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第12話

「…君が、祖国でどんな罪を背負わされているのか知らないが、うちの国では関係のないことだ。ちなみに、祖国はどこにあたる?」

「トラバルトです」

「トラバルト」


仲が良いか悪いかと言えば悪い方だ。とんでもないものが出て来たような気がした。ジェラールは、書類にそのことを追記しながら片手で目頭を押さえる。


「それで、トラバルトで治癒魔術師をしていたのか」

「はい。十六から前線地区の所属していました」

「…待て。君は今いくつだ?」

「二十三です。何かおかしいところが?」

「いや。二十三か、若いな」


十六で治癒魔術師になった。うちの国では、十六から治癒魔術師について学び始める段階だ。才能があれば、搾取される。何処の国でも同じだが、闇が深いのには間違いない。そして冤罪。十あまり年下の娘にが背負うには、少々重たい出来事に臓腑が重たくなる。ジェラールは書類から顔を上げれば、遠い目をしたネージュ・アルナルディが居た。


「君は」

「あ、どうかネージュとお呼びください」

「…ネージュは、今後どうしたい?」

「え?」


ぽかんとした顔になるネージュに、年相応の表情を見た気がしてジェラールは苦笑いを浮かべる。


「どうしたいって…」

「身柄を預かることになっているが、自由を奪い拘束したいわけでもないんだ」

「自由を、与えてくれるんですか」

「奪ってないからその言葉には語弊があるな」

「すみません、驚いてしまって」


ネージュは指先に視線を落として、少し考えているようだった。『自由…』と呟いて、ネージュは口を噤む。考えてもいなかったという風にも見えて、ジェラールは内心首を傾げる。


「…ずっと、怖かったんです。いつかバレると思っていたから」

「それで」

「バレたら、どうなるんだろうとか色々と考えて。今の状況が受け入れることが出来ない」

「だが、ネージュ。君は自由であることを願っていたんじゃないのか?」


こくりと頷いて。ネージュはジェラールを見た。恐る恐ると口を開く。


「――…騎士団の中で、生きていけということは分かりました。でも、本当に自由で良いんですか」

「かまわん」


ほぅと息を吐いて、ネージュは小さく微笑んだ。それはまるで、吹っ切れたような笑みだった。ジェラールは今の瞬き一つの間に、一体何が完結したのか分からなかった。困惑して見せたり、コロコロと表情が変わる。


「どうしたいか、なんですけど。今ははっきりと分かりません」

「そうか。分かったらでいい、教えてくれ」

「はい」

「それから。君の能力的にも使わないままで居るのは惜しい」

「はい?」

「だから、うちで働いてもらうことにした」

「えっ」


たった今、決めた。陛下が『利用するのも手』だと言っていたのを思い出したから。うちの国でも治癒魔術師は、数が少ない。ネージュは向上魔術も使えるから、騎士団には最適の能力を持っている。ジェラールは、立ち上がって真新しい紙を取り出す。そこに、思いつく限りの求人情報を書き出す。


「給金も当然出すし、休暇もある。うちの寮は野郎しかいないから、少し離れた所に部屋を借りる。うちで経費として落とすから、家賃は気にするな」

「…え、そんな好待遇で良いんですか?」

「普通だろう」


好待遇と言うほどでもないが。ジェラールが求人情報を書き出した紙を差し出せば、ネージュは受け取って目を走らせる。そして、またこくりと頷いた。紙を二つに折り込んで、机の上に置いた。


「えっと、よろしくお願いします」

「ああ。あとで雇用の契約書を用意するから、署名してくれ」

「分かりました」

「引っ越しの手配しよう。家の方は、すぐに用意するから。こちらで計画を立てても?」

「はい。待っている間、中央の救護所の手伝いをしてても、いいですか?」

「寧ろ、こちらから頼むと言わなければならない。急に呼んで悪かった」


ネージュは何てことないかのように首を横に振って、ゆるりと立ち上がった。


「改めて、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく頼む」


ネージュ・アルナルディが騎士団の治癒魔術師として、登録されたのはその翌日のことだった。


[ジェラール視点END]


―――




ネージュは、ジェラールとの面談を終えたあと救護所に戻って来ていた。ようやく落ち着きを取り戻し掛けている救護所は、襲われた時の衝撃や死に直面しかけたことにより、トラウマになっている人たちの相談の場にもなっていた。


「ありがとうね、ネージュちゃん」

「いえいえ。いつでも相談に来てくださいね。何でも良いので、気にかかってることがあればおっしゃってください」

「分かったわ。ネージュちゃんが居てくれて、とても心強いわ」

「ふふ。そう言ってもらえると、私も治癒魔術師冥利尽きます」

「本当にありがとうね。今夜は寝れることが出来そうだわ」

「軽いお薬なので安心して使ってください」

「分かったわ。じゃあ、次が居るだろうから私はこれで」


ネージュは、治癒魔術師だけではなく薬師としても役に立っていた。治癒魔術師兼薬師であるネージュの下には、何人もの患者が集まる。町医者から提供される診断書を見ながら、診察を進めていくネージュは人気があった。


それはなにも大人だけではない。次に天幕に入って来たのは、三人の子供たち。ネージュが診ている患者でそれぞれが心に傷を負いながらも、日常に戻ろうと必死になっている子供たちだった。


「ネージュお姉ちゃん!」

「はいはい、今日はどうしたの?寝れなかった?」

「違うの、あのね!!」


困ったような顔をした三人の子供たちが、ネージュの下に寄って来る。ネージュを囲うように集い、子供たちが一斉に口を開いた。


「居なくなったの!」

「ミアが!ミアが!!」

「どうしよう、かくれんぼしてただけなのに!」

「待って。落ち着いてちょうだい」


ひどく混乱している様子の子供たちは、ネージュの服を握りしめ必死に伝えようとしていた。ネージュはしゃがみこみ、子供たちと視線を合わせる。


この子供たちはよく救護所の周りで遊んでいて、ネージュも気を付けるようにと声を掛けていた。不審者がいると小耳に挟んでいたからだ。子供に声を掛けているだけだというが、いつ攫うかも分からない。


「ネージュお姉ちゃん、どうしよう!?どうしたらいいの?!」

「しぃー。大丈夫よ、落ち着いて。騎士の人にも声を掛けてみましょう」


三人の頭を順々に撫でて、ネージュは立ち上がる。騎士に伝えるよりも先に、ヴェーガに辺りを見てもらった方が早いだろう。そう判断して天幕から出たネージュは、首から下げていた呼び笛に手を掛けた。息を吹き込めば甲高く綺麗な澄んだ音を響かせて、視線を集める。するとどこからともなく、建物の物陰からするりと姿を見せたヴェーガに、周りが蒼然とした。大型の狼の姿で、魔物と言うよりも美しい姿であったが、その姿が一層畏怖を抱かせた。


「な。なんだあれは!」

「あ!ま、待って待って。私の使い魔です!大丈夫です!!」

「お嬢ちゃん、使い魔まで使役してんのか!?」

「はい。色々とあったもので…」


驚く住民や騎士を尻目に、ネージュは苦笑いを浮かべる。戦場帰りとは大きな声で言えないもので。ネージュは寄って来たヴェーガの背を撫でた。さらりとした毛皮は相変わらず美しい。


「ヴェーガ、子供が居なくなったの。探してきてくれる?」

「くぅ」

「ええっと、この子たちと同じぐらいの背丈よ。女の子で、栗色の髪で目は青銅の色よ。お願いね」


承知したと言わんばかりにグルリと喉を鳴らして、ヴェーガは駆けて行った。


ヴェーガの背を見送って、ネージュは子供たちに向き直る。安心させるように、大丈夫だと伝えるために。


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