「この部屋だな。よし、開けるぞ!」
ガルディンが携帯式コンテナにアイラとアッシュ、そしてハルとリーヴを閉じ込め、個室を出たその時。まさに絶妙のタイミングで入口のドアが激しく破られる音が響き渡ってきた。
無数の足音と共に複数の人影が部屋に入り込んでくる。床を踏み鳴らす固い音は、彼らが軍用の強化靴を履いていることを雄弁に物語るものであった。
「……あっ、お前は! 隊長、人です! ここに人がいました!」
その人影の一つが照明を使って部屋を照らしていた時、ちょうどガルディンの姿が照らし出されたところで動きを止めた。そして、ガルディンの姿を照らしたまま、隊長らしき人物に報告した。
「そうか、なるほど。やはり、ここに侵入者がいたという報告は本当だったようだな」
その言葉に呼応するかのように、複数の照明が一斉にガルディンに向けて集中していく。まるで、暗黒の舞台の上でガルディンに向けてスポットライトが浴びせられているようでもあったが、実際にはそんな華やかなものではなかった。
「……その格好。お前たち、どうやら政府の手の者のようだな」
「ほぅ、我々の正体に気付いていたか。ならば、我々がここに来た理由も、すでに分かっているだろうな?」
ガルディンが探りを入れるように問いかけると、隊長がその通りだと言って返事をした。この段階で、すでに状況は自分たちにとって最悪の方向に傾いているということを、ガルディンはすぐに察知した。
「さぁ、それは知らんな。私も、二十四時間政府を監視しているわけではないからな」
「とぼけても無駄だ。この施設に隠されている最重要機密の情報を奪取しに来たのだろう? どうやってここまで来たかは知らんが、それが仇となったようだな」
ガルディンは敢えて知らぬ存ぜぬという態度を決め込もうとしたが、隊長はその言葉を一切信用しようとしていなかった。
もとより、相手を反政府組織の一員と認識しているのであれば、政府に所属している者が彼の言動に一定以上の疑惑を抱くのは当然の話だった。
「最重要機密、か。では、お前たちはここにどんな情報が隠されているか、ある程度知っているというわけだな?」
「そんなこと、我々が貴様のような人間に話すとでも思うのか? 痛い目に遇いたくなければ、おとなしくここでなにをしていたか話すことだな」
この時点で、ガルディンはある推測を立てていた。恐らく、彼らはここにどのような情報が隠されているか、まだ把握していないのだ。
最重要機密、とこの隊長が言い放ったのは、ひとまずそのように情報の重要度を設定しておくことで、政府の立場としてこの集落跡を重要拠点の一つと位置付けている、ということを示すものなのだろう。
ということは、彼らはまだ環境浄化ナノマシンのことも知らない、ということになる。ただ、それが政府が求めている情報であるかどうかについては、ガルディンも判別しかねる部分だった。
「どうした? なにを黙っている? 仲間をかくまっているつもりかも知れんが、あまり我々を怒らせない方がよいぞ。いざという時は、邪魔者をその場で片付けてもよいと、上層部から言い渡されているからな」
隊長がそう言い放つと、他の監視員たちが一斉に持っていた銃をガルディンに向けて構えた。さほど広くないこの部屋で、多勢に無勢の一斉射撃を受ければ、間違いなく自分の命はその場で絶たれてしまうことだろう。
しかし、ガルディンに怯む様子は一切認められなかった。絶体絶命の危機に立たされているにも関わらず、彼の心は異常なほどに落ち着き払い、高ぶることも下がり込むこともなかった。
「そうか。私を始末するつもりで、お前たちはここに来たのだな。ならば、私もそれなりの対応をさせてもらうとしようか」
そう言うと、ガルディンはおもむろに上半身に着込んでいたジャケットを脱ぎ始めた。なにか武器の類を隠しているのかと思い、政府の監視員たちは銃を構える態勢を保持し続けていた。
しかし、ガルディンがジャケットを脱ぎ捨てると、彼の腹部全体にあるものが巻き付けられているのが照明によって浮き彫りになった。
「んっ? なんのつもりだ、貴様……、あっ、あれは……!」
「ば、爆弾です! あ、あいつ、あんなに爆弾を巻いて!」
その正体に気付いた監視員たちが、揃って戦慄の表情を浮かべた。ガルディンが腹部に巻き付けていたのは、まさに爆弾そのものに他ならなかった。
「どうだ? 私を始末したければ、今すぐ撃てばいい。だが、その時この爆弾に銃撃が引火すれば、お前たちも無事では済まないだろうがな」
狼狽する政府の監視員たちに対し、ガルディンの口調はいたって冷静そのものだった。それは、間違いなくここで自分が命を落としても構わないという鋼の覚悟を示唆するものだった。
「お、おのれ……! ならば、直接貴様を捕まえてやる!」
「それもやめた方がいい。その時は、私の口の中にある爆破スイッチを噛み砕き、爆弾を作動させるだけだ」
銃が通用しないのであれば、直接実力行使に打って出ようとした隊長だったが、ガルディンのさらなる言葉を前に、それも躊躇せざるを得なかった。
あの爆弾がただの偽物で、口の中にあるという爆破スイッチも単なるフェイクである可能性もある。
しかし、そのように決め付けてあの男に銃撃を浴びせた時、爆弾に引火してしまった場合、自分たちにも予想以上の被害が及ぶことになるだろう。
「どうします、隊長? ここは一旦撤退して、体制を立て直した方が……」
「馬鹿なことを言うな。この施設になんらかの情報が隠されている可能性は十分に高いのだ。奴のような男が先回りしていたことが、その証拠だ」
監視員の一人が、隊長に一時撤退を提案した。しかし、隊長はそれだけは絶対にできないと言って、これを拒否した。
その様子を見ていたガルディンは、やはり彼らはこの施設でなにも情報を入手していないのだ、ということを確信するに至った。
「……よし、いいだろう。貴様を処刑するのは一旦待ってやる。だが、その代わり……」
「その代わり? なんだ、私と取引でもするつもりかね?」
「取引などという生易しいものではない。貴様が我々政府に反抗する理由。それを洗いざらい話してもらおうか」
隊長は、取引と称しながら、自分でも明らかに相手にとってなにもメリットがないことを突き付けようとしている、と理解していた。
このような一方的な要求を、あの男が簡単に受け入れるとは思えない。だが、自分たちが下手な行動を取った瞬間、この男はすぐさま爆弾を作動させるに違いない。
ならば、ここはひとまずあの男を懐柔させ、たとえ最低限であっても情報を持ち帰ることを優先した方がよい。隊長はそう判断していた。
「私が政府に反抗している理由、か。それを聞いて、お前たちはどうするつもりなのかね?」
「別にどうするつもりもない。私の独断で決められることではないが、お前の目的が我々政府にとって都合の悪いものなのか、それを確かめたいだけだ」
もちろん、ガルディンの側に自分たちが入手した情報をむざむざ政府に明け渡すつもりなど微塵もなかった。
そんなことをしてしまえば、自分は一生裏切り者の烙印を背負い続けなければならない。それだけは、彼のプライドがなんとしても許すものではなかった。
「フッ、なにを言っている? ここで私が目的を話したとしても、お前たちは強引に屁理屈を並べて、私を反逆者として処刑するつもりなんだろう? お前、さっき自分が言ったこと、もう忘れたのか?」
ガルディンの態度は終始冷静だった。しかし、それは決してこの危機的状況に対して絶望している、というものではなかった。
むしろ、自分の命を引き換えにしてでも、残されたアイラとアッシュ、そしてハルとリーヴを生かしてみせるという、静かな意思の炎を感じ取ることができた。
互いに睨み合うガルディンと隊長。放棄された集落跡の一施設で、文字通り一触即発のやり取りが繰り広げられていることを知る者は、恐らく誰もいなかった。