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第16話

[ジェラール視点]


「失礼します!」

「…なんだ、こんな早くに。始業の鐘も鳴ってないぞ?」

「団長のお耳に入れておきたいことがありまして、ご報告に参りました」

「報告?」

「はい」


始業の鐘が鳴る前に、部下のひとりがジェラールの執務室に来ていた。ジェラールは、鍵付きの引き出しから書類を取り出しながら、報告に耳を傾ける。


「昨夜の警らでも、子供たちの行方は依然分からないままです」

「国を出た可能性も高いな…。それで?」

「はい。それから、ネージュさんの使い魔がスラム街の屋敷に地下を発見し、そちらを捜索したのですが、中身は既に逃げた後のようで」

「ネージュの使い魔が?待て、その屋敷の報告は受けてないが」

「今しているところです。それに団長、夜半に起こすと機嫌悪いじゃないですか。だからこれは副団長に相談済みです」


あぁ言えばこう言う騎士は、にたりと笑って副団長のエクトルに責任を擦り付けた。暫く待てば、エクトルからの二重報告があがってくるというわけだ。やんちゃなのも構わないが、適宜連絡ぐらいはしてほしい。何かあった時に、責任も取りようがない。馬鹿ではないから引き際は解っているつもりだろうが…。


「一応まとめてきました報告書にも上げてます通り、何者かによる魔術の痕跡あり。こちらは未発動のまま、現場保管をしています。結構胸糞悪かったんですけどね…」

「次から次へと。で、その魔術についてなにか進捗は?」

「魔術師団の方にも問い合わせたのですが、どうも地域特有のものらしく。こちらも手掛かりなしです」

「魔術が地域特有で分からん、と?」

「はい」

「奴らは馬鹿か。寝言も寝て言えと伝えろ。万が一これが暴発した場合、責任取るのは魔術師団だぞ。書類にその旨は記載しているだろうな?」

「勿論です。団長、相変わらず魔術師団長と仲悪いんですか?」


ジェラールは、部下からの言葉を聞き流すように大きく溜息を吐いた。俺とアイツの話はどうだっていいんだよ。うろついていた不審者の話が、子供を何人も誘拐するという大きな事件になるとは思わなかった。


花祭りが途中に終わったこともあって、いつもなら見込めている国の利益も少ない。寧ろ、ワイバーン襲撃のせいで損失の方が大きかった。ジェラールが気にするところではないが、来期の予算は大幅に削られることだろう。この忙しい時に、何がどうしたっていうんだ。


「団長、一度ネージュさんに見解を聞いてはどうでしょうか?」

「彼女に見解を聞いたところで、事態は進まないだろう」

「僕たちからは見えない視点で、何かが見えてるかもしれませんよ。それに、もう騎士団の一員なんでしょう?」


あぁ言えばこう言う。二度目だが、そう思わずにはいられなかった。部下に言われて、ジェラールは眉間に皺を寄せ口を噤む。一員というか、騎士団の治癒魔術師として登録はした。そういえば、住宅の手配も出来たと言っていたし、一度はどの道呼び出さなければならない。そのことに、ジェラールはまた溜め息を吐いた。


「良いだろう。ネージュを呼んできてくれ」

「はい!」

「あぁ、待て。どうせ今行っても彼女は診療の途中だろうから、夕刻でいい」

「承知いたしました!あ、夕食一緒に食べていいですか?」

「は?」

「夕食に誘うって、前に言ったんで。どうせなら一緒にと思いまして」

「…もう好きにしろ」


それ以外の、そしてそれ以上の言葉が出て来なかった。ネージュの存在がワイバーンの襲撃以降、部下たちの中で大きくなっているのは気付いていた。一部は、もはや崇拝というところにまで達している。あの子の何がそんなに惹きつけるのだろう。一般的に見ても愛らしい容姿だと思うが、それだけであそこまで崇拝はされない。


「よく分からないものだな」


ひとりごちて、ジェラールは書類に向き直った。机に向く仕事、これが一向に減らないのどうなっているんだ。遠征に出たいとまでは思わないが、鍛錬を減らしてまで書類仕事をするべきだろうか。いや、騎士は身体が資本である。いざという時に団長である己が動けないのは、笑い話にもならない。書類仕事はほどほどにして、鍛錬の量を少し戻すとしよう。


「――団長。またネージュ・アルナルディが!!」

「はぁ」


ほら来た。ジェラールは書類から顔を上げて、溜め息を吐いた。午前中も始まったばかりだというのに、ため息ばかり吐いている気がする。ジェラールは勢い良く入って来た茶髪の男を見やった。


「エクトル…お前な、もう少し静かに入って来れないのか」

「それよりも!また、ネージュ・アルナルディが!」

「やかましい。お前が来る前に既に報告を受けてある」


持っていた報告書らしき書類を握り絞め、今にもキィィィと唸り始めそうな幼馴染からジェラールは視線を離して書類に戻した。それでも、エクトルの気は済まなかったのか足音を立ててジェラールの前に立つ。書類の上に、握り締められていた報告書が置かれた。


「…お前なあ」

「夜半にネージュ・アルナルディとスラム街の屋敷に入ったと報告を受けた」

「あぁ、既に報告を受けた」

「なぜ、ネージュ・アルナルディがそこに出て来る?一般人だぞ」

「彼女の使い魔が見つけたらしいが、彼女が一般人なのも今日までだぞ」

「ハ?」


コイツにも一応報告してあるんだが、とジェラールは記憶を漁る。それでも、分かったような素振りを見せないエクトルに、ジェラールは引き出しから一枚の書類を取り出した。ネージュが騎士団所属の許可を受けた書類である。


「ん、なんだこれは」

「今日付けでネージュ・アルナルディは騎士団の治癒魔術師となった、という書類だ」

「はっ、はぁああ!?」

「全員に通達を出しているから、お前が知らないのはおかしいんだがな?」


口を開けて固まるエクトルは、その書類に何度も目を走らせる。握っている紙の隅がどんどん皺が寄っていく。一応、大事な書類なんだけどな。


「オレはっ、絶対にネージュ・アルナルディを認めない!」

「好きにしろ、俺はお前の感情なんぞ知らん。言っただろうが、国があの娘に目をつけると。その通りになったけだ」


ギリギリと歯ぎしりの音が、かすかに聞こえて来る。そこまで嫌うのは何故なんだ。部下の崇拝も気持ち悪いと思うが、コイツの意味の分からない敵意も気持ち悪い。


「くっ」


そんなジェラールの感情にも気付かないエクトルは、ネージュ・アルナルディを思い出す。天使だなんだと部下に持て囃される力のない女。そんな女が、自分の大事な騎士団を引っ掻き回しそうで、嫌だった。


「それよりも、エクトル」

「…なんだ」

「魔術師団との橋渡しを頼む」

「なんだ、まだ魔術師団長と仲が悪いのか?」


それさっきも言われたな。そう思いながら、ジェラールはネージュの書類を取り返して引き出しに片付けた。やっぱり、紙の両端はくしゃくしゃだった。力込め過ぎだ、馬鹿め。


「俺とアイツのことはどうでも良い。どうも魔術師団でも魔術の見当がつかないと報告が上がって来ていてな」

「ふぅん。ジェラールの苦手なことを引き受けるために、オレは副団長になったわけだし。それは引き受けるけど」

「よろしく頼む。あと、今夜の食事にはネージュも来るとのことだ」

「は?」

「夕方、彼女が此処に来るからそのついでだと」

「は?」


言葉が出て来なくなったエクトルを置いて、ジェラールは書類に視線を落とした。ああ、計算が間違っているぞ。新人の騎士が作った書類を戻すべく、張り紙をしておく。あ。そう言えば、そろそろ経費の書類も作らなければならない時期か。クソ忙しい。やはり、文官を増やすべきなのだろうか。


「ネ、ネージュ・アルナルディが夕食に…?何故?!」

「前から誘ってたんだと。詳しい話は知らん。俺は見ての通り、書類があるから現場の方頼む」

「あ、あぁ…」

「それから。夕食だが、無理しなくて良いぞ」


ジェラールの言葉に返事をしないまま、エクトルはふらふらと執務室を出て行った。最初の勢いから比べて、何をそんなに落胆することがあるというのだろうか。ただ、一人の女性が野郎どもばかりの夕食に来るというだけで。


やはり、よく分からんな。


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