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第45話

医務室としっかりとした連携が取れているのだろう。やっぱり、書かれている内容は同じようものだった。医者たちとは着目点が少し違うぐらいで、大体の流れは同じだ。


「魔力の流れが乱れた、とありますがこれは何時頃ですか?」

「初日のことです。薬湯を飲んだあと、少しだけ乱れを感じました」

「それは反発でした?」

「いえ、なんて言うでしょう…。一時的に反応した、と言えば良いのでしょうか。一瞬だけ針が触れたような感覚で」

「投薬に対する反応ではなさそうでした?」

「はい、それは断言できます」

「薬草に残った魔力に反応したのかな…。なんの現象だろう」


基本的に薬草を乾かすことで魔力を霧散させているのだが、稀に魔力が残留する場合もある。残っていても微々たるもので、格別それがどうこうなるわけではない。だから、危険視するほどでもないのだが。王妃様の何かに、反応したのかな。


「王妃様が体調不良を訴えてから、ずっとお傍に居らっしゃったんですか?」

「はい。陛下から何かあればすぐに対応できるようにと、医者たちも一緒に居ました」

「それでこんなに記録が細かいのですね…。それからは魔力の大きな乱れもなく、と。確か二日目から起き上がれなくなったと聞いているのですが、治癒魔術を使い始めたのはその時からですか?」

「治癒魔術をかければ、身体の痛みが和らぐと王妃様がおっしゃってくださったのです」

「痛みが…」


そんなはずはないが、きっとそう口にすることで痛みを逃したかったんだろう。治すところがないのだから、治癒魔術が掛けられてもほとんど無意味に近い。だが、命を繋ぎとめると言う意味では効果がある。


「そうえいば。みなさん、似たような魔力をお持ちなんですね?」

「あ、はい。私が似たような魔力を持つ治癒魔術師を集めたんです。そうすることで、陛下の魔力に適応しやすいように」

「クロヴィスさん、そんなことまで分かるんですか?」

「分かるというより、もう感覚なんですけどね。そっか、みなさん似たような魔力をお持ちだから、王妃様の魔力反発が低く抑えれたのね…」


魔力反発が大きく起これば、それなりに体力も削られる。が、似たような魔力だったことが幸いして、それを防ぐことが出来た。の、だが。どうして三日目には、起き上がれないほどになった?そこまで、体力が削られる何かがあった?


「あの、体力の減り方がおかしいの気付かれてましたか?」

「そのことは、みんなで何度か話し合いました。何か気付かれた点でも?」

「いえ…。少し、整理させてください。二日目は身体が起こせなくなって、三日目からは殆ど意識もない状態だったんですよね。でも、悪夢で目を覚ますから休むことも出来ていない」

「その通りです」

「んー…。んー、なんだろう。治癒魔術を掛け続けたから、七日間いわずと今日まで命を繋ぎ留めれたのかなあ。治癒魔術師が居なかったら三日で亡くなってた可能性も高いわね…」

「えっ」

「体力の減りを、治癒魔術が抑えていたとしたら。という仮説を前提にすると、ですけど…。うーん、治すところがないにも関わらず治癒魔術の効果があったのは、矛盾点として挙げれるんですよね」


何かが引っ掛かっている。治癒魔術は無意味だったと思っていたけれど…。体力の減りを、治癒魔術が抑えていたという仮説をもとに、考え直すとすればどうだ?


「二日目以降、身体の痛みが治まるから、ずっと治癒魔術を掛けていたんですよね?」

「はい」

「ではいつから、鎮静効果のある魔術から延命の魔術へと切り替えましたか?」

「食事がままならなくなった四日目からです。三日目までは、身体の痛みが取れるように願って鎮静効果の魔術を続けていましたが、四日も食事がままならなくなると身体の機能も低下していきますから、延命を最優先に切り替えました。陛下も承知の上で」

「でも、王妃様は泣いて叫んで目を覚ますんです。段々、そのお声が小さくなっていくのが痛々しくて…。出来る限り、悪い夢を見ないように尽力を尽くしました」


悪夢を見る。そのことも引っ掛かった。だが、それより先に仮説を見極めなければならない。


「延命の魔術が、体力の減少を抑えていたとして。それは魔術に効果が出ているという事で。つまり、‘治すところがない’と思っていたのが間違い…?」


だが、ネージュの魔力の琴線には何も触れなかった‘。だから、治すところがない’というのも、あながち間違いではないと思う。ということは。


――あれが、病ではないとしたら?


「やだなあ」

「え、何が?何かわかったんですか?」

「いえ、まだ仮説なので…。うん、ちょっと王妃様のところに戻ろうと思います」

「あの!絶対に何か分かったら、確証に変わったら教えてくださいますか!?」

「はい。その時は、お力をお借りしなければならないと思うので」


グッと唇を噛み締める治癒魔術師たちを見渡して、ネージュは捲っていた診断書を閉じた。考えたくもないことに行きついてしまったが、確証はない。だから、ネージュのなかで抱えておく。


「では、また何かありましたら連絡します」

「よろしくお願いします」


治癒魔術師たちの部屋を出たあと、ネージュは大きく息を吐いた。なんかちょっとだけ疲れた。そういえば、お昼ご飯食べてない。懐中時計を見れば、針はお昼を示していた。そりゃあ、お腹も空いちゃうわね…。


「ヴェーガ、ちょっと休憩しましょうか」


部屋の前で待っていたヴェーガに声を掛ければ、腰を上げながらグルリと喉を鳴らす。さて、休憩すると言ったって何処に行けばいいかしら。


「まあ、探索がてら歩いても良いわね。ヴェーガ、不審なものがあれば教えて頂戴ね」


雨がぽつぽつと降り始めている。立ち止まった窓辺から、復興途中の街を見下ろす。中央区の天幕の中で働いていた頃が、少しだけ恋しい。何も知らないまま、ただの薬師として必要とされていた時を思い出す。


あのまま、何もなく働いていたら私はどうなっていたんだろう。ただの騎士団の治癒魔術師として、働くようになっていたのだろうか。


たらればを考えたって仕方がない。


あの医者も言っていたではないか。『過去よりも大事にするべきは現在です』と。あ、これはちょっと違うか。でも、心に響いたから。


「よっし、ヴェーガ行くわよ」


もう一度街を一瞥して、ネージュは前を向いて歩きだした。向かう先は王妃の部屋である。突き刺さる視線を感じながら、元来た道を辿る。王妃様の部屋に行って、確認することがあった。


「ふぅ…。意外と距離があるわね…」


王妃の部屋の目と鼻の先まで辿り着いたものの、ヴェーガがネージュのケープの裾を噛んで近づくのを止める。鼻先に皺を寄せて、ネージュに近づくなと訴える。


「どうしたの、ヴェーガ」


しゃがみ込み、ヴェーガの首下を叩く。それでも、ヴェーガは喉をグルグルと鳴らして強い拒否感を訴えているようだった。


「行くなというの?どうしちゃったの、ヴェーガ」


声を掛けても、ヴェーガは王妃の部屋に向いて威嚇を続けた。近衛たちも、ネージュに気付いたようで、慌てて手を重ねてバツ印を作る。


「え、なになに。バツ…?駄目ってこと?」


同じように、手でバツ印を作れば、近衛たちは首が捥げるのではと思うほど縦に振った。つまり、近衛たちも近づくことを拒否しているようで。


「…えぇ、一体何なの…?」


そう思っていると、その疑問が解決したのはすぐの事だった。


――ジェラールが王妃の部屋から出て来たのだ。


あー…なるほど。そういうことね。近衛たちはどうやら気遣いをしてくれたということで。今のネージュは気遣いばかり受けているような気がする。


「ヴェーガ、大丈夫よ。ジェラールさまだって、幼馴染のお見舞いをすることもあるわ」


『俺とあの子の間には何もない。一切。断言しても良いし、神に誓っても良い』とさっき言っていたが。まあ、それを信じきることは出来ないが。女々しいと分かっている。でも、どうしても‘恋’というものそこにはあるから。


「大丈夫よ、だいじょうぶ」


ジェラールの言葉を信じきれないけれど、今の私は治癒魔術師としてここに居るのだ。私情を挟むつもりはない。それに、嫉妬してるなんて口が裂けても言えない。


ネージュたちに気付かないまま、ジェラールは背を向けて歩き出した。それをネージュは見送ったあと立ち上がり、王妃の部屋へと近づく。


「さっきはお気遣いいただきありがとうございます」

「い、いえっ」

「入室しても大丈夫でしょうか?」

「はい、クロヴィス夫人の入室許可は陛下から出ておりますので」

「ありがとうございます」


陛下の手まわしのおかげで、すぐに確認することが出来そうだ。嫌な予感が的中しそうで、確認するには少しだけ勇気が必要だが。


「…よっし。ヴェーガ、あなたも行くわよ」



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