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第30話

{ジェラール視点}


クルクルとあっちこっちで立ち回るネージュを、執務室の窓からジェラールは見ていた。クロヴィス家への訪問してから、不安定さがなくなったとでもいうのか、ネージュは明るく雰囲気が更に柔らかくなった。


「クロヴィス団長、少し良いですか?」

「あぁ、どうした」


ノックのあと顔を覗かせたのは、見慣れた顔の王城の文官で、ジェラールは目を瞬かせた。滅多に顔を出すことがない、その文官が訪れた理由が分からず、書きかけの書類をおいて立ち上がった。


「お久しぶりです、クロヴィス団長」

「あぁ、久しぶりだな。今日はどうした?」

「それよりまずは、ご結婚おめでとうございます」

「ありがとう」

「白銀の天使とご結婚とは、さすがクロヴィス団長ですね」

「しろがねのてんし…?なんだそれは」

「あなたの奥方のことですよ。街の住人たちはそう呼んでます」

「…うちの妻は愛されているのだな」

「そうですね。どんな相談事も真摯に聞いてくれて、解決してくれるそうですよ。さらに薬師として腕がいいことも評判の一つかと」

「へえ。それで、君は俺の妻を褒めるために来てくれたのか?」


文官は、朗らかに告げたあと表情を変えた。ジェラールの下に寄って来て、声を潜める。


「この度の結婚の件で、大臣の中で不審な動きをしている者がいます」

「なに?」

「王は静観するようですが、念のため団長にお伝えしとこうと思いまして」

「…そうか、分かった。ありがとう」

「恐らく、団長と奥方に登城の指示があるかと」

「また、妻の顔が曇っていくな…」

「団長は、意外と愛妻家なのですね」


その言葉に、ジェラールは苦笑いをした。よく言われる言葉だが、俺は一体どんな男に見えてたのかな。にしても、ネージュがまた俯いてしまう。折角前向きになってくれたというのに。


「それでは、私はこれで失礼します」

「情報提供助かった」

「いえ。クロヴィス団長には色々とお世話になっていますから」


では、と出て行く文官を見送って、ジェラールは大きく溜息を吐きながら椅子に座った。いつかは突っ突いて来る奴が居るだろうと思っていたが、こんなにも早く出て来るとは。


「随分と早いな…」


常に粗探しをしていたい連中だから、今回のこともそれで嗅ぎつけて来たのだろう。非常に厄介だが、これもネージュのためと思えば乗り越えなければならないものなのだ。クロヴィス家は全面的に支援してくれることは決まっているから、案ずるものはないのだが。


書きかけの書類に目を落として、続きを書いていく。書類を数枚処理し終えた後、三回ノックが響いた。


「ジェラールさま、今大丈夫ですか?」

「ネージュ?」


ひょっこりと顔を見せたのは、ネージュだった。両手には何か荷物を持っていて、ジェラールが立ち上がり扉を開けてやる。


「どうかしたのか?」

「マーサさんとお弁当を作ったんです。よければ一緒にと思ったのですが、忙しかったでしょうか?」

「いや、大丈夫だ。入っておいで」

「良かったです。それでは、お邪魔しますね」


するりと入り込んできたネージュの両手に乗ったバスケットを持ち上げる。ずっしりと重たくて目を見張れば、ネージュは苦笑いした。


「マーサさんとのお話が楽しくて、つい作り過ぎちゃいまして…」

「なるほど。マーサとは何を話したんだ?」

「美味しい紅茶のお店とか、焼き菓子の素敵なお店とか、です」

「食べ物ばかりだな」

「この国の料理はとても美味しいですから!」


本当にマーサとの会話が楽しかったのか、ネージュはふふふと笑う。座ることを促せば、ネージュはジェラールの隣に来て座る。てっきり、向かいに座ると思っていた。


「どうかしましたか、ジェラールさま」

「いいや、なんでもないよ」

「さあ、出来立てなんです、早く食べましょう」

「…あぁ、そうだな」


見上げて来るネージュの、青空を切り取ったような目がキラキラとしていて素直に可愛いと思った。ネージュの隣に座って、バスケットに手を掛ける。


「色々と教えてもらったんです。ジェラールさまがおっしゃってた、鳥の照り焼きも教えていただいたんですよ」

「へえ、それは楽しみだな」

「マーサさんは、とてもお話が上手で」

「そうだな。あの見た目もあって敬遠されがちだが、アイツは聞き上手だし話し上手だ。だから、話を聞いてもらいたくて料理を手伝いに行って、料理を仕込まれるんだ」

「良いことではないですか、つまり遠征に出ても美味しいご飯が食べれると言うことでしょう?」

「ああ、そうだな」


それは素敵、とネージュは笑って言う。バスケットから出て来たのは、鳥の照り焼きをはじめとする様々な料理だった。美味しそうな匂いが執務室に漂い始める。ぐぅと静かに空腹を主張する。その前に、話をすることがった。


「そういえば」

「はい?」

「今度の休みに、引っ越しでも良いか?」

「…大丈夫です」

「の割には、顔が強張ってるぞ?」

「いえ、あの、使用人の方もいらっしゃるんですよね?」

「まあ、クロヴィス家の面子もあるからな…。それは譲歩できないんだ」

「分かってますぅ…」


本当に分かっているのだろうが、そこまで整理がつかないか。家族以外の誰かとも一緒に住むということも、少しだけ理解ができない。


「ネージュ、母上が選んだ選りすぐりの手練れ者たちだから安心して良い」

「手練れ…」

「ああ。執事一人、侍女三人、調理人が二人、庭師兼御者が一人の七人だな」

「…多い」

「少数精鋭にしてもらったから、多くない。こればかりは慣れるしかないな」

「……はい、ガンバリマス」


苦い顔のネージュに笑いを嚙み殺す。表情をころころと変えて見せるネージュは、少し頬を膨らませたままバスケットの中の料理を取り出した。机の上に食器を並べて、ジェラールの隣に戻る。


「…食べますか」

「ああ」


もきゅもきゅと、食べるネージュを横目で見る。登城の件を言わなければならない、のだが。言えないなあ。だが黙ってることもできない。食べてから、と思いながらジェラールは鳥の照り焼きに手を付けた。


「美味いな」

「ありがとうございます。ジェラールさまの推す鳥の照り焼きは美味しいですね」

「だろう?」

「鳥も柔らかいし、味付けもしっかりしてて。お義母様のお料理も食べてみたいです」

「この前のは料理長の料理だったからな。また、来ると良い。母上も楽しみにしているから」


ネージュはコクリと頷いた。白銀の髪が揺れて、まるでカーテンの様にネージュの表情を陰らせた。


「…んっ」


指を伸ばして、髪を小さな耳に掛けた。頬を膨らませたまま、びっくりとした顔でネージュは耳を抑えてジェラールを見る。頬が赤く染まっていく。この子は照れ屋だなあ。


「ネージュ」

「はぁい」

「君は食べてる時、幸せそうな顔をするな」

「そーですか?」

「見ている俺も幸せな気持ちになる」

「…ジェラールさまは、」

「ん?」

「とてもお話してくださいますね、お顔も柔らかくて」

「そうか?」

「はい。初めてお会いした時に、こんなにお話してくださるとは思ってもいませんでした」


ネージュに言われて、ジェラールはふと考える。叔母のマリアが言うように『おっとりした仏頂面』で、まあ間違ってはいない。基本的にのんびりはしている。忙しくてそうも言ってられない日々が続いているのだが。


「…ジェラールさまで、良かったです」

「ああ」

「こんなにも優しくしてくださって、ご両親にも会わせてくださいましたし…」

「いくらなんでも、そこまで冷徹な男にはならんが?」

「いえっ、そういう意味があったわけでは…」

「くくっ、分かってる」

「ううっ」


意地悪です、と続けてネージュは持ってきていた飲み物を呷り飲んだ。食事も進んだことだし、さて、今日の本題に入るか。ジェラールは、ゆっくりと口を開いた。



[視点END]


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