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第11話

[ジェラールSide]


「ネージュ・アルナルディという治癒魔術師について、以上か?」

「はい。報告に上がっている分で言うと、ですが」


ジェラールは国王の執務室に居た。長椅子に座ってネージュについてまとめた書類を机に置く。正面に座る国王のほっそりとした指がその書類を取って、王家の証である碧眼が書類の上をすべる。


「他国な。それは分かっていないんだな?」

「はい、呼び出しますか?」

「いや。あぁ、そうだな。お前の所で話を聞いといてくれないか?ついでに、そのまま身柄を預かっていてくれると私も嬉しいな」

「はい?」


国王の言葉に、ジェラールの動きが止まる。この人は今なんて言ったのだろうか。目を瞬かせながら、口の中で復唱する。『身柄を預かれ』と言わなかっただろうか。誰が?誰を?脈絡から言えば、俺がネージュ・アルナルディを。そんな馬鹿な。


「陛下、騎士団も忙しいのですが」

「ん?」


その一言にすべてが詰まっている返答。ジェラールはそれ以上言い募ることができなかった。返答を考えるべく頭を回していると、書類から視線を上げた国王の碧眼が細まる。


「――騎士団の者たちが、彼女に貢いでいるという噂を聞いたんだがな?」

「み、貢いでいる」

「違うのか?」

「…あいつらの言葉を借りるなら、違うと」


貢いでいるのは違うと思う、多分。一応だけれど、念のために言っておくとして。国王は面白そうに笑っていた。冗談にしては少々タチが悪い。ジェラールは、もう隠すことが出来ず大きな溜め息を吐いた。


「はあ…」

「そういえば。街の方はどうだ、ジェラール」

「…前の通りには戻らないでしょう」


その言葉に、今度は国王が大きく息を吐く。街は元には戻らないと分かっているけれど、胸が痛い。魔物の襲撃の多い所ではあったが、まさか自分の代でこんな大きな襲撃が起こるとは思ってもいなかった。年内に、修繕できるだろうか。


「陛下?」

「いいや、なんでもない」


ジェラールの不思議そうな視線から逃れるように、首を横に振って。国王は口を開いた。国王としてすることは、他にもある。


「ジェラール」

「はい」

「ネージュ・アルナルディは、お前に任せる」

「任せる、とは」

「好きにしろという事だ。実力があるなら利用するのも手だぞ」


国王の言葉に、ジェラールは曖昧に頷いた。利用までは考えていなかった。業務に差し支えが出ても困るからだ。だが、こう言ってくださっていることは覚えておいてもいいだろう。


「彼女の能力を借りる場合、報告はどのように?」

「いらん。彼女が国にとって利益を出すか否か、その報告だけで良い」

「陛下。ですが、それではあまりにも…」

「かまわんよ。ワイバーンの襲撃の中助けに来るお人好しなのだから。国を傾ける力もあるまい」

「警戒して損はないと思うのですが」

「なら、私の代わりに警戒しておいてくれ」


頼んだよ、と国王が笑って手を振った。下がれという合図にジェラールは、すべての言葉を飲み込んで頭を下げる。


「ご用命がありましたらいつでも」

「ああ」


執務室を出て、自身の執務室に戻る。その際に、くだんの騎士たちが寄って来た。ひとりはネージュが死の淵から救い上げた騎士だった。特にネージュに懐いていて、いつも特大の贈り物をしようと引き留められている。


「どうかしたか?」

「いえ、お顔が見えましたので!」

「…そうか」


ジェラールはきらきらの笑顔でのたまう騎士に眩暈を感じた。そして、執務室について入って来る。まだ何かあるのだろうか。


「団長、ネージュさんを騎士団に誘うことって出来ないんですか?」

「は?」

「ネージュさん、また田舎に帰っちゃうんですって!」


どうにかならない?どうにかならない?そう雰囲気を醸し出しながら、ジェラールを見て来る騎士に小さく溜息を吐いた。どいつもこいつも。


「ネージュ・アルナルディについては、騎士団で預かることになっている。本人は今どこに?」

「本当ですか!?ネージュさんは街の中央区にある救護所の応援してます!」

「中央か。確か、中央にエクトルが居たな」

「はい!」


ジェラールは鳥の呼び笛を取り出して、窓を開け放ち甲高い音が青い空に響く。数分も待たずに、大きな鳥がジェラールの防護布を巻いた腕に留まった。


「フルス、エクトルを呼んできてくれ」


走り書きの手紙を持たせて、再び空に飛ばせる。悠々と輪を描いて中央区へと飛んで行く。数時間もすればエクトルがネージュ・アルナルディを連れて来るだろう。それまでに、この騎士を定位置に戻して、溜まっている書類を捌かなければならない。


「ネージュ・アルナルディについての報告は、後ほど全体に上げるからお前は仕事に戻れ」

「はい!絶対ですよ、団長!」

「…あぁ、分かってるさ」


何度も念押しされてしまえば、一周回って鬱陶しさもなくなる。手を振って部屋から出したあと、今日一番の溜息が出た。椅子に座って、天井を仰ぎ見る。仕事が増えた。やっとれん。


「…帰りたい」


もう何日も家に戻れていない。何がある訳でも、誰が待っている訳でもないのだが、帰ってゆっくりとしたかった。ギシリと音を鳴らしながら、姿勢を正す。現実逃避をしていたって仕方がない。書類がなくなるなんてことはないし。


「団長、ネージュさんを連れて来ました」

「あぁ、入れ」

「失礼します」


入って来たのがエクトルではなく、街の修繕工事を手伝わせている騎士だったことに眉をしかめる。肩を震わせた騎士は、ジェラールを見ておずおずと口を開いた。


「エクトルはどうした?」

「ふ、副団長は不審者の対応をしています」

「不審者?そんな情報は受けてないが…」

「昨夜から二区から三区に掛けて子供に声を掛けている者が居るようで、怖がった親が救護所に押しかけて来たんです」

「仕事を増やす馬鹿もいるようだな」

「そ、それでは失礼いたします!」


チラリとジェラールを見た騎士が、足早に執務室から出て行った。残されたネージュ・アルナルディは事態が飲み込めていないのか、呆然とした顔でジェラールを見ている。


「先日は、助かった」

「…いえ」

「そこに座ってくれ」

「失礼します…」


ネージュ・アルナルディが椅子に座ったのを見て、ジェラールも正面に腰掛けた。表情一つ見逃すつもりはない。


「あの、それで私が呼ばれたのは…?」

「先日の応援についての礼と、君の身柄についてだ」

「みがら」


ネージュ・アルナルディの青空を切り取ったような青い目が、一瞬影を帯びる。何かあるな、そう思った。面倒くさいことにならないことを祈りつつ、ジェラールは机の上に置いていた書類を捲る。


「入国は二年前、で合ってるか?」

「わ、私何か罪を犯したのでしょうか?」

「罪?」

「だって、こんな…騎士団の本部に呼ばれる理由が、見当たらなくて。いえ!確かに治癒魔術師の資格もなく治癒魔術を使ったので、お咎めはあると思っているんです」


でも…。そう言って俯いたネージュ・アルナルディの銀糸の髪が、さらりと揺れた。それを見ていたジェラールは、そのつむじを見て一つ。


「うちの国は、治癒魔術師の登録はあるが資格などは設けていない。それに君のおかげで、助かったのも事実だからお咎めはない」

「えっ」

「なんだ。他にやましいことがあるのか?」


顔を上げたネージュ・アルナルディはジェラールの顔をまじまじと見た後、何を言われたのか理解したのか慌てて首を横に振る。


「や、やましいことなど!」

「でも、何か言いたいことがあるのだろう?君はうち預かりになったのだから、先に言っておかなければならないことは言っておいて欲しい」


ジェラールの言葉に、ネージュは視線を下げた。


「…私の身柄を預かって、どうするのか決まっているなら先に教えていただけますか?」

「君の回答にもよるが…。そんなに言えないことをしているのか?」

「…私は故郷で冤罪を背負わされて、永久追放されているのです」

「は?」


下がった視線は上を向くことなく、ネージュ・アルナルディはぽつぽつと喋り始めた。


「冤罪、というのは」

「謂れのない罪です、と言っても信じがたいことだと解ります。でも、やっていないものはやっていないんです」


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