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第56話

「アッシュ。すまぬが、あまりもったいぶるような物言いは、この場においては相応しくないと思われるのであるが?」

 アッシュが現状に対して疑問を呈しようとした時、ガルディンが若干しびれを切らしたように言葉を返した。

 自分たちは地上の秘密を解き明かすという目的を共有している仲間ではないか。その仲間に対して、不用意に中途半端な物言いをするのは、かえって失礼にあたる。ガルディンはそう言いたい様子だった。

「あぁ、そうですね。すみません、リーダー。じゃあ、もう、はっきり言いますわ。どうして、この地下シェルターを、政府が無視するんでしょうね?」

 そこで、アッシュは自分が疑問に思っていることを一同にぶつけてみた。しかし、それは他のメンバーにとって、いささか予想外の内容だったようである。

「政府が無視している? 多分、それはないんじゃないかな? 目を付けているとは思うけど、さっきも言った通り、入る方法が分からないってだけで」

「そんなことはないでしょう。セキュリティロックを壊しさえすれば、あとは強引にでも入口を開けることだってできるんですし。僕たちにできて、政府にできないなんて、ちょっと考えられませんよ」

 アイラがそれに反論するが、アッシュは自分の主張を曲げる気配を見せなかった。スパイとして政府に潜入していたアッシュからすれば、政府の組織力が自分たちよりもはるかに強大なものである、ということを誰よりも知っている。

「うぅむ、確かに辻褄は合わぬが、ならば政府の側にも、相応の理由があるのではないのかね?」

「仮にそうだとしても、あんな『エデン』みたいなコンピューターシステムがあるのに、わざわざ政府が放置する理由ってなんなんですかね?」

 どうやら、アッシュは政府も『エデン』のことを知っている、と思っているようである。その上でなんらかの理由があって、『エデン』を放置している。

 だとしたら、その理由を突き止めることが、新たな情報への手がかりになる可能性がある。自分たちが知らない情報を、政府が握っていることは十分に考えられる話だ。

「あの、アッシュさん。それって、政府が持っている『エデン』に関する情報を、俺たちが奪取する、ということですか?」

「フフン、ハル君もだいぶ察しが良くなってきたね。まぁ、だいたいその考えで間違いないよ。政府が巨大な組織だってことは、当然ハル君も知っているだろうからね」

 ハルがそこでアッシュが言わんとしていることは、これではないかと指摘した。ここから先、新しい情報を入手するためには、自分たちにとっての敵対勢力である政府の秘密情報を奪い取る。

 巨大組織である政府は、情報取集力に関しても自分たちとは及びもつかないものを持っている。そこから隠された情報を奪い取ることができれば、政府の思惑も探り当てることができるかも知れない。

「……ダメ……。そんな、人のもの、勝手に、取ったり、する、の……」

 そこに、途中までなにも言わずに様子を見つめていたリーヴが、突然アッシュをたしなめるような言葉を向けてきた。

 恐らく、ハルが懸念していることに対し、アッシュが同意を示したものであるから、そのような行為をしてはいけない、とリーヴは言っているのだろう。

「やれやれ。リーヴちゃんにそんなことを言われちゃうと、僕としてもちょっと弱いなぁ。でも、考えてごらん。大昔に捨てられたものを、今の僕たちが掘り返しても、誰も文句を言ったりしないだろう?」

 アッシュは自分たちがしようとしていることが、確かに良い部類に入るものではない、ということは理解していた。ただ、それでも自分たちには果たさなければならない使命がある。そこだけは、決して譲ることのできない部分だった。

「……でも、それは……」

「大昔に捨てられたものは、もう持ち主がいなくなっちゃっているから、誰も本来の持ち主にそれを訴えることができないんだ。今まで僕たちが手に入れてきたものだって、きっと本来の持ち主がいたはずなんだろうけど、僕たちはその人に許しをもらうことはできない」

 困惑するリーヴに対し、アッシュがさらに言葉を連ねていった。

 確かにアッシュの言っていることに間違いはない。過去の人類が残してきたもの。それが積み重なって歴史となり、未来の人類がそれを発見することによって見えざる過去を見通そうとしてきた。

 ただ、今のリーヴにそこまで理解が及ぶかと言われると、それは非常に難しい話であると認めざるを得ない。言葉を思うように発することができなくなっているリーヴの様子を見ても、それは自明の理だった。

「アッシュさん、そんなリーヴを追い詰めるようなことを言わないでください。ホラ、もう、今にも泣きだしそうじゃないですか」

 このままでは、リーヴが困り果ててしまうあまり、泣き出してしまいかねない。ハルはとっさにアッシュを制しながら、りーヴを再度自分の胸元に抱き寄せて慰めた。

「大丈夫だよ、リーヴ。キミはなにも悪くない。なにも悪くないから、ねっ?」

「……うん……。ありがとう、ハル……」

 アッシュも決して悪気があって言ったわけではない。ただ、そのことを今のリーヴに理解させるには、あまりにも手順が大変に過ぎる。

 今なお解けない謎を色々抱えているとはいえ、それらを除けば、リーヴはどこにでもいる、内気で口数の少ない、甘えたい盛りの女の子なのだ。そんなリーヴに対して説教めいた態度を示すのは、あまりに酷というものであろう。

「まぁ、リーヴのことはともかく、さっきアッシュが言っていたことについては、確かに全くの的外れ、ってわけじゃない感じがするね」

 アイラがとっさの判断で話題を本来の方向に戻していった。リーヴのことはやはりハルに任せるのが一番だ。リーヴのことを誰よりも理解しているのは、この場においてはハル以外にはいないのだから。

「確かに、その通りであるな。だが、そうなると、問題はいかにして政府の秘密情報を見つけ出すか、という話になるのであるがな……」

 ガルディンが腕組みをしながら思案する態度を見せた。アッシュの言い分に一定の理があることは分かるが、実際にそれを実現しようとすれば、越えなければならない壁は山ほど存在している。

「ですよね。政府の本部に潜入するといっても、あんな厳重な警備をかいくぐるだけでも一苦労でしょうし、身分証などを偽造するにも、今の僕たちの設備じゃまず不可能でしょうしね」

 アッシュは、自分が言い出したことに対して、さてどうすべきか対策を練り上げる必要に迫られていた。自分が提案したことである以上、そこに一定の実現策を提示するのは当たり前のことだった。

 しかし、それが実際非常に困難であるということは、アイラもガルディンも、そしてリーヴを慰めながら少し離れて話を聞いていたハルも容易に理解できることだった。

「……やっぱり、政府のコンピューターシステムにクラッキングを仕掛けるしか、方法はありませんよね、リーダー……?」

 その時だった。アイラがある方法を思い付き、それをガルディンに伝えていった。元政府の科学者であるアイラであれば、その結論に辿り着くのにさほど苦労はしない。

「確かに、現状それ以外に方法はあるまい。だが、本部施設と同様、政府のコンピューターシステムにもかなり厳重なセキュリティーシステムが搭載されていると聞く。それをどうやって破るかが問題なのだが……」

「あれこれ考えても仕方がないでしょう。ないものねだりをするより、今あるコマで、最適な勝ち筋を作っていく。大昔の、なんとかっていうどこかの国の将軍の言葉らしいですけど、今がまさにそういう状況なんじゃないですか?」

 ガルディンが慎重に事を進めるべきだと言おうとした時、アッシュがそれよりも今は行動が優先だと言って、用意していた鞄から例の高性能端末を取り出した。

 コントロールパネルのディスプレイに視線を移せば、『エデン』の再起動状況は「80%」と表示されている。先程よりもまた進捗したことになるが、まだ完了には今少し時間が掛かりそうである。

「珍しいね、アッシュ。アンタが、そんなに積極的に動き出すなんて」

「まぁ、僕だって、今の状況が良い方向に向かっていないことぐらい分かっていますからね。ここでなんとしても情報を手に入れて、そこから打開策を見つけていかないと」

 アイラが普段のアッシュとは違った態度を示していることに、いささか驚きを隠せない様子だった。アッシュは打開策が必要だから、と言っていたが、もしかしたら先程リーヴを困らせる言動をしてしまったことが、少なからず影響しているのかも知れない。

 それは、ハルだけでなく、アッシュにとってもリーヴの存在を無視することができないほど大きなものになっている、ということを今までとは異なる形で反映するものでもあった。

「あの、打開策といっても、実際どうするんですか……? 政府のコンピューターシステムなんて、そう簡単に潜入できるものじゃないと思うんですけど……」

「だからこそ、色々試してみる価値があるってものだよ、ハル君。キミだって、色々なことをやってみて、その結果、リーヴちゃんが心を開いてくれるようになったんだろうしね」

 ハルがどうするのかと尋ねたが、今のところ、アッシュもこれという対策は考え付いていないようだった。

 しかし、リーヴが今のようにハルに全幅の、ともいえる信頼を寄せるようになったのは、自分たちの知らないところでハルがリーヴの世話を色々な形で見てくれていたからに他ならない。

 人間関係でもそうであるように、コンピューターシステムに関しても、未知のシステムに対しては考えられる方策を色々試しながら、その中で最適解を導出していく。

「よし、では私も手を貸そう。こういうことは、一人でもできる人間がいた方がよい」

「それじゃ、アタシもいっちょ頑張ってみようかね。これでも一応科学者の端くれだからさ。どんなセキュリティーシステムが相手だろうと、絶対に負けたりしないよ」

 アッシュがやる気を見せてくれているのであれば、自分たちもそれに応じない理由はない。ガルディンとアイラも、アッシュの脇に移動し、アッシュが高性能端末の起動を完了するまで待機していた。

「……なんだか、妙な話になってきたな……。でも、これも、ある意味リーヴのおかげ、なのかな……?」

 ハルは、リーヴを自分の胸元に抱き寄せながら、アイラたちが結束を固めて困難を乗り越えようとしている光景を見て、なんとなくではあるが不思議な思いをよぎらせていた。

 直接的に手を出したわけではないとはいえ、結果的にリーヴの存在が、アイラたちにも少なからず影響を及ぼしている。

 これも、リーヴが持っているかも知れない『願いを現実にする力』の一端なのだろうか。みんな仲良くしてほしい。そんな願いをリーヴが密かに抱いていたとしても、それはなんらおかしな話ではないのだから。

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