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第41話

 その後も、ハルはリーヴと一緒に資料室の調査を続けていた。

 あの集落跡で入手した環境浄化ナノマシンに関する情報。しかし、肝心の部分については情報が抜け落ちていたため、さらなる情報を求めてこの地下シェルターに足を運んでいた。

「……ねぇ、ハル……。なにか、見つかった、の……?」

 ハルの背中に乗っているリーヴが、彼の首の後ろから覗き込みなが状況を尋ねてきた。ハルに突然「カワイイ」と指摘されて恥ずかしい思いを募らせていたリーヴだったが、少し時間が経ったことでいくらか落ち着きを取り戻している様子だった。

「うーん、今のところは特にないかなぁ。これだけ本棚がズラリと並んでいるんだから、少しぐらい大事な情報が隠されていてもよさそうなものなんだけど……」

 しかし、ハルの返事はどうにも歯切れの悪い印象を拭い去ることができないものだった。コントロールパネルのことをアイラたちに任せたまではよかったものの、これでは思うような成果を挙げることはできない。

 そうして、若干心に霧がかかり始めるのを感じながら、本棚の中の冊子を一冊一冊丁寧に調べていった、その時だった。

「……んっ? なんだ、これは……? これは、メモリーチップか……?」

 ハルが手に取ったその冊子には、途中のページにメモリーチップと思われるものが挟まれていた。そこだけが白紙のページとなっており、その白紙の上にテープ止めされたビニール袋の中に収められている。

「……ハル……、これ、大切な、もの、かも……」

「うん、そうかも知れないね。でも、まずはこのメモリーチップがちゃんと使えるものかどうか、確認しないと」

 リーヴもそのメモリーチップが気になるらしく、指差しながらハルに指摘していた。ハルもせっかく見つけた手がかりへの扉になるかも知れないものを、ここで見逃す理由などなかった。

「形としては問題なさそうだけど、この携帯端末でアクセスできるかな……?」

 ハルはそのメモリーチップをビニール袋の中から取り出した後、別に用意していた携帯端末を懐から取り出した。そして、メモリーチップの挿入口の形状がそのメモリーチップに適合することを確かめると、おもむろに見つけたメモリーチップを差し込んでいった。

「……んっ? どうやら、一応は使えるもののようだな。さて……?」

 そのメモリーチップを挿入すると、携帯端末がアクセス開始を知らせるダイアログをディスプレイに表示した。あとはどのようにすればアクセスできるかを確認し、自分たちだけでは難しそうならばアイラたちにアドバイスを求める、という方法で進めていけばよい、はずだった。

「……あれっ? なんだ、この表示……?」

 しかし、ことはそう簡単にハルの思惑通りには進まなかった。ダイアログが表示されてしばらくした後、ディスプレイには「ファイルシステムがサポートされていないため、このファイルを開けません」という意味のダイアログが表示された。

「……ハル……、これ、なぁに……?」

「うーん、ファイルシステムがサポートされていない、か……。セキュリティロックが掛かっているわけではなさそうだけど、ファイルが開けないんじゃ、状況はあまり変わらないか……」

 普段見慣れないダイアログが表示されたことに、リーヴも思わず身を乗り出すように疑問を募らせていった。ハルも同様に、そのダイアログが表示された理由を考えていた。

 セキュリティロックが掛かっているのだとしたら、そのロックを解除するためのパスコードの入力を要求されるはずである。

 しかし、それが表示されず、ファイルが開けないという状態なのであれば、このメモリーチップは別の方法でアクセスを制限されているか、そもそもこの携帯端末ではアクセスすることができない、のどちらかの可能性が高い。

「仕方ない。このメモリーチップは、後でアイラさんたちのところに持っていって調べてもらおう。もしかしたら、この地下シェルターの設備を使わないと、アクセスできないのかも知れないし」

 ハルは、ひとまずそのメモリーチップを手元に置いておくことにし、他に重要な情報が隠されていないか、調査を再開した。

 しかし、その後いくら本棚を調べても、出てくるのはあまり有益と思えない情報ばかりだった。

 あの環境浄化ナノマシンに関する技術的情報が記録されている冊子も何冊かあったものの、それらはすでにハルたちが入手している情報の域を出ることはなく、あの集落跡での情報の裏付けを取る程度の意味しか持っていなかった。

「これ以上、ここに新しい情報はなさそうだな。とりあえず、一旦アイラさんたちのところに戻ろう。リーヴ、大丈夫かい?」

「……うん……、あっ、ゴメン、なさい……。やっぱり、もうちょっと、このまま、で……」

 ひとまずアイラたちのところに戻って、例のメモリーチップのことを調べてもらう必要がある。このメモリーチップにどのような情報が隠されているか、それ次第では今後の自分たちの調査にも影響を与えるものになるかも知れない。

 ハルは資料室を出る前に念のためリーヴに声を掛けた。すると、リーヴはハルの背中を抱き締め続けたまま、今しばらくこのままでいさせてほしいとハルに懇願した。

「あぁ、いいよ、リーヴ。それじゃ、行こうか」

 ハルはリーヴを抱えた状態のまま、懐にしまったメモリーチップが無事であることを確認すると、そのまま資料室を後にした。

「アイラさんたちの方は、どうなっているんだろうか……? あのコントロールパネルを動かす方法を、掴んでくれているといいんだけど……」

 アイラたちのところに戻りながら、ハルはそのコントロールパネルに小さな期待を抱いていた。

 このメモリーチップの中身を調べようと思うのであれば、あのコントロールパネルは絶好の媒体になることはほぼ間違いない。

 そのあたりの調査については、その方面に通じているアイラたちが、そろそろなんらかの情報を掴んでくれていることだろう。もしアイラたちでも難しいということであれば、逆にこのメモリーチップが一つの切り札になるかも知れない。

「すみません、只今戻りました」

 そして、コントロールパネルのある部屋に戻ってきたハルは、中にいるはずのアイラたちに向かって声を掛けながら、改めて部屋の中の様子を見渡してみた。

 部屋の中の様子は、ハルがリーヴと一緒に出ていった時とほとんど変わっていなかった。コントロールパネルの前でアイラたちが色々操作しようとしている光景も、やはりそのままだった。

「あっ、ハル、戻ってきたんだね。それで、どうだった? なにか手がかりになりそうなものは見つかったのかい?」

「えぇ。手がかりになるかどうかは分かりませんが、こんなものを見つけました」

 アイラがハルを出迎えながら調査結果について尋ねると、ハルはそれに返事をしながら先程発見したメモリーチップを取り出し、アイラに向けて差し出した。

「これは、メモリーチップかい? なるほど、やっぱりあの部屋にこういうのが隠されていたんだね」

「そうみたいですね。ただ、一つ気になることがありまして。アイラさん、できればアッシュさんとガルディンさんにも、一緒に見てもらいたいんですけど、いいですか?」

 アイラはそのメモリーチップを見ながら、ハルによくやったと内心で褒める言葉を投げかけていた。やはり、ハルを資料室に行かせたのは正解だった。もしかしたらリーヴのサポートもあったのかも知れないが、それを含めて考えても、この二人のコンビプレイは実に絶妙なものを感じる。

「分かった、ちょっと待ってな」

 アイラはそう応えると、コントロールパネルの前で別の作業をしているアッシュとガルディンに声を掛けた。

 アイラが一通り説明をすると、二人ともすぐに事情を察知したらしく、アイラに従う形でハルのところに戻ってきた。

「ハル、アイラから話は聞いた。新しいメモリーチップを入手したそうだね」

「はい。これなんですが、ちょっとした問題がありまして。俺が使っている携帯端末では、このメモリーチップの中身にアクセスすることができないんです」

 ガルディンがハルに事情の確認を求めると、ハルはそれに返事をしながらそのメモリーチップをガルディンたちによく見えるように差し出した。

 そして、このメモリーチップには今までのメモリーチップでは見られなかった、ある問題が発生する、ということを付け加えた。

「中身にアクセスできない? セキュリティロックを解除できないということかね?」

「いえ、そういうわけじゃないと思うんですけど、ファイルシステムがサポートされていないとかなんとか言われて、中身を見ることができないみたいなんですよ」

 メモリーチップにアクセスできない理由をガルディンが問い質すと、ハルは自分が目撃したことを包み隠さず答えた。

「うーん、それはちょっと気になるなぁ。ハル君、ちょいとそれ、僕に貸してもらえます?」

 アッシュがハルからメモリーチップを受け取ると、自分が持っている携帯端末のメモリーチップ挿入口に差し込んだ。

 形状は確かに問題ないようだったが、しばらくすると、その携帯端末のディスプレイに、先程ハルが見たものと全く同じダイアログが表示された。

「確かに、このままだと中身が確認できませんねぇ。セキュリティロックが掛かっている、というわけでもなさそうですし」

 アッシュはそのダイアログの内容に対し、首を傾げている様子を見せていた。どうやらハルが抱いたものと概ね同じ疑問を、アッシュも感じているようだった。

「……ねぇ、ハル……。もうちょっと、かかる、の……?」

 その時。ハルの背中越しに、リーヴが小さな声でハルに問いかけてきた。その声を聞いたハルは、もしかしたらリーヴが退屈を覚え始めているのかも知れない、と思った。

「あっ、ゴメン、リーヴ。そうだね、俺たちは向こうに行っていようか」

 メモリーチップの詳細については、その方面に詳しいアイラたちに任せるしかない。ハルは、自分の役目は一旦ここまでだと理解し、リーヴの面倒を見ることに集中しようと思い直した。

「すみません、アイラさん。俺、リーヴと一緒に向こうに行っていますので、そっちのこと、よろしくお願いします」

「あぁ、分かったよ、ハル。どうせなら、アンタもあのコントロールパネルを見ていくといい。なかなか面白い仕組みが見られると思うよ」

 ハルはアイラにリーヴの面倒を見ることを告げると、アイラもこれをすぐに了承してくれた。彼らレジスタンス、特にアイラがリーヴのことを理解してくれているというのは、ハルにとっても心強い話だった。

 そして、ハルはアイラのアドバイスに従い、リーヴと共にコントロールパネルの前に向かった。

「それにしても、このディスプレイ、本当に大きいな……。一体、このディスプレイで、なにを映そうとしていたんだろう……?」

 ハルはコントロールパネルの上部に設置された、巨大なディスプレイに改めて絶句していた。

 これほどの巨大なディスプレイを使って監視、あるいは管理していたものとは一体なんなのだろう。そして、それはこの地上の秘密となにか関係があるものなのだろうか。

「……ハル……。ワタシ、もう、大丈夫……」

 その時。ハルの背中を抱いていたリーヴが、そろそろ下りたいという意味を帯びた言葉をハルに向けて投げかけた。

 いくらハルに背負われている状態であるとはいえ、ずっと両手に力を入れていなければならないというのは、リーヴにとってそれなりに負担の掛かるものだったのだろう。

「そうか。じゃあ、下ろすよ、リーヴ」

 ハルは静かに腰を落とし、身体を下げていった。リーヴが彼の背中から下りるのを確認すると、ハルはリーヴの手をつなぎながら再度立ち上がった。

「……ハルの、背中……。あったか、かったの……。ねぇ、あとで、また、やっても、いい……?」

「んっ? あぁ、いいよ。リーヴがそれを望むなら、俺にそれを断る理由なんてないしね」

 ハルと手をつなぎながら、リーヴは若干頬を紅潮させ、もういちどおんぶしてもらっても良いか尋ねた。

 ハルはもちろんという口調でこれを快諾した。もとより、リーヴの願いを反故にする理由など、今のハルには持ち合わせていなかったし、それが地上の秘密を解き明かすというハルの意思を強固にするものであるならばなおさらの話だった。

「……エヘヘ……。ハル、ありがとう……。ワタシ、嬉しい……」

 その時リーヴがハルに対して見せた笑顔には、一切の下心などないということを、ハルはしっかりと感じ取っていた。

 たとえ成長して大人になったとしても、リーヴはずっとリーヴのままでいてほしい。そんなことを思いながら、ハルはリーヴの手をそっと握り返し、その小さなぬくもりを感じ取っていた。

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