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第3話

ベラがネージュの手を握って、満面の笑みを浮かべる。つられてネージュも笑みを浮かべた。王都に行く機会もないまま、この町に住んでいる。機会があるなら、行ってみても良いだろうとネージュは頷いた。


「まあ、ありがとう!早速弟に連絡してみるわね!」

「分かりました」

「丁度、王都で花祭りっていうお祭りがあるから、それに合わせて行けるようにするわね」

「え」

「ステキなお祭りなのよ!」

「お祭り…」


パチンとウィンクをしたベラに、ネージュは目を瞬かせた。ネージュは参加したことがなかったけれど、生まれ育った街でもそういったお祭りはひっそりと行われていた。国境近くの街だったこともあり戦火と隣り合わせで、裕福な暮らしは誰しもできなかった。祭りも国には知られないようにと、静かに行われていたものだ。


「それじゃあ、ネージュちゃんまた日程が決まったら連絡するわね」

「お願いします」


綺麗なワンピースを身に纏った少女たちが、とても楽しそうに踊っていた素敵なお祭りだったと、遠目から見ていたのを覚えている。懐かしい気持ちになりながら、ネージュはベラの家を後にした。


「あ、ネージュお姉ちゃんだ!」

「ほんとだ!こんにちは」

「はい、こんにちは。みんな、学校帰り?」

「そうだよ!姉ちゃんはベラおばさん家に行ってたの?」

「うん。よく分かったね」

「ふふ、出て来るの見たからね!」

「そうだ!あのね、お姉ちゃん!」


見上げて来る幼い子供たちの頭をそれぞれ撫でて、ネージュは視線を合わせるために身を屈める。目をキラキラと輝かせる子供たちは、ネージュにあれこれと話かけた。今日あったこと、今日の授業は難しかった、さまざまな話をネージュに聞かせる。


ひとしきり喋って満足すると、するりと手を振って背を向けた。ネージュはその子供らしい気紛れさに、頬を緩ませながら背中に向けて声を投げかける。


「気を付けて帰るんだよー!」

「はあい!またね、お姉ちゃん」

「またね」


駆けて行く子供たちを見送って、ネージュも歩き始めた。


この町に来て二年、ようやくこの町に馴染めたように思う。ネージュはこの町にたどり着くまでに、さまざまな場所に身を寄せたけれど、結局は馴染むことが出来ずに住処を変えて来た。流れ者、余所者、そう言われてしまえば落ち着くことさえできなかったのだ。


けれどこの町は、それを気にしない。流れて来たネージュに優しく声を掛け、空いていて日当たりのいい物件を紹介した。町ぐるみでネージュを迎え入れてくれたことを、ネージュは今でも忘れない。


大陸でも一位二位を争うほどの武力を持ち、そして資源があって豊かで、それが民の性格にも出ているのか、誰しもがひどく穏やかだった。気性が荒いと言われている騎士団でさえも、ネージュからすればひどく穏やかなもので。


「あ、ネージュさん」

「わあ…」


騎士団のことを考えていると、騎士たちが来る。知らなかったな。夕日が辺りを赤く照らすなか、大手を振ってネージュに声を掛ける集団に、ネージュは苦笑いをした。泥で汚れているけれど、大きな怪我をしている様子のない騎士たちに、ネージュは軽く頭を下げた。


「お疲れ様です。みなさん、今日はこちらでお泊りですか?」

「はい!帰るにも時間が押してるので、宿泊所で泊まらせていただくことになりました」

「そうだったんですね。確かに最近は魔物も活発化しているようですし、安全な時間帯に戻るのが一番良いですね」

「ネージュさんは、どこか行かれていた帰りですか?」

「はい、お薬の納品に」

「ネージュさんのお薬はとても効くと、評判良いそうですね。前に家を訪ねる時に、よく効く素晴らしい薬師とおっしゃっていましたよ」

「とんでもないです。師事しているおばあ様の指示書があるからですよ」

「そんな謙遜を」


この町に居る薬師の老婆が作る指示書は、ネージュも見せてもらっている。この人にはこの薬が効く、効かない、この薬を与えると体調を崩すなどといった記載がある指示書があるからこそ、ネージュも安心して薬を作りが出来ていた。


「ネージュさん、お若いのに薬師できているの凄いですよ」

「事前の知識があったからです。それに、私はまだまだなのは事実です」

「きっと王都に来ても、仕事あると俺は思うんですけどね」

「私、この町が好きなんです」

「そうですか。俺たちも、よくこの町に遠征に来るんですが良い町ですからね」


この町に来て、一番に訪ねたのがこの老婆のところだった。突然、流れ者が薬師を始めても利用者はいないから、とネージュは薬師を探して老婆の所を訪ねた。治癒魔術師だったことを告げれば、ありがたいことに『別に跡継ぎも居ないから弟子入りで良いよ』と師事を受けさせてもらうことができたのだ。治癒魔術師になるには薬草から薬を作る勉強もあったことから、すんなりと薬師の仕事には慣れた。


「そうだ。王都と言えば、どこか観光するところありますか?」

「えっ!王都に来てくださるんですか?!」

「はい。出張ですけど、王都に行く用事が出来まして」

「まじか!空いているやつらで、案内しましょうか?」

「うーん、目立つので大丈夫です」

「ですよね!」


ワハハハと笑う騎士たちに、ネージュも頬を緩ませる。なんだかんだと言っているが、別に悪い人たちではないのをネージュも分かっている。ちょっと、お礼の度が過ぎているだけで。もう数ヵ月も経っているのに、いまだ贈り物を用意しては持ってきているのだから、度が過ぎていると言っても過言ではないだろう。そして、まだ次の贈り物があるというのだから、言うまでもないだろう。


「それじゃあ、うちの寮で夕食会でもしませんか?」

「夕食会、ですか」

「はい!野郎ばっかりですけど、寮母さんと料理するのが趣味の奴もいるんですよ。ネージュさんに命救ってもらった奴がそうなんですけど」

「嬉しいお誘いですけど、他の方々は不審がってませんか?」

「なんでですか?」

「なんでって」


この場に居る全員がそう思っているようで、ネージュは困ったように頬を掻いた。今の状況が少しおかしいことに、この人たちは気付いていない。クロヴィス団長も、これじゃあ困っているだろうなあ。改めてこちらからご挨拶した方が良いのだろうか、とネージュは頭の隅で考えながら口を開く。


「あのお二人は元気なんですよね?」

「はい!ピンピンしてます」

「だったら、もう贈り物もやめにしませんか?」

「それは朝もお話したように、待ち構えている野郎が後ろに控えてますので…」

「団長さんも困られているでしょう?事あるごとに、この王都外れの町に来ていただいては私も申し訳ないですし」

「確かに、団長は不思議そうな顔をしていますけど…。これは、俺たちの気持ちなんです。二人の若手の命を失うと思ったあの恐怖を、きっと年老いてもずっと忘れることは出来ません。しかし、偶々その場に居合わせたあなたが、その命を救い上げてくださったという奇跡も、また忘れることが出来ないんです」


まるで、お礼の仕方がそれしかないように言う騎士に、ネージュは諦めることにした。彼らの気が済むまで受取ろう。それで彼らが満足するならば。できれば、今朝の果実の様に量が多くないことを祈るだけだ。


「分かりました。ですが、あの場に居た騎士の方だけのものを頂きます」

「えっ」

「一度、見知らぬ顔の騎士の方がワンピースを下さったんです。サイズが大きくて着れていませんけど…」


ネージュの言葉に、目を見開く騎士は一瞬何か考えるようなそぶりをして、すぐに表情を取り繕った。それは、ネージュの目でも明らかだったけれど、何も言わずに騎士の言葉を待つ。


「それは、そうですね…。それは多分別の部隊の奴ですね。ネージュさん見たさに押し掛けたのかもしれないので、ワンピースは質に入れるなりなんなりしてください。俺等は一応、ネージュさんの使えるものを選んでいるつもりなんで」

「使えるもの、ですか」

「はい。使えないものを送っても、荷物になるだけでしょうし」


そこまで考えれるのに…。いや、気が済むまで受け取ると決めたのだから、野暮なことは考えないでおこう。爽やかに言い切った騎士に、ネージュは今朝貰ったばかりのカゴいっぱいの果実を思い出す。


「それでも、あの果物は量が多いです」

「はははっ、ご近所さんと分け合ってくださっても良いですよ。あれ、王都では美容に良いという噂がある、今流行りの果物なんです」

「美容に」

「そう言うと、貰ってくれそうでしょう?」

「ふふ、そうですね」

「じゃあ、暗くなってきたのでお送りします」

「すぐそこだから大丈夫ですよ」

「そんなわけにはいきません」

「歩いてすぐそこなのに…」


行きましょうかと穏やかに笑う騎士たちに、ネージュはまたも諦めることにした。送ってくれるというのだからお言葉に甘えるとしよう。町だから魔物が出ない、というわけでもないのだから。といっても、歩いてすぐそこに家があるのだが。


夕焼けが深い紫に移り変わる時、ネージュは騎士たちに囲まれながら帰途に就いた。

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