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第58話

「あの、すみません。この表示、一体なんでしょうか……?」

 アッシュが操作していた高性能端末が、突然操作を受け付けなくなってしまった。ガルディンはシステムエラーの一種だろうと言っていたが、さすがに政府のコンピューターシステムにクラッキングを仕掛けようというのは、いささか無謀な試みだったかも知れない。

 しかし、その画面を見ていたハルが、ある一点を指差しながら一同に声を掛けた。ハルが指差した、その画面の先には、なにかのアイコン波のように揺れている様子が映し出されていた。

「あぁ、これかい? これ、実は僕が昔ちょっとした暇潰しに作った、『リモートシステムコントローラー』っていうソフトだよ」

 それに真っ先に返事をしたのはアッシュだった。アッシュは続けて、そのアイコンの正体が、自分が昔開発したあるソフトウェアであると説明した。

「『リモートシステムコントローラー』? なんですか、それ?」

「それは、私が以前アッシュに命じて作らせたものだ。その名の通り、他のコンピューターシステムに入り込み、そのシステムを遠隔操作することができる、というものだ」

 ハルが首を傾げながら詳細を尋ねると、アッシュに代わってガルディンが説明を引き取った。どうやら、このソフトのことは、ガルディンもよく知っているらしい。

「コンピューターシステムを、遠隔操作する?」

「まぁ、平たく言えば、今アタシたちがやろうとしていることを、自動的に制御することができるソフトってことさ。でも、そのソフトじゃ、上手くいかなかったんだろう、アッシュ?」

 ハルが説明内容を要約しながら復唱すると、アイラがさらにバトンを受け取る形で説明を続けた。なるほど、そのような便利……といえるかどうかは分からないが……なソフトを、アッシュはすでに作っていたということなのか。

「そうなんですよ。一応試してはみたんですけど、全くなにも反応しなくて、こりゃダメだなって思っていたんですが。そのアイコンが、どうして急にこんな姿になったんでしょうね……?」

 だが、そのソフトでは政府のコンピューターシステムにクラッキングを仕掛けることはできなかったらしい。それだけに、アッシュにとっては今も続いているアイコンの並のような動きの、その理由が把握できない状態だった。

「……ハル……。あれ、ちょっと、よく、見たい、の……」

 その時だった。ハルに抱かれながら画面を一緒に見ていたリーヴが、ハルの身体から身を乗り出すようにしながら揺れているアイコンをもっと見てみたいと言い出した。

「えっ? あれを? それは別にいいと思うけど、でも、どうして……?」

「……だって、動きが……、カワイイ、から……」

 一体リーヴにどのような心境の変化が起こったのか。一瞬不安気な表情を浮かべるハルだったが、続けてリーヴが発した理由を聞いた時、ハルは若干腰を折られるような思いを禁じ得なかった。

 ただ、それと同時に、ハルはリーヴになにも異変が起こっていないことを知り、胸を撫で下ろしていた。あのアイコンの不思議な動きに酔わされたのではないかとも思っていただけに、今のところそうした事態には至っていないようだった。

「このアイコンの動きがカワイイ? リーヴちゃんも、面白いこと言うんだねぇ」

「まぁ、少しぐらいならそれほど問題にはならないであろう。どの道、このままでは政府のコンピューターシステムにクラッキングを仕掛けることはできぬのであるからな」

 アッシュはリーヴに対し、不思議な感情を抱く女の子なんだなと、今までにないベクトルでの興味を示していた。

 ガルディンも、今自分たちができることはなにもないと思い、一旦この場はリーヴのやりたいようにさせてあげても問題ないだろうと判断していた。

「そういうわけだから、リーヴ、ちょっとの間だけ、見ていていいよ。ハル、リーヴのこと、しっかりと見ていてやりな」

「はい、ありがとうございます。じゃあ、リーヴ、はい」

 アイラがアッシュとガルディンを一旦その場から外させながら、続けてハルに抱かれている体勢でリーヴが高性能端末の前に腰掛けた。

「……ありがとう……。ウフフ……、やっぱり、これ、カワイイ……」

 ハルが一緒にいてくれるのであれば、リーヴになにも怖いものはない。ハルに支えてもらいながら、リーヴは今も並のように揺れているアイコンを、いかにも楽しそうな表情を浮かべながら見つめていた。

 リーヴが急にこのようなものに興味を示すなんて。やはり、リーヴの中で、なにかが変化しようとしているのだろうか。

 『エデン』がいつ再起動を完了するか、というところも気になっていたが、もしこのまま大きな異変が発生しなければ、ここでの調査は一旦終了とし、今まで収集した情報を改めて精査する。そういうことも検討しなければならないかも知れない。

「……あっ、あれ……?」

 しかし、その時だった。リーヴが見つめていたアイコンの表示が、またしても違う異変を示し始めた。

「どうしたんだい、リーヴ? ……な、なんだ、これ……?」

 リーヴの様子が変わったことに気付いたハルが、一緒に画面を見てみた。すると、そこには先程のアイコンが、画面中を飛び回るように勝手に移動する様子が目撃された。

「どうしたのだ、ハル? ……んっ? なにかね、この奇天烈な挙動は……?」

「まるで、マウスジグラーかなにかを使ったような動きだね。アッシュ、アンタ、このソフトに、そんな機能を入れていたのかい?」

「そんなわけないでしょう、アイラさん。リーダーからもそんな指示は一つも出ていませんでしたし、僕にも、さっぱり分かりませんよ」

 アイラが指摘した『マウスジグラー』とは、大昔のコンピューターシステムに対して用意されていた「マウス」というインターフェースを自動的に動作させるために作られた外部接続式のデバイスである。

 大抵は不規則な動きをさせることで、そのコンピューターシステムが不意に休止状態になることを抑えるために使われていたらしい。

 ただ、一部の高度なマウスジグラーの中には、あらかじめ動作をインプットさせておくことで、決められた操作を自動的に進めさせることができるものもあった、と言われている。

「まぁ、そりゃ、そうだろうね。でも、そうなると、この動きは一体なんなんだい……?」

 アイラは自分で指摘しながら、ガルディンがそのような無意味な機能をわざわざ組み込ませるとはとても思えなかった。

 ならば、このアイコンの奇妙な動きはなにを意味するのだろう。もしかしたら、このソフトのエラー、なのだろうか。

「あっ。な、なんだ? こ、今度は、画面が、消えた……?」

 すると、一同の前に、また別の異変が襲い掛かってきた。高性能端末のディスプレイが、突然消灯したかのように真っ暗になってしまった。

 ハルが思わず声を上げるが、当然の如く、ディスプレイがそれに対してなんら反応を示すことはなかった。

「こ、今度はなんだい? 全く、次から次へと、一体なにが起こっているんだい……?」

「慌てるな、アイラ。このような状況であるからこそ、我々は冷静に対処せねばならぬ。落ち着いて、状況を見極めるのだ」

 これにはさすがのアイラも困惑の念を募らせずにはいられなかった。この地下シェルターに足を運んでから、どうにも不可解なことが連続的に発生しているため、さすがに脳が情報を処理し切れなくなりそうだ。

 そんなアイラの困惑を察知したかのように、ガルディンが彼女をなだめようとしていた。とはいえ、ガルディン自身も、実際には状況を思うように理解することができず、対応にあぐねている状態だった。

「……あっ! な、なんだ、これは! ちょっと! これ、見てください!」

 その時、アッシュがなにかに気付いたかのように高性能端末のディスプレイを指差しながら、まるで悲鳴にも似た声を張り上げた。リーヴを脇に追いやるような動作をしてしまうほど、アッシュの驚きぶりは壮絶なものだった。

 一体、アッシュはなにを目撃したのか。リーヴを含めた一同がその視線の先を確認すると、そこには、全く信じられないものが映し出されていた。

「……こ、これは……。せ、政府のコンピューターシステムの、ログイン画面……?」

 アイラが驚くのも無理はなかった。そのディスプレイに表示されていたのは、紛れもない政府のコンピューターシステムのログイン画面に他ならなかったからだ。

 政府が管轄しているコンピューターシステムは、同時に搭載されているセキュリティーシステムにより、外部からのアクセスが極端に制限されている。

 別のシステムを経由する形で、あらかじめ政府のデータベースに個人情報を登録しておかないと、ログインすることはおろか、このログイン画面に辿り着くことさえ不可能な設計になっている。

「これが、政府のコンピューターシステムのログイン画面? アイラさん、それは本当なんですか?」

「元政府の科学者だったアタシが、この画面を見間違えるとでも思うのかい? でも、これが本物のログイン画面だとすると、なんだか奇妙な話だね……」

 ハルが確認を求めると、アイラはかつての自分の身分を改めて示しながら、それこそが動かぬ証拠だと言ってのけた。しかし、アイラは同時にある違和感も抱いていた。

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