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第21話

「結婚…?クロヴィス団長と、結婚…?」


きょとりとしたネージュに、ジェラールは紙を揺らしながら頷いた。えっと、結婚。というか、この人独身だったのね…。どっちも驚きがある。


「詳しい話は、俺の執務室で話したいんだが…。かまわないか?」

「あ、はい」

「…ネージュ、頼むから迂闊に頷かないでくれ。誰かの同席の確認をしてくれないか」

「え…」


はぁ…と額を抑えながら、呆れ混じりにジェラールは「騎士だが、甘く見るなよ」と続けて言う。どうやら、ネージュの認識の甘さについて言っているのだと気付いた。


「気を付けます」

「頼むよ。一応、今は内密の内容だから、俺ひとりだが…。アドルフの同席を頼む方が良いか?」

「いえ。そういう場合には、自己防衛の魔術も使うことができるので大丈夫です」

「…良いだろう。変な気を起こすつもりもないが」

「威力あるんで、気を付けてください」


そう返されると思ってもいなかったのだろう。ジェラールは目を見開いたあと、くつりと口の端を持ち上げて笑った。


「使ったことが?」

「何度か」

「何度も経験があるのに、どうしてそう…」


何かを言いたそうなジェラールに、ネージュは笑う。ネージュに接してくれる人たちはみんな優しいから、疑うことも忘れかけていた。


「はい、片付けも終わったので行きましょうか?」

「…あぁ」


コトンと薬草の蓋を閉じて、ネージュはジェラールに身体を向けた。待ちの体勢をしていたジェラ―ルも、その動きを見届けて動き始める。


「此処には、いつも誰かが寄るのか?」

「騎士の皆さんですか?そうですね、誰かは顔を見せてくれます。あ、ちゃんとお昼時間とか帰りの時間です!」

「そこは心配していないが、顔を見せて何をするんだ?」

「一言二言お話するだけですよ。もちろん、お仕事の触りがない程度ですけど」

「そうか…」


天幕を出れば、夕日が沈みかけていた。紫色になった空に、帰りが遅れた鳥が飛んで行くのを見ながら、騎士団の本部に向いて歩きだす。


「クロヴィス団長は、寮で過ごされているんですか?」

「ジェラールと呼んでくれ」

「…ジェラールさま」

「さま、な」

「身分は上でしょうし…。今は、さまを付けさせてくださいな」

「仕方がないな。それで、寮暮らしという話か。俺は基本、自宅の屋敷に戻る。どうしても帰れない時は寮にいるがな」

「そうなのですね。マーサさんの食事を食べれて良いですね」


ジェラールは、ネージュの言葉に難しい顔をしたあと「そうだな」と投げやりの返事を返した。ネージュはそれも気にせず、次に気になったことを聞くために口を開ける。


「ジェラールさまは、マーサさんとお付き合い長いのですか?本名で呼ばれていましたけど…」

「アイツとは、騎士団に入ってからの付き合いだな。怪我で退役してから、寮の管理人をしているんだが…。そうだな、十年少しの付き合いになるか」

「十年も!深い仲なのですね」

「…その言い方、なんか嫌だな」

「ふふふ」


眉間に皺を寄せたジェラールに、ネージュは声を出して笑う。けれど、否定しないジェラールは、マーサと本当に仲が良いのだなあ。騎士たちのそういう繋がりは、見ていて心地いい。あぁ、仲間って良いわね。


「次は俺の番だな。ネージュは、他の国にも居たのか?」

「居ましたよ。あまり長い間居たわけではないんですけど」

「この国に居ようと思ったきっかけは?」

「みなさんの人柄の良さ、でしょうか」

「人柄?」

「他国の流れ者というだけで、案外嫌われるんです。でも、この国の人はちゃんと受け入れてくださったのです」


あの町の人たちに、また会えるかしら。そう思いながら、ネージュはジェラールと並んで騎士団の本部へと足を踏み入れた。


「あの町は、君にとって過ごしやすい場所だったか?」

「とても。でも、ここも過ごしやすそうですから」

「そうか。なら、良いんだ」


とても過ごしやすい町の、大本である首都もきっと過ごしやすい場所になるだろう。そんな気がした。ネージュは、ジェラールが開けた扉を潜り執務室に入る。


綺麗に整えられた執務室は、騎士団団長の部屋だと言われなければ気付けない。騎士団って、書類を溜める印象が強いんだけど、この人はそうじゃないのね。書類仕事もこなせる騎士ってそうそう居ないと思う。


「ネージュ?」

「あ、いえ。ジェラールさまは、書類仕事も出来るんだなと思いまして」

「…出来るというより、しなきゃならないことだからしている、という感じが強いな」

「専属の文官はいないんですか?」

「いるよ。でも、他の部隊長の能力を補うために充てている」

「まあ…」


あらあら。部隊長ということは、一体誰なのかが想像がつく。やっぱり彼等は脳筋なのね。文官に尻を叩かれながら、書類仕事をしているところまで想像が出来た。苦手そうだものねえ。


「ネージュは騎士団について詳しいのか?いや、うちの国じゃなくて故郷で」

「内部事情はあまり詳しくありません。前線にいたので、前線についてしか知らないんです」

「そうか」

「何か必要とする情報があるんでしたら、知っている範囲ですが喋りますよ?」

「いや、今はないな」

「いつでも聞いて下さいね。まあそうならないことを祈るばかりですが…」

「そうだな。ネージュ、好きな所に座ってくれ」

「はい」


促されて椅子に座れば、ジェラールはネージュの正面に座った。ネージュをしっかりと見据えて、王命が下ったという時点の話をし始める。


「さっきも言ったが、君の身柄の安全の確保、そのほかの保障を含めて、俺との婚姻の王命が下った」

「…ジェラールさま一択なのですか?いえ、他の誰かとかいう悪い意味とかではなく…。その、ジェラールさまに王命が下ったという理由が分からず」

「クロヴィス公爵家は、王家と縁が深いからな。なんでもかんでも俺に言いつけるんだ」

「…言いつけ」

「あぁ、悪い意味で捉えないでくれ。王とは交友があってな、『ネージュと知り合いなら、知り合いと結婚するのが良いだろ』とのことで。すまない、王命と合っては俺が何を言っても通らなくてな」


王族と縁が深い公爵家。結構な身分の方だった…。騎士団長という役職もあるから、それなりの身分だとは思ったのだけど。今日は驚くことばかりだ。


「王命の契約婚ということだが、一先ず俺の両親と顔合わせがあるんだが良いだろうか?」

「それは、良いのですけど…。私、見ての通り教養とかないですよ?」

「それは追々身に着くことだ。必要最低限のことが出来ればそれでいい」

「軽いですね…」


それで良いのだろうか。けれど、それ以上はそのことについて言及することはなかった。ということは、本当に必要最低限のことが出来れば良いのだろう。必要最低限ってどこまでのことを言うんだろう…。


「契約婚ということは、契約終了もあるということですか?」

「ないとも言い切れないが、終了がある結婚も嫌じゃないか?」

「それもそうですけど…」


だが、そこにネージュの感情は関係ない気がする。きっと、好きになっても置いて行かれてしまう可能性もある。


「俺から申し出ることはないだろう」

「ですが、王命がそう決めれば拒否できないのでは?」

「王も人でなしではないから、安心しろ」

「はあ…」


安心しろと言われても、安心できるだろうか。今はまだ分からない。視線を下げながら、ネージュは考えを巡らせる。結婚について王命だから拒否権はないし、このままジェラールと結婚することは間違いないだろう。


「不安なことは、今潰しておこう。他にはないか?」

「…婚約者様が居たのでは?」

「居らんが」

「えっ」

「なんだその顔は」


そんな馬鹿な、そういう感情が顔に出ていたのだろう。ジェラールに突っ込まれて、ネージュは頬を押さえた。もみもみと頬を押さえていると、小さな溜め息が聞こえて来る。


「そ、それで婚約者様はいないと…」

「あぁ。仕事と私、どちらが大事なの!と言われることも多く…」

「まあ…。それは、大変でしたね」


多く、ということは何度も白紙に戻しているのだろう。大変だな、地位のある人って。身分も収入も容姿も申し分ない、というよりネージュにとっては恐れ多いぐらいだ。故郷を追われた身の人間を、こんな良い人に嫁がせても良いのだろうか。


ネージュの情報は、すべて国に挙がっているとみて間違いないだろう。それを知ったうえでの、王命ってよく分からない。


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