「少年、この事は俺以外の誰かに話した事はあるのか?」
「いいえ、相談できる人がいなくて誰にも言っていません」
「そうか」
コウさんはほっとした表情になった。
「それが何か?」
「うむ、警察は余程へまをしなければ大丈夫だろう。だが、裏社会はそうはいかない」
「裏社会?」
俺は、裏社会に近づく気は無いのだけれど……。
「ああ、裏社会では疑われれば、そのまま有罪だ。命を狙われ続ける事になる」
「えっ!?」
そうか! コウさんは俺がこのまま行けば、いずれ裏社会との関わりを持つことになると考えているのか。
いや、この能力を使い続ければ、俺が嫌だと言ってもそうなるのだろう。
「少年が手を触れる事も無く、人間をコントロールする事が出来る。そう知れ渡れば、不自然な死を迎えた者がいた場合、全て少年がやったことになる。言い訳など聞いてもらえる社会じゃ無い。そうなれば常に殺し屋に狙われる事になるということだ。少年は自分の事が決して知られてはならない。理解出来るか?」
「は、はい」
これは、俺の能力の事を誰にも知られるわけにはいかない。
肝に銘じよう。
「それと、身を守る手段を憶えた方がいいな。少年時間はあるか?」
「はい」
「では、俺の武術の師匠のところへ行こう。マリアさん車の準備を頼む」
「はーい!」
乗用車の運転はマリアさん、助手席にはコウさん、後部座席にはマイちゃんがチャイルドシートに座り、その横に俺が乗っている。
しばらく県道を走ると、大きな神社に着いた。
神社は俺の住んでいるアパートからは近かった。
神社の鳥居をくぐり境内に入った。境内には立派な鉄筋の建物が有り、そこの一階が道場になっている。
「立派な道場ですねー」
「ふふふっ」
俺がコウさんに言うと、コウさんは意味深に笑った。
「こっちよ」
俺が道場のドアの方に歩き出すと、マリアさんが建物の奥を指さした。
建物の裏は雑木林のようになっていて、その奥にボロイ木造の建物がある。
まさか、あれか?
そういう予感はたいてい当たる。
「ここよ。私は先生を呼んでくるわ」
道場に入ると、学校の柔道場くらいの広さで中は外観に反して綺麗だった。丁寧に掃除をされている前面畳敷きの道場だった。
一人の髭面の仙人のような爺さんが、道場の隅で座っている。
なんだ、呼びに行かなくても師匠はいるじゃ無いかと思った。
コウさんが仙人のような師匠に深々と頭を下げている。
マイちゃんも同じように頭を下げた。
俺も失礼の無いように頭を下げた。
そして、その後ろの男子用の更衣室に入った。
コウさんが俺の体のサイズを見て道着を渡してくれた。
着替えが終って道場に戻ると、マリアさんの横に道着姿の一人の女性がいる。
顔は、ヒマリとエマの中間位の美女、歳も同じ位に見える。
「先生、こんにちは!!」
「まあ、まいちゃん。こんにちは」
「少年紹介しよう、この方が俺の武術の師匠サヨコさんだ。あの刑事サエコさんの妹さんだ」
「な、なんだって!!」
俺は、驚いた。
そして、俺が失礼な顔をしたのだろう、その瞬間サヨコさんの顔つきが変わった。
「少年! 私の襟をつかんで見ろ!!」
サエコさんは、俺を少年呼ばわりした。
歳はあんまり変わらないはずだ。
まあ、やっすい挑発だろう。
これでも俺は体を鍛えている。
俺の実力も知らないで、うかつな奴だ。
「おりゃあーー!!」
俺は全力で、腕を伸ばして襟を取ろうとした。