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第7話

「姉さん姉さん、見て行かないかい?」

「まあ、綺麗な指輪ですね」

「そうだろう!フォルモンド国原産の宝石を使ってるんだ」

「綺麗な色をしてますけど、この石の原色なんですか?」

「ああ、この輝きは魔力を宿しているから出ていてね。色自体も珍しいんだよ」

「あら、魔法石が露店に出回るなんて」


恰幅の良い壮年の店主に呼び止められたネージュは、その手元を覗き込む。きらきらとした青色の石は、見たこともない輝きをしていた。魔力を宿す石―魔力石と呼ばれているその石は、滅多に市場にも出回ることのない希少なものだ。ネージュの知る限りでは。


「この国ではよく取ることができるから、子供のお守りとして親が持たせたりするんだ」

「へえ、お守りに」

「この国は魔物が多く出るだろう?この石を加工して、防御陣を一回だけ張れるようにするんだよ」

「そんなことも出来るんですか?」

「加工職人が別に居るんだけどね。加工するかい?紹介するけど」

「いえ…」


店主は、その青い石のついた指輪を持ち上げてネージュに持たせる。本当に魔力石のようで、じんわりと手のひらが熱くなった。目測でネージュの小指に合う大きさだろう。石は大きくなく、そして派手というほどでもなく、何の変哲もない手を飾ってくれる気がして。


「店主さん、これいくら?」

「1050ゴールドだよ」

「えっ、それは少し安すぎないかしら?」

「この国じゃあ、それぐらいだよ。その大きさだしね」

「じゃあ、これで」

「はい、まいどあり」


可愛がってあげてくれよ、と店主が手を挙げてネージュは頭を下げた。素敵な買い物をしてしまった。装飾具を買うなんて、ネージュの人生でこの方初めてのことだった。自分で小指に嵌めて、太陽にかざして見る。美しい青色が輝いていた。


「ふふ」


気持ちが上を向いて、ネージュの頬も緩む。ヴェーガにあとで自慢しよう。素敵だと褒めてくれるような気がした。他の露店も回ってみようと、ネージュは歩き始める。多国籍の人が入り混じるなか、休憩がてら騎士が以前持ってきてくれた果実のジュースを飲んでみたりして、ネージュは抱いていた緊張が杞憂だったことを知る。


「あ、ネージュさん!?」

「はいっ!」


いつかのように後ろから声を掛けられて、ネージュは肩を跳ねさせ上げた。そして、おずおずと振り返る。そこに居たのは、見覚えのある騎士たちでいつものように騎士団の服を着ていた。


「あ、こんにちは」

「こんにちは。もう来られていたんですね」

「はい。警ら中ですか?」

「残念なことに、そうなんです」

「でも、遠征じゃなくて良かったじゃないですか」

「他の部隊は遠征に出てるんですけどね。確かに遠征と比べればマシです」


くつくつと笑う騎士たちにネージュも笑う。すると、一人の騎士が背後から顔を覗かせてネージュの手元を見る。


「魔法石、買われたんですか?」

「そうなんです。とても可愛くて、一目惚れをしてしまい」

「うちの国の特産なんです。他国より安く買うことが出来たでしょ?」

「ええ、あんなに安くて良いのかと戸惑ってしまいましたが」

「はははっ。魔法石扱う露店なら、ドルクのおじさんかな。俺がついて行けばもっと手ごろに買えたんですけどね」

「いえ、この安さで驚いてるのに、もっと安くなってしまったら逆に買えないですよ」


ネージュの言葉に、再び騎士たちが笑い声をあげる。笑いが収まる頃に、騎士たちの後ろから青年が走って来る。


「すみませんっ、ノガ地区で乱闘が」

「ああ、分かりました。じゃあ、俺たちは警らに戻りますが、何かあれば呼んでくださいね」

「ありがとうございます。頑張ってください」

「では、失礼します」


乱闘があるなんて、一体何がどうしたのかしら。みんな、それぞれ気分が高揚しているのもあるのかもしれないわね。


事態の収拾のために走って去っていく騎士たちを見送って、ネージュも再び散策を進めるために歩き始めた。フォルモンド国の王都は、魔物の襲撃が頻繁にあるため要塞のような作りをしているという。魔物の襲撃が多いというのにも関わらず、歴史的建造物も数多く残っていることから鉄壁の要塞と呼ばれることもあるそうだ。


「すごいなあ」

「――お、お嬢ちゃん。その花を持っているという事は商人か何かなのか?」

「いえ、薬師なんです。王都に来たばかりで、今日は手持ちがないんですけど」

「へえ、若いのに」


夫婦なのだろうか、声を掛けて来た男性の横に居た夫人がそう呟く。やっぱり、若いって言われるのね。この国の薬師の平均年齢っていくつぐらいなのかしら。私で大幅に下がらないかしら。


そう考えていると、頬に手を当てた夫人が少しだけ考えたあと口を開く。


「最近ね肌荒れがひどいのだけど、何かいい方法ないかしら?」

「肌荒れ、ですか」

「そうなの。今は化粧で隠しているけれど、赤みがすごくて」

「かゆみはどうですか?」

「少しだけヒリヒリするぐらいよ」

「そうなのですね…。いつ頃から、とか記憶ありますか?」

「…毎年、この時期なの」


ネージュは視線を下げて考える。毎年、この時期になると頬の肌荒れがひどくなる。この国の、今の時期――夏は日差しが特に強い。考えるなら、日焼けによる肌荒れだ。けれど、考えるならもう一つある。


「冷たいものを食べたり、飲んだりしてないですか?」

「え?」

「冷たいものを取り過ぎると血流が滞るんです。その時に、肌の調子も乱れることがあって」

「…記憶に、あるわ。すっきりさせたくて、冷たいものをよく飲むんだけど」

「身体が冷えるとあまり良くないんです。なので、出来るなら常温のものを飲むといいでしょう」

「治るの?」

「はい。いつも通りのお肌の手入れをしていて、食べ物や飲み物に気をつければ改善されていきますよ」

「そう!良かったわ。薬師のお嬢さん、お礼はどうすればいいかしら」

「お礼だなんて」

「それはだめよ!ちゃんとお礼は受け取らないと。ね、あなた」


この国の人、お礼にこだわりを持ち過ぎでは?ネージュはそう思いながら、首を横に振る。けれど夫人はそれを拒否するように手を振った。それを見ていた、男性が夫人の言葉に頷きながら口を開く。


「ああ、そうだな。ところで、お嬢ちゃん。その指輪は魔力石かい?」

「あ、はい」

「じゃあ、それに防御陣を組み込むのでどうだ?」

「加工職人さんなんですか?」

「あぁ。しがない加工職人だがな」

「そんな、魔力石を加工できる職人は一部だと聞いていますから」

「この国じゃあゴロゴロいるよ」

「でも…。いえ、ではこの石の加工でお願いします」

「承知した」


頷いて手を差し出す加工職人の男性に指輪を渡す。工房に行ったりするのかな、と見ていれば淡い青色の光が手のひらに集まって来る。え、ここで?


「わあ」

「凄いでしょう。あんな風に言うけど、これでも国一番の加工職人なのよ」

「本当に凄いですね。魔力が綿密に操作されて、防御陣を編みこんで行ってるのが分かります」

「分かるの?」

「少し、勉強したことがあって」


魔力に関することは治癒魔術師として勉強済みだ。言葉を濁しながら伝えれば、夫人は目を見開く。『才能があるのね』と小さく呟いたのを聞き取ったけれど、言葉の深追いはせずにネージュは男性の手の中をじっと見つめた。


希少な魔力石が手の届く価格で売られていて、親が子供のお守りに購入するというフォルモンド国の伝統に眩しく思う。ネージュは、親にそういったことをしてもらった記憶がなかった。だからこそ、眩しく思うのだ。


「ほら、出来たぜ」

「わ、なんだかさっきより輝きが増したような気がします」

「職人である俺の魔力も少し混じっているからな」

「なるほど…。ありがとうございます。まさか、加工してもらえるとは思ってもいませんでした」

「ふふ、また違う魔力石を買ったらうちにおいで。ネオ地区に工房があるからね」

「はい!その時はぜひ」


それじゃあね、と歩いて去っていくふたりを見送って、ネージュは指輪に目を落とした。すごい、さっきとは全然感覚が違う。石の中を浮遊していた魔力が、統一されている感じがする。


「すごいのね、加工職人って」

「――お嬢さん、次はワシの相談に乗ってくれないか?」

「えっ?」

「その次は、私の相談をお願いね」

「えぇっ」

「まあまあ。立ち話もなんだしカフェを使わせてもらおうか」


ネージュは、婦人たちの会話を聞いてた人だかりに気付かずポカンと口を開けた。相談会ってこと?これから?え、花祭りの花の影響力って凄まじいのね。


「最近、消化不良を起こしとるのか、胃の当たりが気持ち悪いんだが…」

「はい。それは―」


それから、ネージュはカフェに誘導されて行き交う人々の相談に乗り始めた。ありがとうと頭を下げて、そしてお礼のものを置いて去っていく。


「さっきのご婦人の相談なんだけれど、もう少し詳しく教えてくれないかしら」

「あ、はい」


去って行った人が新たな人を呼び、どんどんお礼の荷物が増えて行く。絶対にお礼をしないという人は居なかった。せめて対等対価のお礼でお願いします、というネージュの叫びは届かないほどに。これって、フォルモンドの国民性かしら。


「もう僕で最後にしないと、キリがないですね」

「あ、アラン様!」

「こんにちは、ネージュさん」

「こんにちは。あの、実行委員だとおっしゃってたのでは?」

「露店巡回の途中なんですけどね、人だかりと噂を聞いて来たんです」

「まあ。そんなに、噂が?」

「ええ、若い薬師が新しい目線で相談に乗ってくれると」

「まあ…」


それで、人が絶えなかったのか。ネージュは、姿を見せたアランの言葉に息を吐いた。ちょっと疲れて来ていたから、ありがたい。


「この方で最後なの?」

「ええ。もう夕刻に差し掛かってますし」

「なら仕方ないわね。明日見掛けたら、声掛けさせてくださいね」

「ええ」


去っていく人たちを見て、アランがパチンとウィンクする。その姿はベラとよく似ていた。甥っ子と伯母というだけあった。


「アラン様、ご相談と言うのは?」

「いえ、特にないんです。お疲れのようでしたから、お声がけさせていただいて」

「そうだったんですか。助かりました、ありがとうございます」

「断れない性格なんですね」

「頼られちゃいますと、やっぱり…」

「ははっ、あなたらしくて良いじゃないですか。僕は巡回の途中なので、これから仕事に戻りますが、花はそこの花瓶に挿しておくと良いですよ」

「御助言ありがとうございます」

「それじゃあ、気をつけて」

「アラン様も」


にこやかに手を振って去っていくアランに、ネージュは緩く笑って手を振り返した。本当に疲れた。花を花瓶に挿しながら、辺りを見渡す。良い匂いが漂っているから、夕食用に何か軽食でも買って帰るとしよう。


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