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第2話

「…え?こんな完璧な治癒魔術見せておいて?」

「本来なら、少しずつ時間をかけて治していくものです。ですが、今回は死の淵から引き上げるために、一気に治しましたから…。所作的に、あまりよろしくはないのです」


ネージュは立ち上がって、膝に着いた土を払う。ヴェーガが寄って来て、ネージュの肘あたりに顔を突っ込んで身を寄せる。漠然とした気持ちでそれを眺め、先に我に返った騎士がネージュに話しかけた。


「…分かった、戻り次第うちの治癒魔術師に診せる。ところでお嬢ちゃん、あそこの町の子かい?」

「はい、元は他国からの流れ者ですけどね。今は薬師をしてます」

「勿体ない。王都へ上がっては来ないのか?」

「そう、ですね。でも今の暮らしが穏やかで気に入っているので」


深くは語ろうとせず、ゆるりと口元だけで笑むネージュに騎士は何も言わず口ごもる。訳ありだと思われてしまった、とネージュは思うが助けたことに後悔はない。治癒魔術は助けるための力なのだから。


「雨、止んできそうですね」

「あ、ああ」

「この近くで討伐を?」

「…そうだ、昆虫型が居てな」

「遭遇しなくて良かったです、薬草を取ってたので」

「だが、此処で遭遇できたことは、神に感謝せねばなるまい」

「そうですね、私も此処に皆さんが飛び込んできてくださったおかげで、お二人の命を救いあげることが出来ましたから。フォルモンド国の神に感謝します」


雨音がゆっくりしたものになり始めた頃、再び木々の奥が騒めき始めた。騎士達が、剣に手を掛けて、そこを注視する。息を潜めて、此処で戦闘なんて考えたくないとネージュも思いながら短剣に手を掛けた。


「――居たぞ!」

「なっ、団長!?」

「応援なのに団長出て来てんの!?なんで!」


年若い騎士が、まるで嘆くように叫ぶ。けれど、それは嫌悪やそういう感情は含まれていない。寧ろ喜びにも似たような声音で、ネージュはヴェーガと目を見合わせた。がさがさと木々の奥から出て来た、騎士団の姿に歓声が上がる。


「あれ、応援部隊の方ですか?」

「あぁ、コイツ等が倒れた時点で救援依頼を出していてな。まさか、団長が来てくださるとは思わなかったが」

「団長さんが」


木々の向こう側から顔を見せた長身の男。剣を鞘に戻した騎士たちが歓声を上げながら、泥が跳ねるのも気にせずに駆けて行く。さすがに、さっきまで重傷だった騎士は動いていないけれど、それでもその表情は明るかった。


見ているだけでも、慕われているのが分かる。生まれ故郷の騎士団は、こんなことはなかった。誰も彼もが生きることに、生き延びることに必死だったから。ネージュはずっと騎士団の傍に居たけれど、こんなにも慕われている人を見たことがなかった。


「あの?」

「いえ、雨も止んだしそろそろ私は帰りますね」

「えっ、助けていただいたことを団長にもお伝えしなければなりませんし、それに、まだお名前も伺ってません」


お礼を、と続けた騎士にネージュは首を振る。治癒魔術師なら当然のことをしたまでだ。だから、お礼は必要ない。けれど、そう伝えることもないまま、ネージュはヴェーガの頭を一撫でした。


「では、失礼しますね」

「あのっ――」


団長という長身の男の周りを囲む騎士を尻目に、ネージュは足早に去った。帰りに泥まみれのカゴを回収しに行けば、想像通りに泥まみれで、帰宅後一番にすることは薬草の泥を落としながら、ヴェーガを丸洗いすることだった。



*****


ネージュが洞窟で騎士団の若手団員を救ってから、数日も経たずに洞窟に居た騎士たちが姿を見せた。町で薬師はネージュと老婆だけで、すぐにネージュの家は知られた。


そして、入れ代わり立ち代わりと、ネージュの家を訪れる騎士たちは、その手に何かしら贈り物を持っていた。ひと月、ふた月と、月日が流れても、騎士たちは感謝深く贈り物を持ってきている。


「ネージュさん!」

「ま、また来られたんですか?」

「はい、こっち方面の国境に魔物が出たとのことなので!これ、お土産です」


玄関を開ければ、満面の笑みを浮かべた騎士が居て、ネージュは目を瞬かせた。どうぞと差し出されるカゴいっぱいの果実。今回は食べ物かあ。前回はワンピースだった。ネージュには少し大きかったけれど、着れないこともないと仕舞っている。その前は、薬草を薬にする道具一式、更にその前は剪定用はさみだった。どれも、使うことができず仕舞っているけれど。


「あの、お礼は要らないんですよ、本当に」

「いえ、そういうわけにはいきません」

「でしたら、もうこれで十分ですので」

「ですが、まだ待ち構えている野郎が後ろに控えているので」


お礼は要らないと再三伝えたけれど、騎士たちは一向に聞く耳を持とうとしなかった。一度、一緒に訪ねて来た団長という男―ジェラール・クロヴィスは、心底不思議そうな表情をしてネージュを見ていた、というのをネージュはよく覚えている。しかし、ネージュも同じような表情をしてジェラールを見ていたことだろう。なにせ、お礼は要らないと伝えているのにも関わらず、何かしらの贈り物を持って来るのだから。


正直言うと、困る。ここまで、過剰なお礼をネージュは知らないからだ。


「あの、こんな来るたびに持ってきていただけて、悪いです」

「感謝の気持ちですので」

「気持ちは気持ちでいただきます、だから」

「では、俺はこれで部隊の方に合流しますので」

「話を聞いて下さいっ」


ネージュの叫びを、騎士は爽やかな笑顔で聞き流す。そして、また来ますと手を挙げて去って行った。そのまま仲間たちと合流して、討伐任務に就くのだろう。頑張ってほしいと思う反面、もう来ないでほしいとも思う。その広い背を見送ったあと、ネージュは大きく溜息を吐いた。


「…また、頂いちゃった」


ネージュは貰ったカゴいっぱいの果実を見下ろして、しゃがみ込みカゴの中に手を入れる。どれも新鮮なものばかりだった。しかし、毎日食べるにしても量が多すぎる。一人と一匹暮らしなのを、あの騎士は知らないのだろうか。


「半分はジャムね」


ヴェーガがカゴを覗き込んで、果実を一つ口に運ぶ。庭で食べるつもりなのだろう、彼女は美しい容姿をしているけれど、とても大雑把な性格なのだ。そのまま庭に繋がる道を歩いていくヴェーガを視線で追った後、ネージュはまた溜め息を吐いた。


カゴいっぱいのフルーツを持ち上げて、ネージュは家の中に入る。これから支度をして、薬草を届けに行く予定が入っているのだ。手持ちがついた小さなカゴに、薬と予備の薬草を詰めてネージュは家を出る。


「――ねえ。ネージュちゃんって、王都に出張って可能かしら?」

「王都に出張、ですか」


依頼人のベラに問われて、ネージュは小首を傾げた。王都に出張か。別に行けない理由はない。友好的な騎士団を見ていて常思うのだが、自分は冤罪であるが国を追われた身だ。国外追放を受けた。けど、追っ手もいなければ、顔が知られているわけでもない。王都に行っても良いだろうと、そう思ってベラを見れば、頬に手を当ててこくりと頷いた。


「そうなの。王都にね私の弟が居るんだけどネージュちゃんの話をしたら、ぜひ弟もネージュちゃんが煎じる薬を試したいって」

「試したい、ということは何処か悪いのですか?」

「消化器官が悪いらしいんだけどねえ。随分と瘦せ細っちゃって、藁にも縋る思いなの」


ベラを含めて町の住人たちはネージュの家に、入れ代わり立ち代わりと騎士が訪れているのを知っているが、その真意は誰も知らないままだ。


ベラ曰く『ネージュちゃんの薬草で騎士さんの命が救われたのよね』ということだったことを鑑みるに、恐らく薬草で命を救ったことにして、ネージュの家を探したのだろう。命を救ったのは事実だから、その騎士たちの言葉は嘘でもなくネージュは感心した。


「それで、王都に出張なのですね。私は構いませんよ」

「本当!?」

「はい」


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