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第6話

「手足がずっと冷たかったのでは?」

「はい、なかなか寝付けないと言っていました。特に冬場は」

「魔力が循環しないので、身体の末端の体温調節も上手くいかないことも弊害であげられてるんです」

「な、なるほど」

「今日一日で治るものではありませんから、治癒魔術師にかかると良いでしょう」


寝台に腰掛けたベルターの傍で再びひざまずいて、冷え切った手を取る。ネージュが行うのは応急処置だけ。今からベルターに行う施術は、ネージュの魔力をベルターに流し込んで循環を促すものだ。七日間施術を行えばネージュの魔力に慣れる場合があり、それだとベルターに何かあった時にネージュ以外で対応が出来なくなってしまう。それだけは、避けなければならないことだった。


魔力の詰まりによる循環不全は、複数の治癒魔術師が関わることで魔力の慣れを回避することができる。けれど、ネージュ一人の力では治せない。ネージュが出来るのは応急処置の施術あと、詳細に指示書を書いてアランに持たせることだけだ。


「それじゃあ、施術を始めますね。ゆっくり呼吸をしてください」


ネージュはベルターの手を優しく握り、魔力が流れ込む意識をするが、詰まっているせいでどうしても流れ込まない。まずは、詰まっている場所を探さなければならない。目を閉じて、ベルターの滞りを見せる魔力の流れをじっくりと辿る。


「あぁ、詰まっている場所が複数ありますね」

「複数、ですか」

「心臓付近と目元です。少し、大きな詰まりですね」


ベルターを診たという治癒魔術師は、これに気付かなかったのだろうか。そのことが不思議でならないが、稀にしか見掛けない病でもあるから見落としたのだろう。それか、ここまで大きく詰まりを見せていなかったか。


「ネージュさん?」

「いえ。あとで指示書を書くので、それを治癒魔術師に渡してください。ベルター様、寝台に横になっていただけますか?」

「…ああ」


ネージュは立ち上がって、ベルターに横たわるように指示をする。ベルターが、気怠そうに横たわるのを見ながら少しだけ考える。この様子では、短期での回復は見込めないだろう。長期戦になるのは明らかだった。


「違和感があったら手を挙げて教えてください」


言葉のあと、ネージュはベルターの心臓部分と目元に手を当てる。両手から放たれる淡い白い光が燐光を散らす。アランが目を見開きながら、その様子を見ていた。詰まりをほぐすためには、魔力を上から当てるしかないのだ。ゆっくりと、時間をかけて、まるで詰まっている魔力を溶かすように。


「苦しくないですか?」

「大丈夫だ…。君の魔力は、温かいな」

「よく言われます。治癒魔術師としては最適の魔力だって」


ほっとベルターの顔が緩んでいく。魔力の詰まりがあるだけでも、呼吸の仕方が変わって来る。浅い呼吸で、ずっとしんどかったことだろう。ネージュは、心臓付近と目元の魔力の流れが始まったことに気付いて息を吐いた。今度は魔力の流れを操作しなければならない。一度に詰まりを解消した場合、今度は急激な循環に身体が追い付かなくなるからだ。


「詰まりがほぐれたので、魔力の流れの方に移りますね」

「きみ、魔力は大丈夫なのか…?」

「ええ、大丈夫ですよ。治癒魔術師になるには魔力の多さも必要なので」

「治癒魔術師、か」

「今はしがない薬師ですけどね。違和感とかありますか?」

「いいや、ないよ」

「良かったです」


ネージュはゆるりと笑ってから、目を閉じた。魔力の流れが急激に変わったのを、指先でやおらかに調節していく。もう二度と詰まらないように、穏やかに小川の様に流れて行くために。


「ネージュさんは、こういった父みたいな症例の人を見たことが?」

「はい。治癒魔術師になって、最初の患者さんがそうでした」

「その方は、無事に…?」

「元気にされていますよ」


きっと。その言葉までは続けずに、ネージュは当時の元騎士を思い出す。魔力がうまく使えなくなって、騎士を引退しなければならなくなったことを悔いながら、どうにかツテを伝って、ネージュたちの新人治癒魔術師の所にやって来た。回復して診療所を去って行ったから、いま何をしているのかはネージュも知らない。


「魔力の詰まりを解消して、一先ず循環の方も問題ないように応急処置しておきます」

「応急処置ということは、まだ治療が必要なんですね」

「そうですね。一日では治すのは難しいですから。それに一度魔力が詰まった場合は、また再発する可能性もやっぱり少なからずあります。定期的に治癒魔術師に検診としてかかる方が良いでしょう」


つい、と指先を離して目を開ける。流れは正常になっているようにも見えた。今だけかもしれないし、ずっとこの調子で問題ないかもしれない。しかし、それが分かるのは天の神だけだろう。ネージュは、起き上がるベルターを見て微笑んだ。


「先ほどまでと比べると、顔色がよくなりましたね」

「あぁ、本当だ…。父上、調子はどうですか?」

「驚くほど随分と楽になったよ…」

「…父上」

「ベラに君を呼んでもらって、本当に良かった」

「でも、これから付き合っていく可能性のある病ですからね、ベルター様」

「分かっているよ。定期的に治癒魔術師にかかるようにする」

「では、指示書の方を書いておくので、のちほどアラン様にお渡ししておきます」

「よければ、テラスを使うかい?天気が良いし、うちの庭は見応えがあるよ」


ベルターの柔らかな表情に、ネージュは首を横に振った。大きな荷物もあることだし、先に宿の方にも顔を出しておきたい。ネージュはそう思いながら口にすると、ベルターの目がアランに向いた。


「一度、宿の方に行こうと思っているので…」

「そうか。アラン、お前もしかしてネージュ殿をそのまま連れて来たのか?」

「…ええ、まあ」

「まあ、ベルター様。そうアラン様を怒らないでくださいな」

「ネージュ殿がそういうなら…。しかし、あとで話は聞くからな」

「はい、父上」


厳しい声音だったけれど、そこに非難の色はなくて。アランはこれからベルターによるお話があるかもしれないが、それはきっと静穏なものになるだろう。家族の温もりに触れた気がした。


「ネージュさん、ありがとうございます」

「いえいえ、私でお役に立てて良かったです。七日間はこちらで宿泊する予定なので、何かあれば呼んでください」

「ああ、分かりました。そうだ。ネージュさん、夕食一緒にどうですか?母にも君を会わせたい」

「ありがとうございます。まだ、決めてなかったのでお言葉に甘えてもいいですか?」

「もちろんです。では、夕刻に宿まで遣いを出しますね」


宿は朝食以外付いていないことを思い出し、ネージュはアランの誘いに頷いた。そういえばテーブルマナー、大丈夫かしら。


「マナーは大丈夫、気にしないで気軽なものですから」

「あはは…。お気遣いいただきありがとうございます」


また顔に出てたのかな。ネージュは苦笑いをこぼして、はるか昔に習ったテーブルマナーを夕刻までに思い出すことにしたのだった。


❀~❀~❀~❀~❀


昨日に続いて、青い青い空が広がる王都は更に活気づいていた。様々な所で旗がひらめいていて、音楽を奏でて居る音が聞こえて来る。


「わあ」


ネージュは、ひらめく旗を見ながら感嘆の息を漏らす。見たことも、感じたこともない賑わいで圧倒される。


「お姉さん、良ければ花を持ちませんか?」

「え?」


栗色の髪をした少女がネージュに近付いて来て、色とりどりの花を差し出して見せる。ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐって、ネージュは目を瞬かせた。何の意味があるって言ってたっけなあ。


「お姉さん美人だけど、彼氏とかいますか?」

「い、ないです」

「じゃあ、恋人募集の花を持ちますか?お姉さん、きっといろんな人に声かけてもらえますよ?」

「うーん…。恋人は求めてないから、商売繁盛の花にしようかなあ」

「商人さん?」

「うんん、町の薬師だよ」


今度は少女がぱちぱちと目を瞬かせる番だった。綺麗にリップが塗られた唇で、薬師と言葉をなぞる。そうして、ぱぁっと顔を明るくしてネージュに身を寄せた。


「お姉さんお若いのに薬師さんしてるんだ!じゃあ、商売繁盛の花が良いですね!わあ、凄いなあ」

「他の人にも言われたけど、薬師の年齢って高いの?」

「そうですね…。私が知る限りでは、大体お歳を召していると言いますか」

「そうなんだ」


そりゃあ、騎士も『お若いのに』というわけだ。ネージュは少しばかり納得しながら、少女の手持ちの花を覗き込む。


「うん、やっぱり商売繫盛の花にするよ」

「はい、じゃあこのオレンジの花を持っていてください。もしかすると、商人の方が花を見掛けて話しかけてくるかもしれないですが、交渉のお話だったりするので、時間があるなら話を聞いてみてくださいね」

「丁寧にありがとう。花配り、頑張ってね」

「はい!ありがとうございます」


オレンジ色の八重の花を受取ったネージュは、その花に顔を寄せて甘い匂いを嗅ぐ。これが王都でしか咲かない花。帰りに一本買って帰ってみようかな。王都の土と庭の土を混ぜてみても、根がつかないのだろうか。花は咲かないんだろうか。気になって来たネージュは、帰りに花を買うことを決めて辺りを見渡す。


色とりどりの花を持った老若男女が街を闊歩している。さまざまな場所で、話が行われているのを見ながら、ネージュは出ている露店を回ることにした。



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