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第49話

「んっ? どうしたんだい、リーヴ? なにか、気になることでもあるのかい?」

 アイラがエデンとの押し問答を続けている中、リーヴに呼び止められたハルは、何事かと思い彼女に問い返した。

「……うん……。あのね、ハル……。あっち、見て、みよう、よ……」

 リーヴはハルの問いかけに対し、ガルディンとアッシュが高性能端末を使ってエデンのプログラムにアクセスを試みているところを指差して返事をした。

 どうやら、リーヴはアイラの方よりも、今はガルディンとアッシュがどのようなことをしているか、というところに興味のベクトルが向いているらしい。

「うん、そうだね。こっちのことはアイラさんに任せて、俺たちはガルディンさんたちの様子を見てみようか」

 アイラの方は、しばらく大きな進展は見られないだろう。エデンのセキュリティを潜り抜ける方法が見つからないことには、有効な情報を引き出すことは難しい。

 ならば、ガルディンとアッシュがエデンのプログラムにアクセスする方法を突き止める方が先になるかも知れない。ハルも、概ねそのような認識を抱いていた。

「んっ? おぉっ、ハルにリーヴか。その様子だと、アイラの方はかなり難航しているようであるな」

「そうみたいですねぇ。あの調子じゃ、アイラさんの方もかなり時間が掛かりそうですよ、リーダー」

 ハルとリーヴがやってきたのを見て、ガルディンもアッシュもアイラが相当に苦戦を強いられているらしい、ということを改めて把握していた。

 こうなると、自分たちの方でどうにかしてプログラムにアクセスできない限り、この事態を打開することは困難だろう。

「……ハル……。ワタシ、あれ、もっと……、よく、見たい、の……」

 リーヴが高性能端末のディスプレイを指して、画面の内容をもっと見てみたいと言い出した。

 リーヴが見たところでなにかが変わるとはとても思えなかったが、リーヴが持っているかも知れない『願いを現実に変える力』のこともある。

「そうだね。でも、ガルディンさんとアッシュさんの邪魔にならないようにね」

「……うん……。大丈夫、だよ……」

 ハルは作業をしているガルディンとアッシュの邪魔をしないように注意しながら、リーヴの身体を高性能端末のディスプレイがよく見下ろすことができるように肩車の態勢に入った。

 こうすれば、二人の作業の邪魔になることもないし、自分がリーヴを肩に乗せている限り、彼女が落ちてしまうこともない。

 それに、リーヴは普段からおとなしい性格だということはハルもよく知っている。だから、よほどのことがない限り暴れ出すこともないだろう。

「見えるかい、リーヴ?」

「……うん……。見えるよ、ハル……」

 リーヴを肩車しながら、ハルはバランスを保ちつつ両膝を付いた。ちょうど上手い具合の高さになったのだろう、それで大丈夫だとハルは一安心だった。

「……んっ? なんだ、リーヴか。我々に興味を示すとは、珍しいこともあるものだな」

「僕たちの作業に興味があるのかい? でも、リーヴちゃんにはまだ難しすぎると思うけどなぁ」

 自分たちの作業をリーヴが見ている。しかも、かなり真剣な眼差しで。その視線に気が付いたガルディンとアッシュは、それぞれに落ち着いた反応を示しながら、どことなく表情が明るくなるのが見て取れた。

 幼い少女が見てくれているからといって、それで事態が進展するというような簡単な話ではない。ただ、リーヴのような少女が見せる下心のない純粋な応援は、どこかにやさぐれた部分を持つガルディンやアッシュの心に確かな潤いをもたらしていた。

「どうだい、リーヴ? なにか分かること、あるかい?」

「……うぅん……。でも、ちょっと、面白い、の……」

 ハルがリーヴになにか分かったか尋ねてみた。恐らくなにも分からない、というのが正直なところであろうし、案の定、リーヴからの返事はその通りだった。

 ただ、その一方でリーヴが目の前のディスプレイに映し出されているプログラムコードのようなものに興味を示しているという事実が、ハルにとっては別の意味で面白いものだった。

「うーん、思っていた通り、かなりセキュリティが厳しいみたいですねぇ。これを潜り抜けるには、相当時間が掛かりそうですよ」

「うぅむ……。やはり、一筋縄ではいかぬか……。なにか足掛かりになるものがあれば、まだなんとかなるのかも知れぬが……」

 アイラと同様、ガルディンとアッシュも苦戦している様子だった。手がかりらしいものも見出すことができず、文字通り暗中模索の状態だった。

 この膠着状態を切り抜ける方法はあるのだろうか。このような大事な局面で、なにもできない自分の無力さを、ハルは恨むしかできなかった。

「んっ? どうしたの、リーヴ?」

 ふと、ハルはディスプレイを見ているリーヴの表情が曇っていくのを目に映した。なにか気になることがあったのかと、ハルは様子を確かめようとした。

「……ハル……、あれ、なんだか、怖い、の……」

 リーヴは小さな声でそう答えた。リーヴが言った「怖い」がなにを指して言っているのか。状況から見て、画面に表示されているプログラムコードのようなものがその対象である可能性は十分高かった。

「あれが怖いのかい? それなら、もう見るのを止める?」

「……うぅん……。もう少し、だけ……」

 リーヴが気味悪く思っていることを続けさせることは、ハルにとっても忍びないことだった。しかし、リーヴはもう少し見てみたいと言って、視線を変えようとしなかった。

 もしかしたら、ハルたちが気付いていないことを、リーヴは感じ取り始めているのだろうか。その真偽を確かめるためには、今少しリーヴの思う通りにさせてあげた方がよい、とハルは考えていた。

 その間も、ガルディンとアッシュはエデンの解析を続けていた。しかし、特に変化が認められないところを見るに、状況は思う通りに進展していない様子だった。

『……オネガイ……。ミンナヲ……、タスケテ……』

 その時だった。ハルの頭に、リーヴの声が直接響き渡ってきた。耳を通して入ってくる声とは違った、透き通った印象を伴った声だった。

「んっ? リーヴ?」

 ハルはとっさに肩車をしているリーヴを見上げてみた。すると、リーヴは両眼を閉じ、両手を胸の前で組んで祈るような態勢を取っていた。

『……タスケテ……。ミンナヲ……、タスケテ……。オネガイ……』

 ハルの頭に、再度リーヴの透き通った声が届けられてきた。リーヴが直接喋っているわけでもないのに、彼女の声が直接頭に響いてくる。

 そこで、ハルはあることを思い出していた。この地下シェルターに来る途中で巨獣に襲われそうになった時、今と同じリーヴの声が頭に直接届いてきた。

「こ、これは……。あ、あの時と、同じ……?」

 ハルは、リーヴがまた『願いを現実にする力』を使おうとしているのかも知れない、と直感していた。リーヴ自身に今だその自覚はなく、今の声もハル以外には聞こえていない。

 ただ、あの時巨獣の動きが突然固まったように停止し、それによって巨獣の襲撃を免れることができたことは事実である。

「こ、今度は、一体、なにが起こるんだ……? ハッ! そうだ! リーヴを!」

 もし、あの時と同じリーヴの力がここでも発動するのだとしたら、この後どんなことが起こるのだろうか。しかし、ハルにとってはそれよりもリーヴの身を案じることの方がはるかに優先順位が高かった。

 まさにとっさの判断で、ハルはリーヴを肩車から下ろし、自分の胸元でしっかりと抱き締めた。リーヴはあまり寒くない大部屋にいるにも関わらず、まるで寒さに凍えるように全身を震わせている。

「リーヴ! 大丈夫か! リーヴ!」

『……オネガイ……。ミンナヲ……、タスケテ……』

 ハルはリーヴに何度も声を掛けてみるが、リーヴは相変わらず身体を震わせている。あたかも、リーヴ自身がハルの助けを求めているかのように。

 ハルの頭には、リーヴの透き通った声が何度も繰り返し響いてきた。自分にだけ聞こえてくるリーヴの不思議な声。この後、一体なにが起こるのだろうか。

「……なっ! なんだ、これは……!」

 その時だった。高性能端末で作業をしていたアッシュが、信じられないものを目撃したかのように大きく目を見開きながら目の前のディスプレイに視線を凝らした。

「どうした、アッシュ……? んっ? こ、これは……!」

 アッシュの異変に気が付いたガルディンが同じディスプレイに視線を移したその直後。画面上で繰り広げられていた光景に、思わず視線が釘付けになった。

「あ、あの……。ど、どうしたんですか……? なにか、手がかりを見つけたんですか……?」

 ハルがリーヴを抱き締めながら、ガルディンとアッシュになにが起こったのか尋ねてみた。もしかしたら、エデンのプログラムを解析することができたのだろうか。そんな期待も抱いていた。

 しかし、ガルディンもアッシュもハルの声が聞こえていないかのようにその問いには答えず、視線もまた目の前のディスプレイから動くことはなかった。

「こ、これは、一体……? あっ! そ、そうだ。アイラさん! アイラさんは、どうなったんだ?」

 そこでハルはアイラの様子が気になった。エデンから情報を引き出すことはできたのだろうか。しかし、そこでハルはまたしても信じられない光景を目の当たりにすることになった。

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