「どうしたのかね、アイラ? なにか、手がかりを掴んだのかね?」
アイラの作業風景を見守っていたガルディンが、またしても様子が変わったアイラに対し、なにが起こったのか問い質した。
「い、いや、それが……。試しに、機密レベル「A+」のデータベースにアクセスしてみたんですが、特にエラーも表示されず、アクセスできてしまったんです……」
ガルディンの問いかけに答えながら、アイラの表情には明らかな困惑の色が映し出されていた。アイラ自身にも、何故このようなことが起きているのか、全く理解できていない雰囲気だった。
ふと、巨大なコントロールパネルに視線を向けてみると、『エデン』の再起動率は「91%」と表示されていた。
90%になる前となった後では、進捗速度に明らかな違いが見られるようになっている。内部的にどのような処理が行われているのかは分からないが、現状すぐに再起動が完了する、という状況ではなさそうである。
「情報にアクセスできた? だったらなおさらチャンスじゃないですか、アイラさん。なにをそんなに困っているんですか?」
「いや、確かにアッシュの言う通りなんだけど、おかしいねぇ……。アタシの個人情報に、ここまでのアクセス権限は付与されていなかったはずだけど……?」
アッシュがなにを迷うことがあるのかと、アイラに先に進むことを促そうとした。しかし、アイラはアッシュの指摘にも一定の理があることを認めながら、それでも完全に納得することができなかった。
目の前の事象が不可解であればあるほど、その真相には得てして重大な意味が隠されている。科学者時代に培ってきたアイラの信念が、ここから先の情報に進むことを躊躇させていた。
「アイラ、ひとまずそれは後回しだ。せっかく機密情報にアクセスすることができたのだ、この場は少しでも情報を探ってみる方が先決というものであろう?」
「……わ、分かりました……。それじゃ、アタシたちが現在探している、あの『エデン』に関する情報がないか、調べてみますね……」
しかし、ガルディンがアッシュの意見に同調する姿勢を示した以上、いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかない。アイラは気を取り直し、このデータベースに対して検索を試みた。
検索内容は、言うまでもなくあの『エデン』に関する情報だった。もし、政府がすでに『エデン』のことを調べているのだとすれば、このデータベースにそれが格納されている可能性もある。
「……ねぇ、ハル……。ワタシ、たち……、これから、どうなるん、だろう……?」
ふと、リーヴがハルに抱き締められた状態のまま、ハルの耳元で小さくささやいた。詳細を把握することはできないとはいえ、自分たちが少しずつ核心に迫ろうとしていることを、リーヴもなんとなく理解しているのだろう。
「うーん、俺にも、まだよく分からないな……。正直、ここになにか手がかりが隠されているっていう保証もないし……」
「……ワタシ、は……、ずっと、ハル、と、一緒……、に、いる、から……。そう、約束、した、から……。ね……?」
ただ、自分たちが本当に望んでいる結果が、この先に待っているのかについては、ハルも全く予見することができなかった。リーヴはそんなハルに対し、自分はハルとの約束を守ることを改めて示していった。
たとえ、どのような結果がこの先に待ち受けていようとも、自分はこの約束を反故にするつもりはない。それが、今のリーヴにとって、なによりの心の拠り所であるに他ならなかった。
「うん。その約束は、俺もちゃんと守るよ。だから、心配しないで、ね?」
ハルは自分もその約束に応える姿勢を今一度示しながら、リーヴを再度抱き締めた。それが、ハルにとって今自分ができる最大の務めであることの、一番の証になるものだった。
「どうだ、アイラ? なにか情報は見つかりそうかね?」
「……ちょっと、ダメみたいですね……。機密レベル「A+」のデータベースだから、もしかしたらって思っていたんですが、そう簡単にはいかないようですね」
ガルディンが再度アイラに状況確認を求めた。アイラは表情を暗くしながら、思い通りに状況が進展していないことをガルディンに返答した。
確かに機密レベルの高いデータベースにアクセスすることができるのが判明したのは望外の収穫であった。しかし、それが自分たちの最終的な目標に直結するかというのは、別個の問題として考えなければならない。
「それなら、もっと機密レベルの高いデータベースにアクセスできるかどうか、やってみたらどうですか? それが可能かどうかが分かった後でも、この先のことを考えるのは遅くないと思いますけど」
そこに、アッシュが次の策を提示した。確かに今の機密レベルで不可能であるならば、より機密レベルの高いデータベースにアクセスする、というのは実に合理的な話である。
「よし、やってみるか。とはいえ、ここから先はSランクの機密レベルになるから、そう簡単にいくとは思えないけどね……」
アイラは、上手くいかないかも知れないと前置きしながら、次の策を講じ始めた。「S」ランクともなれば、その機密レベルは相当高いものになるだろうということは、誰でも簡単に想像することができる。
これでダメであれば、例えば次は「SS」ランク、それでもダメな場合は最高レベルを示す「SSS」ランク、ということになるが、さすがにそこまでのレベルのデータベースにアクセスすることはできないだろう。
「えぇと、確か「S」ランクのデータベースにアクセスするコードは、と……」
アイラは自分の記憶の糸を手繰り寄せるようにしながら、目的となるデータベースのアクセスコードを思い出そうとしていた。そして、これだというコードを脳裏に描き出すと、それを忠実に再現しながら入力していった。
その様子を、アイラとガルディン、そしてハルが固唾を呑んで見守っていた。もちろん、リーヴもハルに抱き締められながら、顔をそちらに向けることを忘れていなかった。
「うーん、やっぱりダメかね。さすがに、現実はそう甘くはない、ってことか」
アイラがアクセスコードを入力すると、画面には【アクセスコードが異なります。再度入力してください】というメッセージが表示された。それを見たガルディンは、そのメッセージの意味するところをすぐさま解釈し、まだ諦めるのは早い、と判断した。
「いや、そうとも限らぬ。もし、アイラにアクセス権が付与されていないのであれば、例えばアクセス権のないデータベースにアクセスしようとしています、というようなメッセージが表示されるのではないかね?」
ガルディンは単にアイラがアクセスコードを間違えただけだという可能性を指摘していた。
結果として同じアクセス失敗であっても、その原因がアクセスコードの入力ミスなのか、アイラにアクセス権が与えられていないのか。それによって、表示されるメッセージが変わるというのは、コンピューターシステムに携わる人間にとっては常識的なことだった。
「確かに、その可能性もありますけど、ちょっと待っていてくださいね。……えぇと、確かこの携帯端末に、昔の情報をしまっておいたはずだけど……」
アイラは、ガルディンの指摘内容に対する正当性を検証するため、自分が普段使っている携帯端末を懐から取り出した。そして、その携帯端末を操作しながら、目的となる情報が記載されたファイルを表示させた。
「うーん、確かにこのコードで間違いないはずなんだけど……。もしかして、途中で入力を間違えたかな……?」
それが、アイラが政府の科学者として働いていた時に入手した、機密レベルごとに記されたデータベースのアクセスコードの一覧表だった。
その一覧表を眺めながら、アイラは奇妙な思いにとらわれていった。確かに「S」ランクのアクセスコードに間違いはない。最初に入力した「A+」のアクセスコードも一緒に確認してみるが、そこも同様に間違いは認められなかった。
「もう一回入力してみたらどうですか、アイラさん? そこに一覧表があるんでしたら、それを見ながら入力すれば間違えることもないでしょうし」
「確かにそうだね。それじゃ、改めて、もう一度、と……」
アッシュがその一覧表を見ながら再入力することを促した。確かに人間の記憶というのは案外いい加減なものであるし、人間である以上、入力ミスをした可能性も否定できるものではない。
アイラはその一覧表を見ながら、一文字ずつ慎重に確認しながら入力していった。もしかしたら、この後の自分たちの運命さえ左右するものになるかも知れない。だからこそ、情報は一つ一つ丁寧に確認、検証を行いながら扱っていく必要があった。
「……よし、これで間違いなし、と。じゃあ、これでどうなるか……?」
そして、アイラは「S」ランクのアクセスコードを全て入力し終えた。アクセスを開始する前にもう一度確認してみるが、一覧表に対して打ち間違いは一文字も確認されなかった。
アイラが所定のボタンを押し、アクセスを開始した。果たして、これでどのような結果が返ってくるのだろうか。
「……なかなか、結果が返ってきませんね……。なにか、トラブルが起こったんでしょうか……?」
「いや、それはないよ思うよ。多分、機密レベルの高いデータベースにアクセスしようとしているから、情報が正しいかどうか、確認に時間が掛かっているんだろうね」
ハルは、システムに不具合が発生した可能性を指摘した。もしかしたら、自分たちが不正な方法でアクセスしようとしていることが、政府にバレてしまったのかも知れない。
しかし、アイラの態度は思っていたほど慌てている様子はなかった。むしろ、これぐらい時間が掛かるのは当然のことだと思っている節さえ見受けられた。
「……んっ? なんだい、こりゃあ……?」
そして、アクセス結果が返ってきた。しかし、その表示内容を見たアイラは、思わず首を傾げた。
それもそのはず、そこには先程と全く同じ【アクセスコードが異なります。再度入力してください】というメッセージが表示されていたからだった。
「どういうことかね、アイラ? また、入力を間違えたのか?」
「いや、それはあり得ませんよ。この一覧表を見ながら、何度も確認して入力したんですから。でも、どうして……?」
ガルディンがそのメッセージに目を通しながら、やはりアイラと同様首を傾げる仕草を示した。あのアイラが、重要なアクセスコードを二度も打ち間違えてしまうとは。しかも、二度目は手元にアクセスコードが記載された一覧表があるにも関わらずに、である。
もちろん、一番困惑しているのは、当のアイラ本人であることに疑義を挟む余地はなかった。この一覧表の情報に間違いがないのだとすれば、アクセスできない原因は一体どこにあるのだろうか。
「ひょっとして、政府がアクセスコードを途中で変えた、っていうことは考えられませんかね……?」
そこへ、アッシュが別の可能性を指摘した。確かに他よりも機密レベルが高いということであれば、定期的にアクセスコードを変更する、というのはセキュリティ対策の観点から見ても不当な部分はない。
仮にそれが事実であるとすれば、アイラが持っているこの一覧表の情報は、すでに古くなっているため、あまり役に立たない、ということになるだろう。
「それもあるかも知れないけど、そうなると、アタシたちに打つ手はなくなっちゃうね……」
アイラの言い分ももっともだと、聞いていたアッシュは思った。変更されたアクセスコードを入手する方法がない限り、自分たちにこれ以上打つ手は存在しないからだ。
だが、アイラにとっては、今のこの状況そのものが、ある意味不自然だとも考えていた。そもそもの話として、アイラの個人情報で政府のコンピューターシステムにアクセスすることができた、その理由が今だ判明していない。
「少し、情報を整理してみたらどうですか、アイラさん? もしかしたら、俺たち、なにか大変なことを見落としているのかも知れませんし」
そこへ、ハルが一度情報を整理することをアイラに提案した。それは、インターバルを取ることと同時に、一旦集中力を別のベクトルに向けることで、今まで見逃していた情報に光を当てるという意図もあった。
「……そうだね。ここはひとまず、情報を整理してみるとするかね」
アイラは、ハルの提案に乗ってみることにした。いずれにしても、このままでは埒が明かないことは明白であり、それを打開するためには、他に道筋がないかどうかを調べることは、決して無駄ではないだろう。