんが手を掛けた、と聞いたことがあります。国一つ余裕で落とせるということですね」

「…凄まじいな。対処法は、なかったのだろうか?」

「隣人さんはトラバルトでも特別な黒魔術師でしたから。己の魔力だけで、そこまでの災厄をもたらした。一般の魔術師や黒魔術師では出来ないことです」

「…黒魔術師に関する対策は練っておいて損はないな。街にもその手の不審者が居たことを踏まえると」


そうですね。とネージュが返事してコツンと響いた足音に振り返る。見覚えのある、しっかりと知っている魔力を感じた。ジェラールが来たのだ。



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