目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第34話

「ネージュさあん!」

「おはようございます、ネージュさん!」

「…んえ?」


何故か、非番の騎士たちがワラワラとネージュの家に押しかけていた。目をまん丸にして、外を見やる。


「…ネージュ、こんな早くから一体何事だ…?」


寝起きのジェラールが、外に顔を覗かせて見下ろせば、暫くの間のあとネージュでも聞いたことのないほどの大きな息を吐いた。


「わあ!団長だ!!」

「寝起きだぞ!?」

「お泊りか~~!!」


ざわつく部下たちに、ジェラールは何を思うのだろ。隣で項垂れるジェラールを、気の毒そうにネージュは見た。


「止めたんですけど、すみません!」

「アドルフさん…。あの、引っ越しのこと、どこから聞いたんですか?」

「マーサさんから聞きました!」

「あの野郎…」


低い、それはもう地を這うような低い声がネージュの耳に届く。引っ越しを手伝う気満々の騎士たちは、そんなことを気にも留めていない。わあわあと声を上げて、ジェラールとネージュを茶化す。


「ジェラールさま、早く手伝って帰っていただく方が得策かと」

「…すまない、ネージュ」

「かまいませんよ」

「はあ…。実家の手伝いを頼むつもりだったんだが、必要なさそうだな。ちゃっかり馬車まで用意してる…。フルスに言伝を頼まなければ」


幸いにも荷物は多くない。この数のお手伝いさんが居れば、きっとすぐに終わるだろう。そう思いながら、ネージュは微笑んだ。


「ふふ、準備してきてくださいな。ジェラールさまは一度替帰られるんですよね?」

「早めに戻る」

「はい」

「ヴェーガは常に姿を見せておけよ」


ヴェーガは、毛並みを整えてもらったジェラールの言葉に頷くように喉を鳴らした。すっかりとジェラールの腕前に虜になったようで、一晩中ねだっていた。


フルスの脚に紙を巻き付けて晴れた大空に放したジェラールは、くるりと身を翻して制服を身に纏う。


「すぐに戻るから、良い子に待っていなさい」

「ジェラールさまったら。ヴェーガと一緒に大人しくしています」

「重たいものは遠慮なく男どもに任せていいから」

「はい」


そう言うと、ジェラールは転移魔術を展開して消えた。ふわりと魔力の残滓が漂うのを、ネージュは驚いたように見ていた。え。あの人、転移魔術も使えるの?騎士団長だから、あまり魔術は使えないだろうと侮ってしまっていた。びっくり。


呆然としていると、下から声が掛かる。


「ネージュさーん!もーいーかーい?」

「はあい!」


ヴェーガと共に玄関を開けて、わくわくとした雰囲気の騎士たちを迎え入れる。荷物の入った箱を数えて、目を見開く。


「荷物少なっ1?」

「こんなに人数要らなかったなあ」

「くじ引きすればよかったか?」

「えー!でも、俺らみんなネージュさん手伝いたいしぃ」

「今から勝った奴だけ残れるっつうことで」


騎士たちはせーの!と勝負し始めた彼らに、ネージュは苦笑いを浮かべた。楽しそうでなによりだ。そして、十五人いた騎士たちは七人になった。渋々と帰っていく背中は、哀愁に満ちていて、なぜか申し訳ない気持ちになる。


「ネージュさん!俺勝ちました!」


アドルフは、ちゃっかりしっかりと勝ち残っていた。


少ない少ないと口々に言われながら、ネージュは短い間だけ住んだ家に別れを告げる。今度は愛着が湧く前に離れることが出来て、心置きなく別れられる。


「ヴェーガ、そんなぴっちりと付かなくてもいいのよ?」


ヴェーガは何を言っているとネージュを見やる。フンとまるで溜め息のような息を吐く。ジェラールさまのこと好きになってくれて良かったけれど、こんなに従順になるなんて。


そういえばお義父様が、犬の調教をしたと言っていたわね…。お義父様譲りなのね…。


馬車に乗り込み、新居になる家に向かう。ヴェーガが片時も離れず、アドルフは苦笑いをしていた。途中でフルスが合流して、ネージュの肩に乗る。


「完全防備ですね。いいと思います」

「アドルフさんまで…」

「ネージュさんの危機感は、団地から聞いてますから」

「ジェラールさまったら……」

「いいじゃないですか!新妻を心配する団長、この目で見れるとは思ってませんでした。いやぁ、いいですねぇ」


にっこりと笑うアドルフに、ネージュは溜め息を吐く。この人、また何かを妄想したんだわ…。


「着きました、ここがそうですね」

「ありがとうございます、なかなか、大きな御屋敷ですね…」


どんと構える屋敷に、ネージュの顔が引き攣っていく。別荘って、こんな大きいの…?


「早かったな」

「ジェラールさま!」


馬車を降りて呆然と立ち尽くしていると、ネージュの視界の隅に顔を覗かせたジェラールに肩を揺らす。


「君に言寄る奴は居なかったか?」

「はは、大丈夫ですよ」

「嫉妬されてるんですか?」

「まだ彼女に言い寄る男が居るもんでね」

「え?贈り物なら終わってますけど?いや、贈り物に下心があるわけじゃないんですが」


アドルフの言葉に、ジェラールの顔が険しくなっていく。その表情を見て、アドルフも顔を険しくさせた。


「団長が結婚したことも話してあるので、そんなことする馬鹿は……」

「アドルフ?」

「……ネージュさん、前に見覚えのない騎士に、ワンピースを贈られたって言ってませんでした?王都に来る前に」

「あ、はい。大きいので着れてませんが…」


ネージュを見下ろしたジェラールとアドルフは、顔を見合せて首を横に振った。警戒心も危機感もないとでも言いたげな顔だとネージュは思う。騎士団と言うから、信用してしまう。


「それで、それと関係は?」

「そいつ、ずっと贈り物をしてるとか考えられません?」

「…大家に聞き込み頼めるか」

「承知いたしました!」


アドルフが身を翻していく。え、今から聞き込みするの?ジェラールを見上げれば、ネージュの手を取って、屋敷に向いて歩き出す。ヴェーガとフルスがのんびりと着いて来る。


「――よいしょっと!」

「ネージュさん、この荷物はどこですか?!」

「あっ、えっと、ひとまず家の中に」

「かしこまりました!」


振り返って叫んだあと、ネージュは足早にジェラールの歩みと合わせる。綺麗な庭園に、大きな屋敷。こんな所に住むなんて。こじんまりとした家が、早くも恋しくて。


「使用人たちは昼に着く」

「そうなんですか?」

「朝、俺たちと一緒に入る予定だったんだが、予定が変わってな。父上と母上も、何やら荷物を作っているらしい」

「荷物?」

「ああ。俺たちの荷物だと、俺も詳しいことは教えてもらえなくてな。使用人たちが、それを持って来るから贈れている」

「随分と大きな荷物なのですね…?」

「何が来るのやら…」


両開きの扉を開けて、屋敷に入り込む。すっきりとした空気で、埃っぽさもなくて、直前まで掃除されていたことをネージュは悟る。


「すごい、中も綺麗ですね」

「父の一番の別荘だからな」

「えっ、そんな別荘をいただいたんですか!?」

「一番と言っても、お気に入りではないぞ?お気に入りは別にある」

「へえ…」


流石公爵家。規模が違う。お気に入りの屋敷だなんて。ネージュは、骨とう品であろう壺を眺めながら苦笑いを浮かべた。にしても、綺麗な壷だわ。


「気に入ったなら、部屋に置くか?」

「いえ、壊したら怖いので」


ははっとジェラールが笑って、ネージュの手を引く。屋敷の中を案内するように、あちこちを歩く。開けた窓の外から、ジェラールを呼ぶ声が聞こえて足を止める。ジェラールも足を止めて、窓の外を見る。


「だんちょー!荷物は一先ず入れましたよ!」

「ああ。じゃあ、また休みの日に肉でも焼くか」

「わ、マジっすか!!やった!!お前ら、今度、団長が肉焼いてくれるんだって!」


騎士たちは、ジェラールが肉を焼くと聞いて喜び勇んでいる。ジェラールさまが焼くお肉って美味しいのかしら。まあ、ジェラールさまだもの。美味しいお肉を用意するに違いないわね。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?