「おっ、戻ってきたね。……その様子だと、どうやら、お互い結論は出たようだね」
リーヴとの話し合いを終えたハルは、その両腕でリーヴを抱き締めながら、アイラの元に戻ってきた。
二人を迎えたアイラは、ハルとリーヴの表情を見て、すぐに状況を悟った様子だった。二人の会話を聞いてしまうことのないよう、敢えて耳栓をしながら携帯端末を操作し、少しでも情報を入手しようと画策していた。
それは、同時に二人に余計な気遣いをさせないための、アイラなりの配慮の仕方なのであるが、結局はその必要もなかったのだな、とアイラは安堵の念すら覚えていた。
「はい。アイラさん、これからも、皆さんに同行させてください。もちろん、リーヴも一緒です」
「……うん……。ワタシ、も、ハルと、一緒に、行く、の……」
アイラの問いかけに対し、ハルは穏やかな口調で返事をした。しかし、そこに確かな決意が宿っているのを、アイラは聞き逃していなかった。
それに続くように、リーヴも自分なりの決意表明をアイラに向けて示した。これからもずっとハルと一緒。リーヴにとっては非常に分かりやすく、そしてこれ以上ない大事な使命であった。
「そうか、そうなんだね。それじゃ、あっちの部屋に戻ろうか。リーダーたちも、色々調べてくれているだろうからね」
そんな二人の強い思いと決意を示されては、アイラもこれ以上口を挟むことはできなかった。もとより、こうなることはアイラもある程度予見していたのだろう。二人が出した結論に対し、それほど驚く様子を見せることはなかった。
そして、アイラはハルとリーヴを連れて、コントロールパネルのある部屋に戻っていった。アイラがわざわざこの資料室に二人を連れてきたのは、今回の話をきちんとした形でさせてあげる、というのも理由の一つだった。
それと同時に、ガルディンとアッシュに並行して『エデン』のことを引き続き調べてもらう、という意図もあった。そこに別の話をしている自分たちがいては、二人も作業に集中することができないだろう。
「リーダー、ただいま戻りました」
そして、コントロールパネルのある部屋に戻ると、アイラが部屋の中にいるガルディンに自分たちが戻ったことを告げた。
「おぉ、戻ったか、アイラ。……その様子だと、そっちは問題なさそうであるな」
「はい。ハルとリーヴも、引き続きアタシたちに協力すると言ってくれましたし、これで、なにも問題はなくなりましたね」
それに応じたのはガルディンだった。ガルディンはアイラに状況報告を求めると、アイラは特段問題ない、という具合に返事をした。
もしかしたら、今までのやり取りはアイラとガルディンが事前に計画していたことなのだろうか。とはいえ、ハルにとって、それを追求することはあまり大きな意味を持つものではなかった。
「はい。これからも、よろしくお願いします。……ほら、リーヴも、ちゃんと挨拶してあげて」
「……うん……。あ、あの……。これからも、よろしく、なの……」
ハルがその決意をガルディンに向けて示すと、続けてリーヴにも同じことをするように促した。ハルに促される形で、リーヴも彼に抱き締められながら、小さく頭を下げていく。
リーヴにとっては、決してハルのそばを離れないことが全てであり、自分がそばにいるべきは、他の誰でもない、このハルであるという思いを、今一度確認するものにもなっていた。
「ふぅん。やっぱり、リーヴちゃんは、ハル君のそばが一番落ち着くんだねぇ。こりゃあ、ますます僕たちの入り込む余地がなくなっちゃいますなぁ」
その時。ガルディンの隣でコントロールパネルを操作していたアッシュが、若干からかうような視線をハルとリーヴに向けた。
いや、それは二人に対してというより、ハルに対して並々ならない思いを抱いているであろうリーヴのことが気になる、という印象を映し出していた。
「アッシュ、そのようなことを言うものではないぞ。元々、リーヴの世話をハルに一任したのは我々なのであるからな。そこに、我々が余計な口を挟むべきではない」
「分かっていますよ、リーダー。ただ、僕にもリーヴちゃんみたいな妹がいたらいいなって、ちょっと思っただけですから」
ガルディンがアッシュをたしなめながら、同時にここまで二人が親密な関係を構築することができているのは、他ならないハルの功績であると、ガルディンは確信していた。
それに対してアッシュが自分も妹が欲しいと言ったのは、ハルとリーヴの関係を羨ましく思うものであることは間違いなかった。
そして同時に、このような時代でなければ、自分にもまた違った人生があったのかも知れないと、内心嘆息する思いが隠されているような気がしていた。
「ところで、アッシュ。そっちの方はなにか分かったかい? 『エデン』の再起動の状況も、やっぱり気になるところだし」
話がひとしきり落ち着いた頃合いを見計らい、アイラがアッシュに状況報告を求めた。この二人のことであるから、ただ自分たちが戻ってくるのを待っていただけのはずはない。
「あっ、それなんですけどね。見てくださいよ、これ」
アッシュがそれに返事をしながら目の前の巨大なディスプレイを指差して示した。そこには、先程のシステム再起動状況が、相変わらず表示され続けていた。
ただ、以前と違っていたのは、その数字が「75%」まで進んでいた、ということである。それは、現状において地球環境制御システムの再起動にトラブルが発生していない、ということを示すものであった。
「ふぅん。さっきは確か30%だったから、随分進んだってことになるね」
「その通りだ。だが、この再起動が完了するまでは、我々も手を出すことができぬ。アッシュが色々試してくれていたが、全て思う通りの結果にはならなかった」
その数字を見ながらアイラは小さく息を吐いた。あれから少しも進行していなかったらどうしよう、と内心思っていただけに、状況が全くの膠着状態に陥ってしまう、ということは今のところなさそうだった。
とはいえ、今すぐ調査を再開することができるか、と言われると、それも難しい状況だった。一般的なコンピューターシステムの大半がそうであるように、この『エデン』も、再起動中は外部からの操作を一切受け付けないようになっているらしい。
「そうなると、今のところは『エデン』の再起動待ちってことですね。ただ、そうなると、他に調べられそうな情報源は、と……?」
コントロールパネルを視界に映しながら、アイラは携帯端末を再度広げ、他に手がかりになりそうなものはないか調べ始めた。
ただ、これまで入手した情報を整理してみても、新たな情報源が近くに存在する可能性は極めて低い、ということはアイラも認めざるを得ないところだった。
「……ハル……。これ、まだ、なの、かな……?」
「うん、そうだね。とりあえず、あの数字が100%になるまで、俺たちにできることはなさそうだ」
リーヴがハルの両腕で抱き締められながら、コントロールパネルに表示されているパーセンテージを指差した。コンピューターシステムの再起動に関することは分からなくても、あの数字がなにを意味するのかは、少なくとも理解しているようだった。
ハルは小さく頷きながら、リーヴの言葉に対して、今すぐできることがないという種類のもどかしさを募らせていた。貴重な情報源が目の前にあるというのに、いつまで待たされなければならないのだろう。
「……あの、すみません。僕、ずっと考えていたことがあったんですけど……」
その時。アッシュがなにかを言いたそうな表情で、他のメンバーたちに言葉を向けた。アッシュがずっと考えていたこと。それは果たしてどういうものなのだろうか。
「気になることとは、なにかね? この際だ、どのような些細なことでも構わぬ」
「はい。じゃあ、言いますけど、この地下シェルター、僕たちが入るまで、外部から侵入された形跡がありませんでしたよね?」
ガルディンが話を促した。ここまで事態の進展を見た以上、たとえ小さな違和感であっても、それが重大な情報への手がかりになる可能性がほんのわずかでも存在するのであれば、彼らにそれを放置する理由は一つも存在しない。
「言われてみれば、確かにそうだね。でも、アタシたちが来た時も、入口が雪で見えなくなっていたし、電力系統が止まっていたせいでセキュリティロックも稼働していなかったから、入ること自体が難しかったんじゃないの?」
それにアイラが答える。確かにアイラの言うことにも間違いはなかった。自分たちが今ここにいること、それ自体がある意味奇跡に近いことなのである。アイラはそう認識しているようだった。
「まぁ、僕もそうだと思いますけど。でも、やっぱりおかしいとは思いませんか?」
アッシュはアイラの返答に一定の理解を示しながら、それでも自分が抱いている違和感を払拭することができない態度を示していた。このような状況で、アッシュは一体なにを言おうとしているのだろうか。
しかし、この後アッシュの口から発せられたある言葉が、一同に信じられないほどの疑問を叩き付けることになった。