血抜きされたキメラ肉。こいつは――調理するしかない!
朝から仕込みだ! 部位別に分けるため解体作業を営業時間までにしなければならない! といっても、開けるのは夕方だが。うちの店で提供するには量が多すぎるが、どの部位をどう食べるかの研究に当てればそえだけで食材は減ってしまう。こいつはすごいぞ。キメラなんて食ったことのある人間などこの世にはいない! やる価値は大いにある。
そもそもキメラは遭遇率の低い魔物だ。そして、出会うことでラッキーだと思う人間もいない。何故ならその獰猛な爪に引き裂かれることなく、逃げ帰ることができたならば奇跡だからだ。キメラに遭遇したら命はないと思えとはよくガキのころから聞かされたものだ。
軍部でも目撃情報を得たら撤退を考えろと言われるほどの怪物だ。それを、どっかの誰かさんが仕留めた。いいや、正しくは罠を仕掛けて生け捕りにしたといったところか。キメラのドラゴン足の部位を明るい屋内で確認してみたところ、ところどころに氷が貼りついている。
これは、氷魔法の痕跡だ。この時期の冬山にキメラが行くわけがない。こいつは変温動物であるドラゴンの足と蛇の尾を持っている。寒い地方に行くとたちまち運動能力が下がるだろう。
色々感心しながら、包丁を入れていく。キメラを解体していくと問題が発生した。ワシ、ドラゴン、クロヒョウ、蛇と部位ごとに違う生き物に分かれてしまいキメラ料理として提供するにはインパクトが足りなくなった! お品書きに「キメラの頭」と記したとて、出る品は「ワシ」だ。これでは、客が訝しく思うだろう。「これのどこがキメラなんだ」と。
「ううむ。部位が別れたことで味の予想はつくんだがな」
俺はラム酒を煽って亡くなったおふくろのメニューを思い出す。店の名前は「ベラおかんとイーライおとんのごっちゃ煮」
長い名前の店舗で評判が悪かったな。それに、ダサイ。俺なら絶対なしだ! 改名して俺が店長になってやる! と幼心に決心したのが懐かしい。売れ筋はブタとタコの二種盛りだったな。あのころから珍メニューが売りだった。そこだけは俺は守っていきたいって思ったんだよな。血は争えないのかもな。ラム酒が回って来て胸が熱い。
「よし、四種盛りで行こう」
『キメラの四種盛り』はワイルドに男性客向けに提案した。船の形の皿から溢れ落ちんばかりの肉。桃色のワシ肉は、てらてらと輝いている。その隣にサイコロステーキにしたクロヒョウの胴の部分。それにハーブを添えて。更に隣にはドラゴンの足のからあげ。その後ろの隙間に岩塩をそのまま盛る。最後に蛇の部位は特性ソースに漬け込んでからカリカリに焼き上げた。それぞれ異なる触感と味。これなら誰も文句のつけようがない。
最初こそ「キメラ」という字面だけで客はどんなものか勘ぐって首を左右に振っていた。
「おやっさん、久しぶりだね。今日は新メニューのキメラの四種盛りが入ってるよ!」
月に一度やってくる近所のおやじはコカトリスの卵煮込みを選んだ。キメラを拒絶する理由は、曰く「そんな恐ろしいもの食えないよ」だ、そうだ。
順調に客が入り、ドラゴンのテールの皮鍋が出払う中、キメラを注文する猛者が現れた。片隅で今日も寡黙にビールだけを飲んでいたじいさんだ。
「キメラを」
「え、今なんておっしゃいました?」
気難しいじいさんが、新メニューを指で小突いた。
「一度言ったら分らんのか? キメラの四種盛りじゃ」
「あ、あいよ!」
船の皿が大きいのでじいさんのビールジョッキを少しわきにどけてもらう。
「キメラの四種盛りお待ち!」
じいさんは、無言で突き始める。その様子を他の客が圧倒されて固唾をのんで見守っている。
開口一言。
「美味いの」
ざわめきが起こった。
「あのでかいピンクのがキメラかい? マスター」
「あの部位はキメラのワシの部位だよ」
「もちもちじゃな。サーロインの部分は引き締まった赤身で柔らかく風味がいい。香料が鼻に抜けるわい。からあげには岩塩をつけるのかの? こりゃたまらん。ワイルドじゃがあっさりしとる。蛇のところはスナック感覚で手が止まらんわい!」
「じいさんありがとよ! 感無量だよ、全く」
じいさんと思いがけず握手してしまう。じいさんもなんだか照れ臭そうだ。
「
「ほんとかい?」
「ここでしか食えんってのは、それだけで名物じゃよ」
「おお、じいさん。まじか。後でゆっくり話そうじゃねえか」
じいさんは離し過ぎたと思って、黙々と食した。まあ、いつものじいさんだなと思って俺は笑っちまう。
「マスター、こっちもキメラ頼むよ」
「あいよ」
「こっちも!」
「あいよ!」
立て続けにキメラの注文が入る。キメラ肉を今月中に全て使い切ることができそうだ。
「こりゃ、ほんとだったのか。あのキメラかよ。これを頼めば俺も勇者だな」
食器を洗っていると客の感嘆が聞こえてきた。
月一の近所のおやじと例のじいさんが話し合っている。あのじいさん、調子いいな今日。他の客と談笑もするのか。
「ふん、あの勇者の若造は、あまり討伐依頼を受けん。変な話じゃと思っていた。じゃあ、何を倒して飯にありつくのかとな」
「何を生業にしてるのか、俺にはさっぱり分からないけど。じいさんは分かったのか?」
「奴は、大物しか狙わんよ。討伐以外に金を得る方法でも編み出したようじゃ。全く、役場の依頼よりこんなものにうつつを抜かすとはの。わしら役人を小馬鹿にしよって」
「それだけで、毎月食っていけるのか? 俺もいい仕事恵んでくんねえかい? じいさん」
「ふん。自分で探せ……にしても勇者は良い副業をしているよのお?」
じいさんと目が合ってぞっとする。結局誰にも勇者が何で生計を立てているのか分からない。だけど、俺には少し心当たりがある。
なんにしろ、勇者が姿を現わさない今の内にしっかり稼いでおかないと、後で大変な請求がきそうだ!