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0002 呪物

授業が終わり教室を出ると、またあの女がいた。

俺の表情が険しくなったのだろうか。


「あの、迷惑ですか?」


悲しげな表情になり聞いて来た。

少し罪悪感がわいたが、ここで甘い顔は出来ない。

俺なんかに、関わっちゃあいけないから……。


「ああ。何故俺につきまとうんだ?」


「助けてもらって、御礼をしていません」


「あんたも見ていただろ、俺は何もしていない」


「いいえ、おぶってコンビニまで運んでくれました」


「俺は、体を鍛えているんだ。あれは、トレーニングみたいなもんだ。気にするな」


「それでは、私の気が済みません。お願いします。何か恩返しをさせて下さい」


そう言って、赤い顔をしてもじもじしている。


「じゃあ……」


俺が言おうとすると。


「待って下さい」


それをさえぎった。


「はあぁあーーっ」


俺は少しイラッとした。


「あの、あの、だからって、エッチなことは出来ません」


「なーーっ、この野郎!! 最初からそんなことを頼む気はねえわ!! ふざけるな!!」


「ご、ごめんなさい!」


泣きそうな顔になった。


「ねー! あんた、さっきから聞いていたら年下のくせに偉そうに、なにさま!!」


ショートカットの、日に焼けた少し吊り目の美女がいった。

美女の友人は、美女が集りやすいようだ。


「あのなあ、お前こそ関係ねーのに割り込むな!!」


「はあーーっ、にくったらっしーー!! 何こいつー!! 行くよヒマリ」


「ちょっと、待て!!」


「な、なによ! いまさら?」


小麦色のショートカットのカバンから黒いものが出ている。

しかも、かなり強烈だ。


「ちょっ、ちょっと、何をするの」


「……」


俺は、無言でショートカットの黒い物が出ているカバンのチャックを開けた。


「信じられない。本当に何をするの!」


ショートカットが俺の腕をつかんだ。

だが俺は、体を鍛えている。

非力な女がつかんだ位では、止められない。


「黒いものが……」


「きゃーーーっ」


俺がつかんだのは、体操着の黒いショートパンツだった。

汗か何かで少し、しけっている。


「あーこれじゃねえ」


俺は投げ捨てると、カバンの中をかき回した。


「本当にやめて!!」


「あっ、あった。これだ!」


パーーーン


目の前が真っ白になった。


「いってーー! なあ、これは何だ?」


俺が、カバンからつかみ出したのは、白い表紙の本だった。

思いがけないものだったためか、二人は素に戻ってそれをのぞき込んだ。


「それは、文芸部の部誌です」


ヒマリと呼ばれた女が言った。


「他にもあるのか?」


「部室に行けばあります」


「案内してくれ」


ヒマリは嬉しそうな顔になった。

ショートカットは、苦虫をかみつぶしたような顔になった。

ヒマリに連れられて歩いていると、倉庫に使っていた部屋なのだろう狭い部屋に着いた。


「何だここは!!」


部屋の壁の本棚から、いくつも黒いモヤが垂れ流しになっている。


「あ、あの……部室です」


ヒマリが心配そうな顔で俺を見る。


「おい、あんたも、そんな本持っていたら駄目だ、捨てろ!」


「えっ!?」


「ちょっ、ちょっとエマ! 大事な部誌を捨てないで!!」


ショートカットは俺の言葉に驚いて、部誌をとっさに床に投げ捨てていた。

ショートカットはエマというのか。

俺は、エマの捨てた部誌を拾い上げるとそれを手に、椅子に座った。


中身は家族をテーマにした小説だった。

とりわけて変わった所は見つけられない。

本棚を見ると、黒いモヤはこの本と同じものから出ている。

他の本は同じ物がそこまで無いのだが、この本だけは在庫が多いようだ。


「なあ、ヒマリ。この本だけなんで、在庫が多いんだ?」


「おい、後輩、先輩を呼ぶときは『さん』をつけろ!! それとも、お前はヒマリの彼氏かなにかか?」


エマがうるさい。


「きゃあー」


ヒマリが喜んでいる。


「ヒマリさん、何故在庫が多いのですか?」


面倒臭いので、丁寧に言い直した。


「あら、そのまま、呼び捨てで良いのにー」


少し残念そうにしている。

それって、どういう意味だ?

じゃねえ!!


「いいから、はやく答えろよ!!」


「その本は、なんだか返品が多くて、在庫が一杯あります」


「なるほど」


「なにが、なるほどよ。どういうことなのか教えなさいよ」


エマが、くらいついてきた。


「人間知らないほうが良いことも一杯あるぞ」


「……」


エマとヒマリが顔を見合わせた。


「ヒマリー、エマーー!! おそくなりましたーー」


別の女が二人入って来た。文芸部の部員だろうか。


「じゃあ、俺は行く。今日は用事があるからな」


それと入れ替わりに俺はそそくさと部室を出た。

黒いモヤの本は何冊もあったので、俺は一冊借りて来た。

校門を出て、家に向いながら本を片手に歩いていると、どこかの文学少年ってところか。


どうやら、この本は相当の呪物だ。

怨念がこもっている。

内容に呪いは感じ無かった。

どこから来た呪いなのだろうか。


アパートの扉を開けると、食事の用意を始めた。

俺は姉と二人暮らしだ。

姉は社会人で、俺は姉の稼ぎで暮らせている。

食事の用意ぐらいは俺がしてやろうと、自主的に食事の用意をしている。


姉は暗い雰囲気の飾りっ気の無い女で、彼氏と付き合っているのは聞いた事が無い。

目の下には濃いクマが有り、髪はボサボサで化粧をしているところは見た事が無い。


「ただいまーー、あら、なつかしーー」


食事の準備が終ったら丁度姉が帰ってきた。

そして、文芸部の部誌を見て懐かしがっている。

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