ガルディンが政府の監視員たちと対峙している、その時。携帯式コンテナの中では、アイラとアッシュ、そしてリーヴを抱き締めているハルが、真っ暗なコンテナの中で声を潜めながら会話を続けていた。
「しかし、リーダーも随分と思い切ったことをしたものだねぇ。しかも、よく見たらこのコンテナ、防爆性に優れたタイプのものじゃないか」
「ということは、リーダーは、やっぱり僕たちを残して、政府の連中と相撃ちにでもなるつもりなんですかねぇ。いくら僕たちを逃がすためとはいっても、それはちょっとやり過ぎかなぁ、って思いますけど」
アイラとアッシュは、ガルディンが取った行動に対し、ある程度予想していたという思いと同時に、それすらも上回る予想外の事態に、若干困惑している風も映し出していた。
幸い、アッシュが用意していた携帯式酸素ボンベのおかげで、コンテナ内部の空気は今のところ安全に保たれている。しかし、それもあまり長時間はもたないだろう。
「あの、ガルディンさん、一体どうするつもりなんでしょうか……?」
「さぁ、アタシにもちょっと分からないね。ただ、前も言ったと思うけど、リーダーは爆弾に関する知識は人一倍あるから、それを使ってなにか策を講じることはあり得ると思うけどね」
リーヴを抱き締めながら、ハルがアイラに問いかけた。アイラはお茶を濁すような返答をしながら、ガルディンの思惑について一定の推測は立てている様子だった。
このコンテナが防爆性に優れたものであること。そしてガルディンが爆弾に関して知悉していること。そこから導き出される答えとなると、やはりかなりの割合で限定されてくる。
「……ハル。ワタシ、こ、怖い、の……」
その時。ハルの腕の中で抱かれているリーヴが、か細い声を出しながら小さく震えているのを、ハルははっきりと見逃さなかった。
自分自身のことさえよく分かっていないリーヴではあるが、それ故に人並外れた感受性の良さを発揮することがある。彼女がハルに寄り添い、時に甘えるような態度を示すのも、彼の心の内を見通すほどの感受性の良さに起因するものなのだろう。
「んっ? どうしたの、リーヴ? 大丈夫、キミのことは、俺が必ず護ってみせるから」
「……ううん、違うの……。ハル、ワタシ、外のこと、怖いの……」
リーヴにとって、外の世界は興味の対象であると同時に、なにがあるか分からない恐怖の領域、ということを意味する。
だからこそ、ハルはこの地上を元に戻し、再び人間が住むことができるようにしたいと願っていた。それは、すなわちリーヴにとっての安住の地を届けることにつながると、彼は信じていたからだ。
「外が怖い? 確かに、今の地上はキミにとってはとっても怖いところだろうね。でも、それを今になって、どうして……?」
「……そうじゃない、そうじゃないの……。なんだか、とっても、悪い予感が、するの……」
ハルがリーヴをなだめようとしたが、リーヴは小さく首を左右に振って言葉を続けた。まるで、自分の言いたいことはそこではない。もっと別の、目の前に怖いものがある、と言いたいかのようだった。
そんなリーヴの言葉を聞いたハルは、もしかしたら、リーヴもアイラやアッシュと同様、外にいるガルディンがなにか大変なことをしようとしている、と思っている。そう考えていた。
「悪い予感? それって、一体……?」
「……ダメ。お願い、死なないで……。イヤ、イヤ、死なないで……」
若干困惑しながら、どういうことなのかとハルが問い返すと、リーヴはハルの腕の中で、突然なにかに怯えるように全身を震わせながら、わななくような声を絞り出した。
その時、ハルは外で恐るべきことが起ころうとしている、ということを察知していた。これほどに怯えるリーヴを見るのは、ハルにとって初めてのことだった。
あの時は、自分のしたことを自分でも理解することができず、それによって生じた混乱が、彼女を苦しめる結果となった。
しかし、今は違う。リーヴは自分以外のなにかに怯えている。しかも、彼女の言葉を額面通りに受け取るならば、それは誰かの死に直結するものだ、ということになる。
「ハル、一体どうしたんだい? リーヴ、随分と震えているじゃないか?」
「あ、アイラさん。いえ、それが、俺にもよく分からないんです。ただ、りーヴがなにかに怯えていることは確かなんですが、それがどういうものなのかは、俺にもサッパリ……」
リーヴの異変に気付いたアイラがハルに声を掛けるが、ハルも事情を把握しておらず、ただ分からないと返答することしかできなかった。
「……もしかしたら、リーダー、本気で自分が犠牲になろうとしているのかも知れないですねぇ……」
アイラにわずかに遅れる形で、アッシュもリーヴの異変に気付いたようだった。しかし、アッシュの思いはアイラたちとは別の方角を向いているようだった。
「な、なにを言っているんだい、アッシュ? こんな時に、そんな縁起でもないことを……」
「そりゃ、僕だってそんな風になってほしくないって思っていますよ。でも、リーダーがそれぐらい本気なんだとしたら、この子がそれを感じ取ったとしても、おかしくはないと思いません?」
アイラがとっさに反論するが、アッシュはあくまで冷静な口調で、自分の考えを話していった。
確かにアッシュの言う通り、リーヴぐらいの年齢の子供であれば、大人たちが感じ取ることができない他人の心の機微を、読心術でも使えるのではないか、と思わせるほどに読み取ってしまうことがある。
まして、リーヴはその出会いのきっかけの段階から、普通の人間の女の子とはどこか違うところを秘めている、ということをハルたちに感じさせている。
そのリーヴが、今まで誰にも見せたことがないほどに怯えた姿を見せているということは、やはりなにか良くない出来事が発生する前兆である、ということなのだろうか。
「アッシュさん、リーヴを怖がらせるようなことを言わないでください。ただでさえ、リーヴはまだ自分のことさえよく分かっていないんですから」
「あぁ、ゴメン、ゴメン。でも、やっぱりリーダーの性格とかを考えると、どうしてもその予感が、僕の頭から抜けないんだよなぁ」
このままでは無意味にリーヴを怖がらせてしまうだけだ。ハルはすぐさまアッシュをたしなめようとしたが、それでもアッシュは自分の考えを覆すつもりはないようだった。
ハルよりもガルディンとの付き合いが長いアッシュの方が、間違いなく彼の性格などについてはよく心得ている。そのアッシュが悪い予感を抱いているというのであれば、ハルもそれを簡単に否定することはできなかった。
「うん、外は一体どうなっているんだろうね? このコンテナ、中から開けることができない構造になっているみたいで、いくら開けようとしても、ちっともビクともしないな」
その間、アイラは中からコンテナを開けることはできないか試していた。本当にガルディンが自分を犠牲にしようとしているのであれば、なんとしてもそれを止めなければならない。
しかし、いくらアイラが力を入れても、コンテナの蓋が開かれる気配は一切認められなかった。やはり、コンテナという構造物の性質上、外側からしか開けられない仕組みになっているようだ。
「困りましたね。これじゃ、外の様子を確かめることもできない。……リーヴ、なにか、外の気配を感じることはできないかな?」
「……イヤ、イヤ……。こ、このままじゃ、あの人、死んじゃうの……。ダメ、ダメなの……」
なんとかして外に出る方法はないものか。この暗くて狭いコンテナの中にいたままでは、外でなにが起こっているのか、それを知る術は一切存在しない。
その上、リーヴがなおも恐怖に震えながらハルの腕の中で身体を小さくしているこの状況では、なおのこと外に出ることはあまりにリスクが高すぎる行為であることは認めなければならない。
「大丈夫、大丈夫だよ、リーヴ。きっと、あの人は大丈夫だから」
ハルがなんとかしてリーヴの心を落ち着かせようとするが、そんなハルの呼びかけにさえも、リーヴは応じることなく、ただ彼の腕の中で抱かれながら、なおも全身を震わせていた。
間違いない。リーヴはガルディンがしようとしていることを見抜いているのだ、しかも、それがよくないことであるということも。
たとえ、それが結果的に自分たちを護ることにつながったとしても、自分が何者なのか、つまり自我が十分に確立していないリーヴにとっては、あまりに衝撃的な出来事として記憶に残ることになってしまう。
「……んっ? なんだい、今の音は? ウワァッ!」
その時だった。突然、コンテナ全体が激しく揺さぶられるほどの衝撃と共に、なにかが炸裂したような音がコンテナ越しに聞こえてきた。
その音量はコンテナ越しでも分かるほど耳に突き刺さるもので、揺さぶられる衝撃の大きさと相まって、その音の発生源が極めて至近距離にあることを裏付けるものとなった。
「ウワッ! な、なんですか、こ、これ? も、物凄い衝撃でしたけど……?」
「クゥッ! こ、こいつはなんとも危険な衝撃だなぁ。でも、こんな近いところでここまでの衝撃を出せるものっていったら、やっぱり……?」
ハルも突然激しく揺さぶられるコンテナの衝撃に耐えながら、リーヴを傷付けてはいけないと、とっさに彼女をしっかり抱き締めていた。
一方で、アッシュもハルと同様コンテナの衝撃から身を護る態勢を取りながら、この衝撃の原因について探りを入れようとしていた。しかし、現状において導き出され得る結論は、やはり一つしかあり得なかった。
「……ま、まさか、本当にリーダーが! クソッ! クソッ! さっさと開くんだよ! このオンボロコンテナ!」
アッシュの言葉に戦慄を覚えたアイラは、居ても立っても居られない思いのまま、コンテナを蹴り上げ、強引に開けようとした。しかし、何度蹴ってもコンテナは全く開く気配を見せようとしなかった。
「ま、マズイですね。早くここから出ないと、俺たちも危険なことになってしまうかも知れません……」
アイラがコンテナを蹴り上げる。そのたびに内部に鈍い金属音が響き渡る。耳に突き刺さるような音を何度も感じながら、ハルは自分たちの力ではどうにもならないこの状況に対し、心が折れてしまいそうになるほどの無力感に苛まれていた。
「……ハル、ハル……。こ、怖い。ワタシ、怖いの……」
その時。ハルの腕の中で抱かれているリーヴが、まるでハルに助けを求めるように訴えかけてきた。その声は非常にか細く、それは紛れもなく、今のリーヴの極めて不安定な心を如実に反映したものでもあった。
「そ、そうだ。俺はリーヴを護らなくちゃいけない。なにがあっても、俺の身になにが起こっても、この子は、リーヴだけは護ってやらないと」
そこで、ハルは折れそうになる自分の心を今一度立て直した。そうだ、自分はリーヴに美しさを取り戻した地上を見せてあげると約束したのだ。それを果たすまでは、なにがあっても諦めるわけにはいかない。
ハルは、その決意を今一度自分の心に深く刻み込もうとするかのように、リーヴを抱き締め、彼女の心の安定を取り戻そうと努めた。
本当に、ガルディンは自ら犠牲になってしまったのだろうか。あの衝撃の向こうに、一体どのような光景が広がっているのか。しかし、それを確かめる方法は、今の彼らには全く持ち合わせていなかった。