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第44話

「ほんっとうに気を付けてくださいね、あなたに何かあったらこの国の損失です」


文官の話は、非常に為になった。文官らしく王城の内部事情を知り尽くしているようだった。特に、胡散臭い大臣の話はネージュも心の中で復唱した。ネージュを排除しようとして失敗した人のことだったり、反国王派閥の存在もちらりと教えてくれた。どうやらあのサンチェノール大臣は、色んな事に手まわしをしているらしい。


「そんな大げさな」

「奥方のおかげで助かった命、たくさんあるんですから。街の住人たちは皆がネージュさんに感謝しています。騎士だって、魔術師だって、そうです。きっとその内のひとりに、王妃様も含まれるようになりますから」


絶対的な信頼を向けられたような気がして、ネージュは身じろぐ。私はこの人を知らないのに、この人は私を知っているというのが、なんかこう気になるというか。気持ち悪いと言ったらおしまいなんだけど、苦笑いしか浮かべることが出来ない。


「あ、ここが医務室です」

「ありがとうございます、文官さん」

「いえ、どういたしまして!」


重々気を付けるよう言葉を貰い、にこやかに笑う文官にネージュは頭を下げた。案内だけではない、為になる話も聞かせてもらえた。人となりはちょっと怪しさが残るが、まあ悪い人ではないのだろう。そこはかとなくアドルフを感じさせるところも、ちらほらとあったけれども。


「奥方、周りには警戒してください。出来るかぎり、一人で行動はしないように」

「はい。ありがとうございます、気をつけます」

「では、気をつけてくださいね」


こくりと頷くネージュを見た文官は、持っていた本を抱え直して身を翻す。その背を見送ったあと、ネージュはノックをして返事を待つ。


「どうぞ、っぁあああああああ!!!?」

「わぁっ」


内側から扉が開けられて、顔を覗かせれば医務室の中に居た全員が声を上げた。特に、扉を開けた青年の声は大きくて、ネージュの耳がキーンと音響かせる。


「し、しろがねのてんし!!!」

「…それ、さっきも言われましたけど一体何ですか?」

「街に降り立った凄腕の治癒魔術師でっ、あなたのことですっ!騎士たちが噂していたのを、僕たち何度か見に行ったことがあるんです!白銀の御髪に似た素敵な魔術陣を使われててっ、本当にっ」


グズッと鼻を啜り、涙を浮かべ始めた青年に慌てて壮年の男が肩を叩く。


「おいっ、落ち着け!」

「ハッ!天使様、それでどうかされましたでしょうか!?」


だめだこりゃ。ネージュの質問はさらりと流されて行った。白銀の天使とはなんだ。ジェラールに聞けば分かるだろうか。分からなさそうだな。そういえばネージュたちが訪ねた時に、王妃様の部屋には医師が居なかったように思う。治癒魔術師と医者の違いは一目見ればわかる。


「馬鹿め!まずは部屋にどうぞ」

「…失礼します」

「あ、狼さんはそこで待っててください」

「ヴェーガ、待てよ」


王妃の部屋にいた人たちの顔を思い返しながら、ネージュは招かれるまま部屋に入る。五人の医者がいて、年齢もそれぞればらばらに異なっていた。若い人はネージュと変わらなさそうに見えるし、上は義母と同じぐらいのように見える。この国の一番腕が立つ医者たちは、ネージュに興味津々だった。


「天使様に医務室に来ていただけるなんて…!」

「すんません。コイツ、クロヴィス夫人のこと凄く支持してるというか、没頭しているというか…」

「…そ、そうなのですね」

「えーっと、それで、王妃様の件ですよね?」

「あ。そうです、情報を頂きに来ました」

「ええっと、診断書をまとめてあるのでちょっと待ってくださいね」

「これっすよ。クロヴィス夫人、どうぞ座ってください」

「ありがとうございます」


机の上に置いていた書類の束をネージュに差し出してくるのを受け取り、促されたまま椅子に座る。ぱらぱらと捲って見て、一番最初に体調不良を訴えた日の時刻は正午すぎ。頭痛と微熱に、薬草を手配して様子見との記述に首を傾げた。


「あれ、ということは二日目から起き上がれなくなったんですか?」

「はい。初日の夜中から、熱が上がり身体の痛みを訴え始めました」

「…なるほど。流行り病の確認は?これだけ見ると、よくあるものかと思うのですが」

「ええ。寒い地域では少しずつ患者が出てきていますが、王都にはその地域の人の出入りはありませんし、もちろん王城にも入ってきていません」

「動物からの感染経路は?」

「確認してますが、それもないでしょうね。あの病は、動物を介さないので…。飛沫感染が基本ですから」

「んー…そうですよね…。他にも、病かもしれないという考えはありますか?」

「いえ…。正直、お手上げですよ。僕らはあくまでも、医学に基づいて薬湯を処方するのが精いっぱいです」


詳しく書かれた診断書は医者からの視点だ。連携していれば、同様の書類が治癒魔術師の方にもあるだろう。


「ですが、治癒魔術師としてから言うと、王妃様は治すところがないのです。なら、医者の範囲かと思うのですが」

「治すところがない。治癒魔術師でも?」

「はい。魔力も気力も滞りなく流れています。治癒魔術を掛け続けていたせいで、魔力に対する抵抗力が落ちているだけで、不自然な所がないのです」

「ふむ…。長、聞いたことがありますか?」

「聞いたことがあるなら、王妃様をお助けしとる」

「ですよねー…」


全員で頭を突き合わせていたって仕方がない。ネージュは、これまでの記録を頭に叩き込みながら、思考を巡らせた。二日目はまだ意識があった。多分、体力が残っていたから。三日目からは夢うつつ。そんなに早く体力が消耗するのだろうか。年老いていたならまだしも、まだお若い。年齢を考慮したって、早すぎる。


「うーん…。食事はどうされてたんですか?」

「二日目は果物を召し上がられていました。三日目以降は、果汁と水しか受け付けず…。粥をと進言したのですが、何度か戻されたようで」

「食事もあまり取れてないのですね…」


ということは、本当に三日でケリをつけなければマズいということだ。食事が出来ていないという事は、根本的な回復も遠のくのと同じ。


「治癒魔術師の部屋に行ってみようと思います。あと、あの、部屋を教えていただければと思うのですが」

「あ、はい!案内しますよ」

「ありがとうございます。診断書も、凄く見やすかったです」

「なにか、手掛かりになれば良いですが」

「大丈夫です。必ず、原因を見つけるので」

「手伝えることがあれば、何でもおっしゃってください」

「ありがとうございます。その時は、ぜひ」


診断書を返したあと医務室を出て、治癒魔術師の集う部屋へと向かう。ちらほらと突き刺さる視線は、どれもこれも侍女のもので。ネージュが王城に滞在することは、既にあちこちに広まっているようだった。


「注目の的ですね」

「色々あるのです」

「ええ。色々あると存じております」


この人もか。思わず半眼になっていると、その医者は慌てて手を振った。そういうつもりはないのだと言う風に。


「ですが、クロヴィス団長の愛妻家っぷりも聞いております。過去よりも大事にするべきは現在ですから。僕は夫人を応援してます」

「あ、りがとうございます…?」

「この先の突き当りが治癒魔術師たちの部屋になっています。僕はちょっと揉めた人物がいるので、この辺で」

「えっ、あの!ありがとうございました!」


シュッと走り去って行く医師の背中に声を掛ける。そりゃ、医師と治癒魔術師の方針の食い違いで揉めることもあるから、まあ仕方ないと言えば仕方ない。折り合いが悪いわけではないけど、そういうこともあるのだ。


ネージュの故郷トラバルトは、医者よりも治癒魔術師を重宝した。というより、医者は肩身が狭くひっそりと息をしていた。治癒魔術師は‘なんでもできる’と勘違いしている政府によって、治癒魔術師の排出の方が多いのである。


様々な魔力の波形を感じながら、ネージュはヴェーガに目を落とせば、扉の隣で腰を据える。医務室同様に治療するための部屋には入らないのだ。ジェラールの許可が下りているネージュの医務室は別として。


「失礼します」


ノックを三回して、かすかに聞こえてきた返事に扉を開けた。


「あ、騎士団のっ」

「王妃様は!?」

「王妃様は大丈夫なのですか!!」


こっちもこっちで騒々しかった。口々に『王妃様は』と言っている治癒魔術師たちに気圧されながら、ネージュは口を開く。


「王妃様には深い眠りに落ちていただきました。三日ほど眠っていただくようになっています」

「ご容体は!」

「そこは変わりなく…。診断書を見せていただきたく、来させていただいたのですが」

「ああ、王妃様の診断書!早く、早く用意して頂戴!」


随分と王妃様に傾倒しているようだ。治癒魔術師も魔術師の括りに入るから、傾倒してしまえばそのことに一直線になる。だから、魔術師は研究肌が多いのだが。それはさておき。


「それでは拝見させていただきます」


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