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第47話

 地下シェルターの最下層に辿り着いた一行は、その前にある扉のセキュリティロックを解除した。そして、開かれていく扉の、その向こうにあるものの正体を見極めようとしていた。

「……な、なんだ、これは……?」

 そして、扉が完全に開かれ、その先の光景があらわになった時、一行はそこに隠されていたものに、思わず驚きの声を上げた。

「随分広い部屋ですね……。地下の最下層に、こんなところがあったなんて……」

「あぁ、そうだね。でも、本当にビックリなのはアレさ。ほら、ハル、見てごらん」

 そこは、ハルが指摘した通り、かなり広い大部屋だった。どこかの大規模なイベントホールを思わせる、横長い間取りと異様に高い天井は、それだけで呆気に取られるほどの存在感を示していた。

 しかし、それ以上に存在感を誇示しているものが、部屋の奥に鎮座していた。アイラが指差した、その先にあったもの。それは巨大なコンピューターシステムだった。

「いやぁ、コイツは本当ビックリですわ。こんなデッカイコンピューターシステム、僕、今まで見たことありませんよ」

「私もその通りだ。しかし、これが本当に地球環境制御システムの本体なのか……?」

 周囲に取り付けられた無数の計器類と思われるものが、不規則に光を放ちながら何度もデジタル数値の点灯と消灯を繰り返している。

 間違いなく、これはコンピューターシステムだ。しかし、ガルディンの疑問ももっともな話だった。まだ、これが地球環境制御システムの本体であると判明したわけではない。

「……ハル……、ワタシ、ちょっと、怖い、の……」

 今もハルの首のあたりを抱き締めているリーヴが、若干細い口調で言った。リーヴにとってはこれほどの巨大なコンピューターシステムは初めて目の当たりにするものだ。そこに恐れを抱くな、という方が無理な相談だろう。

「大丈夫だよ、リーヴ。さぁ、降りて。俺が一緒にいてあげるから」

「……うん……。ワタシ、ハルと、一緒、なら……、大丈夫、だよ……」

 ハルはそう応えてリーヴを励ましながら、彼女を静かに床の上に下した。再度自分の足で立つことになったリーヴは、すぐさまハルの足を抱き締め、決してハルから離れない意思を明確に示した。

 そうして、一行が巨大なコンピューターシステムに近づいていった、その時だった。

【生命反応、生命反応……。人間の生命反応を感知……。メインシステム、起動を再開します……】

 どこからともなく、何者かの声が部屋中に反響していった。彼らの誰のものとも異なる声だったが、電子的な割合が非常に高い声色だったことで、それがコンピューターシステムのものであることに、全員すぐに気が付いた。

「い、今の声、あのコンピューターシステムからですよね?」

「あぁ、間違いないだろうね。どうやら、音声認識回路が搭載されているみたいだね」

 ハルが確認を求めるようにアイラに尋ねると、すかさずアイラはそのコンピューターシステムが人間の声を認識することができるらしいと判断した。

【あなた方の名前を入力してください】

 再度、あの電子音声が聞こえてきた。しかし、名前を教えてくれではなく、入力してくれと言ってくるとは。このあたりは、実にコンピューターシステムらしいな、と一行は思っていた。

「アイラ、ここは任せる。こういうことは、キミの方が慣れているだろうからね」

「そうですね。いざとなったら僕たちも手助けしますんで、ここはよろしくお願いします、アイラさん」

 ガルディンとアッシュが、コンピューターシステムとの交渉をアイラに託すと言った。科学者とはいえ、かつて政府寄りの人間だったアイラの方が、この手の話し合いには慣れているに違いない。

「分かりました。ハルも、それでいいね?」

「はい。アイラさん、お願いします」

 アイラがハルに同意を求めると、ハルは即時これに頷いて応じた。すぐそばにいたリーヴを見ても、特別異論を挟む気配は認められなかった。

「私はアイラと言います。あなたの名前を教えてください」

【名前入力、完了しました。私は地球環境制御システムのメインコンピューターです。私は『エデン』という名を、創造主たちから与えられました】

 アイラが自分の名前を名乗ると、コンピューターシステムはそれに返事をしながら、自分が地球環境制御システムの本体であることを告げた。

 それにしても、よりにもよって『楽園』を意味する『エデン』と名付けられているとは。ハルたちはその名前に、どこか複雑な響きを感じずにはいられなかった。

「エデン、あなたが作られた理由を説明してください」

【私は、環境浄化ナノマシンによって発生した問題に対処し、地球環境を壊滅的な破綻から救うために開発されました】

 アイラは、まずこのエデンと名付けられた地球環境制御システムが開発された理由を尋ねた。その直後にエデンからもたらされた回答は、ハルたちにとってある意味予想通りであると同時に、意外な思いも抱かせるものだった。

「環境浄化ナノマシンの問題? もしかして、あれのことか……?」

 ガルディンは、そこであの集落跡で発見したファイルの内容を思い出していた。環境浄化ナノマシンが異常な巨大化を始めとする胎児の奇形化を引き起こしたこと。それがこのエデン開発の引き金になったというのだろうか。

「エデン、環境浄化ナノマシンの問題点について説明してください」

【環境浄化ナノマシンには、複数の問題点が確認されております。事前の検証が十分に行われないまま、実際の環境に投入されてしまったこと。人間の生体細胞と同等の自己増殖機能を与えてしまったことです】

 アイラの質問に対し、抑揚が感じられない電子的な音声で回答していくエデン。とはいえ、内容を聞き取ることができれば十分だったため、抑揚の小ささなどはあまり問題にならなかった。

「エデン、その問題点が具体的にどのような影響を及ぼしたのか、説明してください」

【事前の検証が不十分だった点については、当時すでに地球環境が深刻な破綻の危機を迎えていたため、開発者たちが投入を急がせたのが、大きな原因です。もう一つの、人間の生体細胞と同等の自己増殖機能を与えたことについては、開発者たちが環境浄化ナノマシンを繰り返し実際の環境に投入する手間を省略するために与えた機能ですが、そのために、環境浄化ナノマシンの増殖をコントロールすることが極めて困難な状況に陥ってしまいました】

 なるほど、とアイラは思った。確かに、今のところエデンの説明に矛盾している要素は一つも認められない。

 当時の地球が深刻な環境危機に陥っていたのであれば、その解決策を急がせるのは当然の話であるし、自己増殖機能についても、特別合理性を欠いたところは見受けられない。

【環境浄化ナノマシンの機能により、地球環境は著しく改善されました。ですが、開発者たちはこの環境浄化ナノマシンを回収することができず、そのため、別の問題が引き起こされました】

「エデン、その別の問題とは、胎児の奇形化が発生したことでしょうか?」

【その通りです。環境浄化ナノマシンは、人間の生殖機能に影響を及ぼし、その結果、多数の奇形児が生まれることになりました。奇形の症状は多種多様で、一過性のものもあれば、長期に渡って症状が続くものもありました】

 アイラはさらにエデンに質問をした。そして、その回答は、これまでアイラたちが収集してきた、あの集落跡のファイルに記されていた内容とも合致するものだった。

 これで、あのファイルの内容が正しいという裏付けが取れた、ということになる。そうなると、問題はその後さらになにが起こったか、というところになるのだろう。

 しかし、アイラの表情にどこか怪訝な色が見え始めていたのを、ハルは見逃していなかった。今までのエデンの回答に、なにか引っかかるところがあるのだろうか。

「エデン、先程の質問をもう一度します。あなたが作られた理由を説明してください」

【私は、環境浄化ナノマシンによって発生した問題に対処し、地球環境を壊滅的な破綻から救うために開発されました】

 アイラはつい先程したばかりの質問を、再度エデンに向けていった。エデンからの回答は、やはり先程と全く同じだった。

 ハルはアイラの行動に、さらなる疑念を募らせていった。コンピューターシステムが相手であれば、同じ質問に対しては同じ回答しか返ってこない。そのことをアイラが理解していないはずはないだろうに。

「アイラさん、同じ質問を二度もするなんて、一体、どうしたんですか?」

 たまらず、ハルはアイラにその真意を問い質した。アイラなりになんらかの思惑があった上でのことなのは理解しているが、それでもハルは聞かずにはいられなかった。

「あぁ、ハル。どうも、様子がおかしいと思わないかい?」

 それに対し、アイラは逆にハルに様子がおかしいのでは、と聞き返した。もちろん、それはハルではなく、エデンを対象としたものだった。

 リーヴは相変わらずハルの足を抱き締めながら、彼のそばから離れることのないよう、そばに寄り添い続けている。

「様子がおかしい? どういうことですか?」

 ハルはアイラがどのようなことに対して様子がおかしいと思っているのか、その真意を尋ねてみた。しかし、アイラの疑問はハルのそれとはいささか異なるものだった。

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