「臭いのが売りだろうがよ!」
そう、ドラゴンは臭い。今まで幾人もの料理人が食材として選ばなかった理由はここにあると思ったり。だが、よそで食えるものはよそに任せて俺は俺の道をゆく!
「マスター。いい加減にしろよー。臭くて食えたもんじゃねぇよ、こんなの。食べなくても分かる。臭いが口に運ぶまでに邪魔すんの。ゴブリンのしょんべんを飲み水にして生き延びたときの方がマシだ」
これにはさすがの俺も頭に来た。
「ゴブリンの小便だと! ゴブリンの小便は、トマトに酢と鼻くそと、雑草と、最後にフライパンの焦げた鉄を混ぜたようなものだぞ! 昔、面白半分で舐めたから分かる。この世でクソより不味いものだと料理人の俺が認めた味だぞ。それと比べて俺のメニューが劣るだと!」
「おっさん落ち着いて。俺もあれで生き延びたときのことは、思い出すだけで情けなくなる」
「これが落ち着いていられるか。ドラゴンの皮の味はくせがあって良い! これは俺のせいではなくドラゴンの尾の部分がそうだからだ」
「マスター、それそれ。素材の味を生かすのもありだけどさー」
勇者はここではじめてラム酒を煽る。とたん、しゃっくりを一つして顔を赤らめる。
「……わざわざゲテモノを食材に選ばなくてもいいと俺は思うんだけどな」
「それがいいんだろうが。誰も必要としていないから、安く仕入れられる」
「うん、安いのはな。ドラゴンって食えるって分かったの最近だろ? そりゃあっちこっち、卸業の人らはさ、捨てると勿体ないからって売り捌くとは思うんだけど。多くのレストランが提供したがらない部位を無理して購入しなくてもいいと思うわけよ」
別に無理していないが。というより、おっさん連中には受けのいい食材なのだ。ドラゴンのテールの皮は。
「あと、見た目がな。俺は応援したくない」
「見た目で判断するな。これはな、ずっと奥歯で噛み続けることで味が出る」
ここではじめて勇者が口にした。よし! 食え! そのまま咀嚼し続けろ! 味が歯の奥まで染み渡るぞおおおお!
勇者はしばらく噛み続けている。ひたすら噛んでいる。
「マスター、これってやっぱり。うーん」
勇者は蜘蛛の巣の走る天井の梁を見上げる。ああ、その辺そろそろ掃除しないといけないな。
「味は美味いんだけど。酒の合間に口にするにしても、ずっと噛むのが面倒くさくてさぁ」
「なら、もういい。食わなくてもいい」
「俺ならこうするね」
そう言うなり勇者の羽根ペンが手も触れずに自走する。どういう仕組みなのかは一向に分からない。紙に描かれたのはドラゴンの尻尾そのものだ。
「はぁ? 皮を食べないでどうする。尾の肉はドラゴンテイルの丸焼きとしてメニューで出してるんだぞ」
「尻尾の肉は火を通すんだろ。なんで?」
「なんでって、それが美味いからさ」
「じゃあ、なんで皮はそのまま? 火を通さない? 焼けばいいのに」
俺は言い淀む。
「焼けば触感が損なわれるからだ」
「味はきっとよくなるよ。おしっこみたいな臭いも飛ぶしな」
「臭いが鼻に抜ける前に酒を喉に流し込むのがいいんだろうが」
「古いよ」
勇者は、更に羽根ペンを自走させる。そこには、小さな鍋が描かれていた。
「なんにしろ、味のくせが強い食材だ。臭みを取る方法も火を通すしかない……。そして、おっさんは」
「マスターと呼べ」
「マスターは触感と、ラム酒との相性にこだわりたい。そうなると、鍋で煮るってのはどうだ? 焼くと噛み応えが損なわれるが、煮ることで寧ろちょうどいい硬さになる」
勇者の羽根ペンが描いたのは、鍋で煮込まれたドラゴンのテールの皮。なるほど、茹でればドラゴンの緑の皮は
勇者はひひひと不敵に笑う。魔法職のじじいかよ。
「なんだよ。気味が悪いな」
勇者がはじめて自分で羽ペンを手に取り、5万ヘルラと記載する。
「アイデア料はこんなもんでどうだ?」
「んな高額! 過ぎる。ふざけんな」
「いやいやいや」
そう言って勇者の羽根ペンは、鍋の絵の横に宣伝文句まで記載する。
『春の緑祭り! ドラゴンの皮が『まろやか』に~』
けっこうまともな宣伝文句である。俺は鼻息を荒くして腕を組む。黙って見ていれば、この勇者何様のつもりだ?
「俺は酒場『珍肉食亭』のマスターだ。貴様ごときの安直なアイデアに金は出さんぞ」
「じゃあ、ドラゴンのテールの皮鍋の絵を町役場に貼ってくるから。それで客がこっちに流れて来たら――俺に感謝してくれよな? 代金はそのときでいい」
好き勝手に絵を描き散らして、好勝手言って勇者は店を出て行った。