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第13話

「私の家族が探しに行ってくれている間に、騎士団の方に詳しいことをお話しましょう。皆さんも、よく見かける子供の位置などの把握をお願いします!」

「えぇっ、子供が居なくなったのか!?」

「はい。ミアちゃんなんですけど、誰か見てないですか?」

「いいや、そういえば今日はまだ見ていないな」

「親御さんに連絡入れろ!確か、母親が炊き出しの手伝いと、父親が復興の応援に居るはずだ!」

「おう!」


こうしちゃいられないと、住民たちが蜘蛛の子を散らすようにバタバタと動き出す。話を聞きつけた騎士がネージュの下に駆けつけて来た。それはネージュが高台の上で治療して、他の部隊との連絡係を兼ねている騎士だった。


「ネージュさん!子供が居なくなったって」

「私もまだ詳しいことを聞いていないんですが…」

「同席しても良いですか?」

「ぜひ」


不安そうに手を繋いでネージュを見上げる子供たちに、ネージュは再び膝を着いて安心させるように微笑んだ。そして、その冷えた小さな手を取る。温めるように、包み込んで目を合わせる。


「大丈夫よ。私の家族も探しに行ったし、大人たちも探しに行ったから、きっとすぐに見つかるわ」

「お姉ちゃんっ」

「ミアちゃんが居なくなったのは、いつからか分かる?」

「えっと、かくれんぼしてたの。ちょっと前に。私が鬼だったから、ニルとミアを探してたんだけど、ミアだけがどうしても見つかんなくて」

「うん」

「私がミアをかくれんぼに誘わなきゃよかったっ」


そんなことないよ。そう言い切ることも出来なくて、ネージュは口を噤む。すると一緒にしゃがみ込んだ騎士が、口を開いた。


「僕も昔、かくれんぼした時に見つからないように、誰も知らない場所に隠れてたことがあってね。それはもう街中がひっくり返るぐらい騒がれたことがあるんだよ」

「え、それで、どうだったの?」

「騎士の人に見つけてもらったんだ。だから、だから僕は行方不明者を探すの仕事に就きたくて騎士になったんだ。隠れるのも上手だからね、探すのも誰よりも上手なんだよ」

「…お兄さんが見つけてくれる?」

「頑張るよ」

「…絶対に、ミアを見つけてね」

「うん」


騎士は立ち上がって、子供たちの頭を優しく撫でたあとネージュに振り返った。少し離れた場所を指さして、ネージュと共に子供から離れる。


「今、副団長がこの件に当たっているんです」

「副団長さんが?」

「事態をあまり大きくしたくなくて、副団長止まりとも言うんですけど…」


いや、それなら他の騎士がジェラールに言っていたような気がするんだけど。ネージュは言わなかったけれど、数時間前のことを思い出していた。副団長とて、黙ってはいられないだろうから時期にジェラールの元へ情報が行くはずだ。


「それじゃあ、僕は一度この件を伝えに戻ります」

「よろしくお願いします」

「ネージュさんも何かあれば、報告してくださると嬉しいです」

「分かりました」


子供たちはそれぞれの親が迎えに来た。隅の方で、事情を聞いたミアの両親が顔を覆い隠している。誰も、我が子が攫われるなんて思いもよらない。早く、一刻も早く何事もない姿で帰ってきて欲しい。ネージュは願わずにはいられなかった。


けれど、今のネージュには仕事がある。注目を集めるように、大手を振って声を上げた。


「診療の方、再開しますね!」


これでまた患者は増えるだろう。不安は伝染するから。いまだ、眠れない夜を過ごす住民たちも多い。目をつぶれば、ワイバーンが襲ってくる映像が蘇るものが多かった。ジェラールたちが討伐したとはいえ、心に残した傷は大きいもので。半壊した街が、その恐怖を蘇らせることもあった。


すべてが元通りなんて、なりはしない。分かっているけど、元通りになればいいとネージュは思うだけだった。


「――今日はどうされたんですか?」


天幕に入って来た住民を、安心させるようにネージュは微笑んだ。


夕刻。

ネージュの下に若い夫婦が訪れた。不安そうな表情をして、そう、それはまるで先刻見た子供と同じような表情で。


「どうかされましたか?」

「突然すみません、うちのダリウスを見てませんか!?」

「えっ」


そして、五人の子供が行方不明になったと情報がネージュの下に集まって来た。事態を重く見た騎士団で捜索班が急きょ組まれて、任に当たった騎士たちが散らばるように駆けて行く。


「あ。ヴェーガ、どうだった?」


捜索から戻ったヴェーガがネージュの天幕に姿を見せる。ネージュの言葉に、居なかったというように首を横に振った。揃って溜め息。


「困ったわね…。私、探索能力ある訳じゃないし、お手伝いできないわ」


見上げて来るヴェーガの頭を撫でながら、ネージュはひとりごちる。さてどうしたものかと、視線を下げた。私を頼って来てくれた子は、私なら見つけれると思っている。でも、私にはその術がない。


「ヴェーガはこのまま捜索に当たって頂戴。街中だから、私のことは気にしないで」


ヴェーガの目とかち合う。馬鹿なことを言うなと言いそうな目つきで、ネージュを見ている。けれど、ネージュは捜索に当たれない自分の代わりを頼んでいるのだ。


「私は、この天幕を離れることが出来ないの。私の診療を待っている人が居るから、子供たちの捜索の手伝いも出来ない。だから、ヴェーガ。お願い」


ネージュは、ヴェーガの首筋に顔を埋めた。ヴェーガの息遣いがすぐそこで聞こえる。会話が出来るなら、きっと頭ごなしに否定し噛みついたことだろう。阿呆抜かせと。己はネージュを守るために居る存在なのだと。


「ネージュさん、少しいいですか?」

「はい、すぐに行きます。ヴェーガ、お願いね。探してきて頂戴」


必ずよ。ネージュはヴェーガにそう念を押して、天幕を出た。残されたヴェーガは、小さく息を吐いて身をひるがえす。主人に言われた通り、居なくなった子供を探すために。なんだかんだネージュの願いを反故することは出来ないのだから。甘いものだ。


天幕を出たネージュを迎えたのは、先ほどの子供と約束をした騎士だった。ネージュを見て小さく頭を下げて口を開く。


「――五人どころか十二人も行方不明になってました」

「は?」

「スラム街の子供も行方不明になっていたんです。聞き込みで判明しました」


資源豊かな大国であっても、スラム街は存在する。けれど、ネージュが知るスラム街よりは、ずっとずっと優しい場所だ。


「子供が十二人も…。一体どうして」

「分かりません。対策本部を設置することになったので、一応ご報告をと思いまして」

「そうですか…。あの、私の使い魔を走らせています。何かあれば、私の方からも報告させていただこうと思います」

「ネージュさんには、何から何まで世話になって申し訳ないです」

「いえ。お気になさらないでください」


とはいえ、子供を攫う犯人をネージュの力では見つけることが出来ないだろう。ヴェーガが何か持ち帰ってきてくれれば話は変わるのだが、それは期待出来ない。ヴェーガとて探索に強いわけではないのだから。


複数の子供を攫ってどうしようというのだろうか。働き手にするにはまだ幼いだろうし、人身売買に賭けようとでもしているのか。いや、目を見張るほど美しい子供は居ない筈だ。けれど、小児性愛者というのは存在するから需要はある。


「ネージュさん?」

「闇市場というのは存在するんですか?」

「ええ、うちも豊かですが悪党と言うのは存在しますからね」

「人身売買の手は?」

「視野に入れています。今夜オークションが開かれる予定なので、それに潜伏する手筈も整えています」

「…何かあればお手伝いするので」

「ありがたいお言葉です。何かあれば、ネージュさんにも報告入れるようにしますね。ですが、どうぞ内密にお願いします」

「分かっています」

「よろしくお願いします。それでは、僕はこれで」


去っていく騎士の背を見て、ネージュは小さく息を吐いた。早く見つかってくれることを祈るしかない。日が沈みかける空を見ながら、ネージュは天幕に戻った。片付けをして、それから診断書をまとめなければならないし、薬草の在庫も確認しなければならない。することは、山ほどあった。


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